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3月上旬、まだ冷たい風が吹く季節に訪れた埼玉県小川町。先進的な農を志す人の多いこの町で二組の農家さんと引き合わせてくれたのは、KIKI WINE CLUBの発起人である新井Lai政廣さんだ。少しぐるっと畑を見学するだけだろうと思っていたのだが、気づけばとても長居をしてしまっていた。野菜や畑への熱量と、それぞれの農への視点が次々と彼らの口から語られる。一ヶ月後、再び〈横田農場〉〈SOU FARM〉の畑を訪れ、「土と菌」をテーマに話を伺った。

母、父、岳さん、弟の家族4人で営む横田農場。現在は輪作で50品目、100品種の農作物を無農薬で栽培している。有機農業に転換したのは、長男の岳さんが幼いころにアトピーもちだったことがきっかけ。自らの手で安心して食べられる野菜を作ることを目指したそうだ。

40%弱の自給率を支える種は、ほとんどが海外製

種を保存している冷蔵庫に案内してくれた岳さん。業務用の冷蔵庫を開けると、仕分けされた種がぎっしりと詰まっている。
―ここには全部で何種類くらいの種が保存されているんですか?

「3〜400種類くらいの種が眠っています。冷蔵庫に入れるのは、種を長持ちさせておくためです。種は少しでも湿気を吸うと発芽しようとしてしまって。目には見えなくても、中で発芽スイッチが入っちゃうんですね。一度芽が動き出すと途中で止められないので、このように保存しています。冷蔵庫では種にもよりますが2、3年は問題ありません。毎年すべての種類を種採りしなくても、ある種を5年に一度、5年分、10年分の量を採っておいてローテーションさせれば、一度にすべての種を取る必要がなく、いろんな種類の種採りができます」

―種を採るのって結構手間がかかると思うのですが、それでもいろんな種類の種を採る理由は?

「ホームセンターに行って種袋の裏を見てみてください。そうすると、ほとんど海外産。実は日本ではほとんど種を作ってないんです。日本中、海外で採った同じ種を撒く。日本って縦に長いし場所によって気候も違うじゃないですか。初めからその土地の気候に合った海外産の種はないんです。種採りをして、初めて気候に合ったものがだんだんできていくんですよ。種採りをしていると、他の花粉が入ってきちゃって混ざっちゃうこともあります。白いカブを採っているつもりで赤いカブになっちゃったり。でもうちではそういう変化もある程度許容しています。作物がこの土地に馴染んでいくように、新しい花粉が混ざったり、だんだん風土に合った野菜になっていくことが大事だと思っています」

―なるほど。風土に順応した種が良いなら、どうして日本で生産しないんでしょうか?

「日本だとやはり農耕面積が狭いんです。安定した種をとるためには、他から花粉が飛んできて混ざってしまうと困る。生産量を確保するためには、花粉が混ざる恐れがない広大な生産面積が必要で、それは国内だとすごく難しいことです。だから種のほとんどの生産地は大陸。日本のメーカーは、その土地を借用して種の生産をしています。今、日本の食料自給率って40%に届かないくらいですよね。その40%弱の自給率を支える種は、ほとんど海外製であると。農家は土があっても種がなかったら、野菜を作れないです。他国の土地に依存しなきゃいけない状態で、果たして本当の自給率ってどのくらいなんだろう。輸入が止まった時に、40%の自給率は果たして真実なんだろうか? やっぱそうじゃないよなってなるわけです。実は土を作るための要素も、種を生産する場所も、海外に依存してるっていうのが日本の農業の形なんです。そこからどうやって自立していこうかというところに課題がある」

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―種を含めた食料自給率って、実質ほぼないかもしれないですね。

「そうですね。輸入に依存した状態から独立するためにも、なるべく自分のところで種を生産していく。そういう意味合いもあるんです。ここに種がある限り、土さえあれば、野菜が作っていける状態です」

―種って我々の食べているもの、その始まりの地点ですよね。

「うちは在来種をもっています。その代表がこの『青山在来大豆』。小川町の人たちは昔から、自分たちで味噌を仕込むんですよ。和紙生産地なので、和紙すき農家の大きな釜を1日空けてもらって、そこに近所の農家が持ち込んだ大量の大豆を煮て、味噌作りする習慣があったそうです。昔からお米がたくさん採れない地域だったので、江戸時代の年貢は大部分が金納だったらしく、大豆や麦なんかが換金作物でした。大豆は、畑の畦や何も作れないような条件の悪いところでも作ることができたので、「コサマメ(“コサ”=このあたりの言葉で状態条件が悪いことを表す)」って呼ばれるくらいの存在です。『青山在来大豆』なんて名前がついたのは2000年に入ってからで、この豆じゃないと美味しい豆腐や味噌ができないって、最近になって見直された豆なんですよ」

