(写真 濱田晋 / 文 井上英樹 / 協力 ㈱ゴールドウイン)
欧州のスキー場を思わせる広大なゲレンデからバックカントリーまで様々なスキーが楽しめる白馬エリア。このエリアは国内有数のスキーリゾートとして古くから知られていましたが、昨今は欧米やアジアからたくさんの外国人観光客が訪れています。平成26年度は77724人の旅行者が白馬に宿泊。その多くがスキーやスノーボードを楽しんだようです。
この地域出身のスキーヤーたちは白馬の魅力をどう感じているのか。元ナショナルデモンストレーターとして現役時代をともにし、現在は白馬を拠点に日本のスキーシーンを盛り上げるべく活動する二人のスキーヤー。松澤幸靖さんと深沢祐介さんに、白馬にオープンした、THR NORTH FACEの直営店「THE NORTH FACE GRAVITY HAKUBA」にて、対談をしていただきました。
シーズンインはワクワクよりドキドキ。
ーーおふたりはシーズンイン前の、この時期は気持ちがどんどん高まってくるものなのですか?
深沢 そうですね。僕は季節で言いますと、冬に入る秋口が一番好きですね。僕は家業でホテルをやっています。秋の白馬の紅葉を見に来るお客さんたちのシーズンがいったん11月に終わるんです。山に向かうゴンドラも止まるし、外のお客さんたちが一切いなくなる。そして、冬支度に入るんです。
ーー白馬からお客さんたちが消えるシーズンなんですね。
深沢 そうなんですよ。とても静かになります。すべてをいったん閉じて12月10日頃から、冬の営業が始まるんです。それまでの間は、僕もいろいろと準備をしています。そうすると、気持ちも高まってきますね。僕のスキーのシーズンイン自体は、白馬ではなく立山です。だいたい11月から立山に行くので、たしかにそのころが一番ソワソワする時期ですね(笑)。
松澤 一番いい時間ですよねえ。
深沢 そうですねえ。幸靖さん(松澤さん)はもう冬支度は終わりました? 僕はまだ野沢(菜)は漬けてないですけど。
ーーそういうのも含めての冬支度なんですね。
松澤 僕の方もそろそろ始めていますね。のんびりできる時期ですよね。祐介(深沢さん)は、冬が始まる前になんかプレッシャーみたいなのはないの?
深沢 それほどプレッシャーはないですね。地面に雪はなくても「雪、降ったかな? 山の方はどうかな」とかそういうの考えながら雪情報のアプリを見たり、立山のライブカメラを見たりしていますね。
ーー松澤さんはシーズンが始まる前っていうのは、ソワソワする以外に、なにか感じるものはあるんですか? ワクワク感とか。
松澤 ワクワクっていうのは……。どうだろうな。僕は祐介よりいくつ上だっけ?
深沢 8つくらいですかね。
松澤 そうか。僕、いま48歳なんです。この年になってくると、若い時代ほど「ワクワク感」はあんまり感じなくなるんです。ワクワクより、むしろ「ドキドキ感」の方が上回る。僕の場合、ワクワクとドキドキは別。一種の「緊張感」に近いかな。
「シーズンをちゃんと乗りきらなきゃ」という気持ち。仕事もそうですし、自分で山に入ってくこともそう。もはや、喜びだけじゃない。そういう感じはありますよね。
深沢 わかりますね。僕もホテルを運営をしてる立場なので、「ちゃんと、乗り切れるかな」という気持ちはどこかにありますよね。
松澤 山に入ってたら、危険なことも多いし、山岳レースの準備もしなきゃいけない。身体づくりも含めてシーズン中、体づくりをどうやりくりしていこうかなって思うんですよね。毎日山を見てたりすると、……やっぱり、緊張感ってあるよね?
深沢 ええ。昔はそんなに感じなかったんですけど、ありますね。山のでかさ見ていると……。以前は、ぐっと山が迫ってくる感じはなんとも思わなかったんですが、実際に自分がゲレンデ以外のフィールドに身を置くようになってからは、やっぱり山の威圧感を感じるようになりましたね。
競技としてのスキーから、山を知るためのスキーに。
深沢 僕、自分のキャリアを考えたとき、幸靖さんの後を追ってる感じなんですよ。アルペンレース、デモスキー(基礎スキー)、そしてバックカントリー。…さらに、幸靖さんは山岳レースの方に行っていますけど。
松澤 待ってるよ(笑)。
深沢 僕は次へと行くことが、モチベーションになっているのかもしれない。
松澤 祐介は宿の主人としての側面もあるじゃない。いろいろ聞かれるでしょう。やはり山のことも知っとかなきゃって思うこともあるんじゃないかな。
深沢 ええ。かなりありますね。いまバックカントリーブームでみんな山に入ってきていますよね。僕のフィールドは栂池なんですけど、栂池の上ともなると地元の人でそんなに知らない。外部の人の方がけっこう詳しいって状況なんですよね。地元の人間なんだから、自分とこの山くらいは知っとかないと、恥ずかしい。自分の目で見て歩いて、伝えていきたい。もちろん、自分も知りたいのも大きい。
松澤 競技やっている人も、こんだけでっかい山を毎日見ていたら、もっと上の方に興味を持つよなって思うんだけど、多くはそうならない。競技は競技だけって感じでね。そうならないのが不思議なんだよね。
ーー松澤さんが山に入り始めたのはそういう興味だったんですか?
