fbpx
人間の腸内には100兆もの細菌がいる。その種類はおよそ1000種類と言われ、一人一人が異なる腸内細菌叢(腸内フローラ)を持っている。腸内細菌は私たちの体内で何をしているのか、そしてより良い共同生活を送るためには何をするべきなのだろうか。腸内細菌叢の検査キット『マイキンソー』を展開している〈サイキンソー〉の代表取締役CEO・沢井悠氏に話を聞いた。

人体の細胞数はおよそ37兆個と言われている。つまり自分の体の細胞の数よりも多い細菌が腸内に住んでいることになる。なぜ私たちはこれほど多くの腸内細菌と共生しているのだろうか。

「人間はさまざまな食物を食べますが、その中には自身の体内にある消化酵素で分解できるものと、そうでないものがあります。その分解できないものを代わりに分解してくれるのが腸内細菌。私たち人間から見ると、食物の分解の一部を腸内細菌にアウトソーシングしている形になります。人間が持つ消化酵素では分解できない食物繊維は、腸内細菌の力を借りれば栄養素として利用できるわけです」

他にも人間は腸内細菌の代謝物である短鎖脂肪酸、ビタミン(KやBなど)、アミノ酸を活用している。例えばビフィズス菌は糖を分解し、産生される酢酸、乳酸、ビタミンB群、葉酸を人間が利用している。腸内細菌叢は“一つの臓器”と言われるほど、生命維持に役立っているのだ。

sample alt

人間の腸は菌にとって快適な住処

もちろん腸内細菌側にも共生には大きなメリットがある。人間が食物をどんどん体内に送り込んでくれるのでエサには困ることはない。常に36〜37℃に保たれる腸内は多くの腸内細菌にとって快適な環境でもある。また人間の腸内にはほとんど酸素がないのだが、多くの腸内細菌は酸素があると生きられない嫌気性菌。腸内細菌にとって人間の腸はとても住みやすい場所なのだ。

地球上にはさまざまな共生関係が存在する。例えばアリとアブラムシ、クマノミとイソギンチャクの関係が比較的よく知られている。アリはアブラムシが分泌する甘露をエサにし、代わりにアリはアブラムシの天敵を追い払う役割を果たしている。クマノミはイソギンチャクの中に身を隠すことで外敵から守ってもらい(クマノミの体表を覆う粘液とイソギンチャクの粘液の化学組成が似ているため互いに外敵と認識しない)、クマノミはイソギンチャクの敵を追い払ったり、クマノミがストックするエサの一部をイソギンチャクが利用するとも言われている。

人間以外の生物も実は腸内細菌と助け合って生きている。コアラはユーカリの葉を主食としているが、ユーカリにはコアラにとって毒となるタンニンを含んでいる。このタンニンを分解しているのが腸内細菌。そしてコアラは食糞行動、つまり子どもが親のフンを食べることでタンニンを分解する腸内細菌を取り込んでいる。私たちの腸内にいる細菌も、実は先祖代々受け継がれてきたものだ。

「腸内細菌叢は、子宮、産道、母乳による選別などを通じて主に母体から代々受け継がれ、日々の食生活が反映されるので、持っている細菌とその割合は人によって大きく異なります。私たちがメジャー菌などと呼ぶことがある10〜20程度の主要な菌はだいたいの人の腸内にいるのですが、その割合はかなり異なります。認知度が高いため身近な存在に感じるビフィズス菌も、実は4割前後の日本人の腸内にはほとんどいなかったりします」

sample alt

理想の細菌叢って?