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©︎abe yusuke

―そんな伝統的な大豆が、横田さんのところで作り続けられていたんですね。

その時代にその人たちが食べていた味噌って、どんな味だったんだろうって思っても、この種がないと確かめることができない。この豆は寿命が2年くらいなので、毎年誰かが撒いていないとなくなっちゃうんですよ。あの味をもう一度食べたいと思った時に、その種がなかったら、2度と食べられない。食文化って本当に細い糸みたいなもので、それを繋いでる人がいなくちゃ、なくなっちゃうんですよ。文献に書いてあっても、種がなかったらできないし、逆に種だけ残っていて食べ方がわからない事もある。食文化と種ってセットになってるんですよね。自分たちのアイデンティティ、この風土の食文化、生活の証でもあるんです。種を守るということは、それを守ること。スーパーで買えるようになって、味噌や醤油は作るのが大変だからと辞めていっちゃうんですよ。たまたまうちのおばあちゃんが作ってて、あるとき、たくさん採れたんですね。わたなべ豆腐さんにいっぱい余っちゃったから、「使ってみませんか?」という感じで使ってもらったら、すごい濃い豆乳がとれたらしいんですよ。でも、タンパクが低いんで固まりづらいんです。これでお豆腐作ったら絶対美味しいだろうなっていって、そこから試行錯誤でお豆腐作りが始まったんです」

土の中の菌と分解者

種の冷蔵庫を見せてもらったあとは、自宅奥の畑へ。敷地には落ち葉を利用した温床のビニルハウス。ここでは外に積み上げられた落ち葉の堆肥がある。堆肥の山の中に手を入れ、掘り返すようにかき分けると、手のひらサイズの白い物体が現れ、土表でもぞもぞと動き出す。

―カブトムシの幼虫ですね!

「この中にたくさんいますよ(笑)。昔はこんなふうに落ち葉を積んで堆肥にすることが当たり前でしたが、最近は減ってきているかもしれません。この落ち葉も、もちろん菌の力を借りて分解を助けてもらっています。カブトムシの幼虫も、重要な分解者。落ち葉を自然に腐葉土にするとだいたい1年以上はかかりますが、彼らのお腹の中を通ることで数日で腐葉土まで分解されるんです。菌に比べて、比較的大きなカブトムシの幼虫の身体を成長させるために必要な材料と、その身体を動かすための大きなエネルギー。それらを得るには、それだけ短時間により多くの栄養素が必要です。だから生物は消化器官を発達させて、菌が一年以上かけてゆっくり行う分解を数日に短縮することで、それを実現したわけですね」

―なるほど。 結局、菌の働きも、カブトムシの働きも、人間も同じことをしてしているわけですね。

「生物の身体が栄養として吸収できる分子の大きさは決まっていて、小さくならないといけない。落ち葉は、光合成の過程では分子が数珠繋ぎになった状態です。分解の過程では、長い分子をぶつ切りにします。それがこうして土になっていくんです。ある程度細かくなって初めてカブトムシの餌になり、おなかの中を通ってさらに分解されます。カブトムシの身体を通ることで、落ち葉の養分を抽出するスピードを早めているイメージです。菌は活動が目に見えないからわかりづらいけど、カブトムシの幼虫の糞をみると、ちゃんと分解されているんだなってわかります。そういえば、孵化したカブトムシが成長するためには、特定の菌がいないとうまくいかないらしいですよ。落ち葉にいる常在菌に一次的な分解を助けてもらって、それを餌にして生きていけるのだそうです」

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―菌と生き物の関わり合いって本当にすごいですね。

「植物は、滲み出してきた養分を受け取って根っこから吸収しています。植物も人間と同じく、大きい分子のままだと吸収できないので、分解を助ける微生物の存在が欠かせません。植物の場合は、菌根菌や根粒菌など根の中まで入り込む者もいますが、基本的には根っこの外側に必要な菌がいるんですよ。その菌が環境の中でいろんなものを分解してくれていて、それを根から吸収して生きている。人間や動物の場合は身体の中、腸に菌が存在して有機物を分解しています。そうすると人間って、植物を裏っ返しにした状態みたいじゃないですか?」

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―確かに!同じ“管”から生きるのに必要な養分を吸収しているけど、人間は体内の管の内側の菌。植物は管の外側の菌に分解を助けてもらっているんですね。