松澤 僕の場合、大学を出てからスキーメーカーで働いていました。それで、こっちに戻ってから、夏の仕事で山の救助隊に入ったんです。それで深い山に入り始めてガイドもやるようになった。冬山に入ってすべるのも、夏の山を知ってからですね。
深沢 僕はスキー雑誌で知り合ったカメラマンの中田寛也さんから「山やんない?」って話になって。それまで、目は山には向いてなかったですけど。それではじめて完全にはまっちゃった。それが26歳くらいかな。その後、家業(ホテル)をやりながら空いている時間に山に入る感じでした。
昔は仕事としてスキーに携わっていたので、正直いってそこまでスキーが好きだったのかなって思うんです。休みの日は休んでいたし。山に入るようになって、休みの日にスキーをするようになりました。スキーを好きな度合いは、全然違うものになりましたね。
ーーおふたりは時期的にライバル時代ってあるんですか?
深沢 幸靖さんはもう、雑誌に出る人ですよ。「やべー、雑誌に出てる人だ」みたいな感じ(笑)。
松澤 2人とも競技スキーでコンマ何秒の世界でずっとやってきて、その後、人に評価されるデモンストレーターの世界にいた。そうすると、だんだんと「人に評価されるすべりとはなんだろう……」みたいな気持ちも芽生えて。
深沢 そうですね。「点数が出るすべりをしていればいい」そういう感じもありましたね。
デモスキーを経験したからこそ、スキーの幅広い楽しみ方を伝えられる。
ーーレースや基礎スキーの良さなどを含め、いろんな角度でスキーが見えるようになったという感じですかね。
松澤 そうですね、デモをやっていたことで、スキーの基本的なことをちゃんと伝えることはけっこう勉強しましたし。
深沢 それはかなりありますね。
松澤 けっこう大きいと思うんだよね。ただ、競技もデモもフィールドがゲレンデなんで。ゲレンデからちょっと外に出るとそこの技術は通用しない。デモンストレーターの頃から、スキーってゲレンデをすべる技術だけじゃないよなってどっかで思っていましたね。
深沢 ゲレンデには、70度の斜面なんてない。だけど山にはあって、そこをいかに安全に下りるかって話になる。スキー技術があっても、山に入ると気持ちよくすべれない人って多いじゃない。斜滑降の連続でしか下りられないような……。いま、雪山のすべり方を教える活動をしています。一日ゲレンデでレッスンして、一日はファットスキーをはいて山に入る。前日にやったからって、すぐにはできないですけどね。だけど、デモンストレーターをやっていた時代があるから、そういう教える技術は生きてるのかなって思いますね。
松澤 そんな入り口があると、スキーの新たな楽しさに気づく人も多いですよね。今はいろんなスキーをする人がいる。僕らは様々な要望に対して、だいぶ応えられるようになっている気がします。スキーって幅は相当広いと思うんですよね。
白馬の素晴らしさは、選択肢の多いところ。
ーー白馬の環境は雪もいいし、ゲレンデの数もさることながら、山にも入りやすい。すごく恵まれた環境ですよね。おふたりは白馬をどう評価していますか?
深沢 選択肢がすごく多いですね。八方(白馬八方尾根スキー場)なんて、でかい斜面をスピード出してすべることもできるし、小谷の方(栂池高原スキー場、白馬コルチナスキー場)は木が多いから、ゆっくり静かにすべりを楽しめる。その日のコンディションや気分でフィールドをチョイスができるのがいい。
松澤 巨大な山をバックに、八方のちょっと奥ですべったりとか、ツリーランをやったり。天気が悪かったら風のこない穴場もある。……だけど、外国人がそれに気がついているから、戦いです(笑)。彼らの口コミやSNSの力はすごい。
深沢 本当にすごい情報網ですよね。
松澤 僕、八方の咲花ゲレンデで『トップノッチカフェ』をやっているんですが、去年きた外国人が「よお、また来たよ。白馬、いいよね」ってやってくるようになった。つまり、一回来て終わりじゃなくって毎年来るようになっているんだよね。
深沢 今シーズンも増えるでしょうね。トラビス・ライス(ワイオミング州ジャクソン・ホール出身、スノーボーダー)が白馬で撮影をしていましたからね。ああいう映像を見ると、増えるんじゃないですかね。
安全に、快適にすべるには、モノとすべり手の信頼関係が重要。
ーー白馬もニセコのように「安全がある程度確認された条件や装備があればバックカントリーに入ってもOKですよ」というムードになっているんですか?