先祖代々受け継がれ、各々の食習慣によって、特有の腸内細菌叢が育まれていく。では、どのような腸内細菌叢が望ましいのだろうか。

「腸内細菌叢の最適なバランス状態には個人差があるのですが、基本的には多様性が高い方が望ましいと考えられています。腸内細菌には、人体が消化できない食物の分解、免疫系を調整して有害な細菌から体を守る、感染症の抑制といったさまざまな機能があります。腸内細菌には、人間が人間だけではできないことをやってもらっているので、多様性があるほうがより対応力が高いということになるのです」

〈サイキンソー〉が展開している検査キット『マイキンソー』では、多様性、短鎖脂肪酸、腸管免疫、口腔常在菌という4つの指標をベースに、腸内環境の良し悪しを総合的に判定し、A〜Eの5段階で評価している。

多様性があり、酪酸・酢酸・プロピオン酸といった短鎖脂肪酸を産生する菌、その中でも腸内の免疫担当細胞を活性化するとされる酪酸を産生する菌が多く存在していれば、評価は高くなる。口腔常在菌については、本来なら腸まで届かないはずの菌が一定数以上いる場合、胃腸のバリア機能に問題がある可能性があるそうだ。

腸内細菌の食事

では、腸内細菌の多様性を保つにはどうすれば良いのか。答えはとてもシンプル。毎日の食生活で、偏食せずにさまざまなものを食べることが重要になる。腸内細菌叢は一つの生態系のようなもの。とある細菌が大きく領土を広げると、そのほかの細菌はその分だけ住む場所を奪われることになる。特定の食物ばかりを食べていれば、その食物をエサとする腸内細菌ばかりが増え、多様性は失われていく。

海藻を食べる食習慣のある日本人の腸内には、海藻の食物繊維を分解できるプレビウス菌という腸内細菌が代々受け継がれている。これは海藻類をエサとする海洋細菌が海藻とともに腸内に入り、その海洋細菌の遺伝子をプレビウス菌が取り込んだからだと言われているのだが、エサとなる海藻を日常的に食べていなければ、当然少なくなってしまうということだ。

体重や体脂肪率のように少しのことで腸内細菌の組成は変化する。血圧や血糖値のように生活習慣の影響を受けるのだが、最も大きな変化に繋がるのはもちろん食生活になる。ビフィズス菌や乳酸菌などのプロバイオティクス(健康に役立つ微生物)を取り込むこと、そして有益な菌が好むオリゴ糖などのプレバイオティクス(有用な腸内細菌のエサとなる食品成分)を摂取することで腸内環境は良好に保たれる。

sample alt

「緑黄色野菜や根菜、オクラやメカブ、山芋などのぬめりのある食材、米、海藻には腸内細菌が好むエサが豊富だとされています。ただし“コレ”といったスペシャルな食物をたくさん食べるのが良いわけではなく、さまざまな食材をバランスよく摂取することが大切です。ビフィズス菌や乳酸菌を含む食材を一度食べたからといってすぐに菌が腸内に定着するわけではありませんが、継続的に摂取しながら、同時にそれらのエサになる食物を食べ続けることで、それらの菌を増やしていくのは可能です」

私たちが口にしている食事は、直接的に自分の体の栄養素になっているだけではなく、共同生活を送っている腸内細菌たちの食事でもある。健康に生きるためには、自分の好物を食べるだけでなく、有用な腸内細菌が好むものを腸に送り届ける必要があるのだ。

さらに言えば、より良い共同生活を送るためにはお互いをもっと知っておくべきかもしれない。人類は長い間、顔も名前も知らない状態で腸内細菌と共生してきたわけだが、今は『マイキンソー』をはじめとする腸内細菌検査によって腸内の住人を知ることができる。普段は見えないその姿を想像できるようになり、検査を通じて声が聞こえるようになれば、もっと望ましい関係を築いていこうと思えるのではないだろうか。

沢井 悠(さわい・ゆう)

東京大学工学部応用化学科卒業。イーソリューションズにて、先端医療ベンチャープロジェクトに5年関わる。その後、微生物ゲノム解析技術により有用化学品のバイオプラント開発を手がけるベンチャーにて経営企画職を経験。ヒト常在細菌叢(マイクロバイオーム)の世界を知り、2014年にサイキンソーを設立。