「最終的にこれ(堆肥)は菌に分解され続けると、二酸化炭素と水に分解されていって無くなっちゃいます。最後に残るのは灰分といってミネラルだけ。そういう反応って木や葉を燃やしたときと反応が同じですよね。菌も呼吸するじゃないですか、有機物を分解する過程で酸素を吸って二酸化炭素を吐き出して、物質を小さくしていく。私たちもご飯を食べて呼吸をする。そうやって体を維持するために必要なエネルギーを得る訳です。有機物を燃やしたときと同じ反応と言える。火を暖かいと感じたり、菌が発酵熱を出したり、私たちが持つ37°Cという温もりは、みんな同じ物なんです。有機物があり、エネルギーと水と二酸化炭素に分解され、それを植物が吸収して、光合成して……すべてが循環しているんです」

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木が歩く里山で、菌糸を発見。

場所を変え、里山を案内してもらう。横田さんは、一度荒れてしまったこの山に入り、里山として良い状態に再生するよう、少しずつ手を加えているのだとか。温床や堆肥の落ち葉も、この山から毎年集めている。

「人間が木材や落ち葉をどんどんとっていくのが里山ですが、その意図とはまた別のところで自然の生態系ができる。人工であるはずなんですけど、とても自然を感じます。『自然』と『人工』って区別しているけど、果たして区別できるんだろうかって思います」

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―人間が関わって成立する自然ですね。

「自然と人工がないまぜになっている山ですよね。毎年ここから落ち葉をとってきて、冬場の燃料のために木を切り倒します。一回切った木は横から枝が生えてくるんです。木々を見てもらうとわかると思うんですけど、根本が二股になったりとか、歪ですよね。なぜかというと、ここに幹があったんですよ。切った跡から新しい芽が出てきてそれが成長してるんです。これを切ればまた芽が出てくる。何十年かしてまた同じことを繰り返す、そしてその脇芽、そのまた脇芽…といった具合に、100年とかっていうスパンで木が移動していく、僕はこれを『木が歩く』と呼んでいます」

―木が歩く。

「そう。里山って人が入らないとどんどん荒れていくんです。でも自然界からしてみたら、原始の山に戻るだけ。そのエネルギーは凄まじくて、そこからもう一度人間の利用しやすい形にするのは、何十年もかかります。でもいつの時代も人が入っていたからこそ維持されてたんですね。木が歩いた跡は、山に人が入って管理している人がいる証です」

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©︎abe yusuke
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菌糸とは、菌類の体を構成する、糸状の構造のことである。 一般にいうカビやキノコなどは、主に菌糸が寄り集まったもので構成される。単細胞状態の菌類である酵母に対して、このように菌糸を形成した多細胞状態の菌類を糸状菌と総称することがある。 また偽菌類や放線菌など、菌類以外の微生物にも菌糸を形成するものがある。

「ここが、菌糸が土中に伸びているのを見つけた場所です。この辺はローム層と言って火山灰が積もっているので崩れやすいんです。あ、これそうだ。これが菌糸です。これは微生物が繋がりあっている状態。根っこのところに沿うようにあるのは、根っこと共生しようとしているところです。うちによく来てもらっている農業の科学分析をされている先生に見せたら、これは根っこではないと。本当は顕微鏡でしか見えないサイズなんですけど、山なんで畑より菌糸が発達しているのでこんなふうに長くて、大きいらしいんです」

―土の中の世界。普段は埋まっていて見えないけど、こんなふうになっているんですね。菌糸はどんな働きをしているのでしょうか?

「山全体を、菌糸のネットワークが繋いでいると言われています。木々の栄養の過不足を調整する役割もあるとか。畑の土の中にも小さい菌糸がありますが、耕してしまうと切り刻まれて小さくなってしまうんです。つまり不耕起農法では地中の菌糸が長い。もちろん山の木も不耕起です。耕すって菌糸を殺して菌の中から栄養を引き出すという行為でもあるわけです。菌の体の中にたくさん養分が詰まっていてこれが外側に出てくる。菌は乾燥したりとか、攪拌することで死んじゃうんです。一方で、不耕起だと菌がもっている栄養を集めたり、植物と菌の共生の中で必要なやりとりがあってそれに助けてもらう。菌を殺すか生かすかの違いがあります。

―なるほど。山の中に入って、観察することでいろんなことに気がつきますね。

「野菜作りとあんまり関係ないって思われるかもしれないですが、本当はそこに行き着くまでのいろんな要素一つ一つを言葉にしていかなきゃいけないと思っています。その視点で見るとこの世界で、どうやって自分たちが生きてるかがよくわかる。菌がやってることも、人間がやってることも一緒だって気が付く。循環の中の一部をみんなが担ってるんですよね。うちはこうやって落ち葉を集めて、毎年温床を作って、苗を育てる。その作用を利用して野菜を作ってあげようっていうのが農業なんです」

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