松澤 徐々になってきてはいますね。いろいろ問題も多いんですけどね。栂池も非圧雪エリアを「ツガパウ」と呼んで、すべるようになっています。もちろん、パトロールや雪崩のコントロールをした上です。八方でもゲレンデから少し外れたところもすべらせるようになっていますね。とはいえ、日本人スキーヤーの意識が自己責任って意識を持ってない人が多い。なにか事故があったらすぐ「ゲレンデが悪い」と言う人たちがいる。スキーはもともと自然の中でのスポーツなんですけれどね。
深沢 スキー場といえども、山は自然である程度自己責任ですべらなくてはいけないという気持ちは確かに少ないですね。
松澤 そういう「責任」の部分は僕らも伝えていかなくてはいけない。すべり手側もそういう意識が必要ですよね。今は道具もよくなっていますよね。板に関して言うと僕は競技スキー、基礎スキー、テレマークスキーといろいろやってきて、いまは山岳スキーレースとかいろいろやってきました。それを踏まえて思うことは、軽くて同時にしっかりと安定性のあるスキー板というものが好きです。僕はFISCHERのALPATTACKとTRANSALPを使っていますが、FISCHERはジャンプやクロスカントリー、アルペンのスキーを作っている。そういう点で、軽さや剛性はすごくよくできている。山岳スキーレースは走ること、すべることを同じスキーでするんだけど、その良さがとてもよくでているように思いますね。だから、どんな板を履くか悩んでいる人がいたら、そういう様々な横断した技術やノウハウを持ったメーカーっていうのは一つの選択肢になると思いますね。
深沢 僕のブーツはFISCHERのレンジャー(RNG)なんです。僕はバックカントリーに入ると、登りよりすべりメインでやっているので、ブーツ自体はしっかりとした堅さを求めます。フレックス(たわみ剛性)の硬さは120。レースとかやる人はもっと堅い150くらいでしょうね。僕はそこまで堅くなくてもいいけど、堅さはこだわっています。形もバキュームフィットブーツという比較的簡単に熱成形ができる。歩いたりするとき、くるぶしに当たるとストレスになるじゃないですか。足形をあわせているので役立っています。山の稜線にでたらスキーを取って、歩くんだけどこのブーツの裏はゴムなので、歩きやすいんですよね。これはかなり、役に立っていますね。
松澤 ウェアも昔と比べたら進化がすごいもんね。どこのメーカーもすごいから大差がないとも言える。だけど、僕らの着ているGOLDWINは国内メーカーの良さが当然あるよね。作り手の人たちと話す環境もあるので、いろいろと反映してもらえる。縫製、シームレスの作りがいちいちしっかりしているんだよね。普通に使ったり、洗濯をしてはがれたりするようなものではない。モノとすべり手の信頼関係があるんですよね。
深沢 そうですよね。信頼関係って重要ですよね。僕もファスナーやベンチレーションの位置をいろいろフィードバックさせてもらっています。特に今シーズンのEX シュプリーム ジャケットはバッチリです。去年のシーズンはこればかり着ていましたね(笑)。ゴアテックス®なのにシャカシャカいわないのもいい。
これからの日本のスキーシーンには大きな期待をしている。
松澤 ヨーロッパだったらゲレンデの脇を、シール(スキーのまま山の斜面を登るための用具)をつけて登る人がいる。でも日本ではゲレンデはむしろそういうことやっちゃいけないみたいな雰囲気がある。「シールをはいて山を登るなら、バックカントリーに行ってください」みたいな雰囲気があるんですよね。その練習をしていれば、バックカントリーに入っても、技術的な問題はないわけだし。いいと思うんだけどなあ。
ーーゲレンデ脇でも山に入る練習ができるんですね。
松澤 うん。練習ができるんです。八方のゲレンデでも山岳スキーレースの大会をやったんですよ。人も集まって、大会はけっこう盛り上がりましたね。スキーはあまりできないけれど、トレランをやるって人も参加していた。日本って今、トレランがすごく人気になってきた。そういう人たちにもスキーをはじめてもらいたいですよね。これからは、山岳スキーレースを広める環境づくりをしていきたいなってのはありますね。
ーー深沢さんは白馬をどういう風に見ていますか?
深沢 バックカントリーに関しては、海外の方はすごく増えているんですよね。誤解を恐れずに言うと、ちょっと増え方が急かなあ。基本的に日本の山って静かなんですよ。雪山の奥に行くと、静まりかえっている。マニアックなところも、どんどん入ってくるから、彼ら底抜けに明るいし(笑)。静けさがなくなったかな。……でも宿や観光の立場からしたら、もちろん、来てもらいたいんですけどね(笑)。
コルチナなんて、夜中からみんな板並べてリフトの順番待ちをしている。朝一で行っても、もうトラックがついているから、撮影はできないですね。昔はノートラックがいっぱいあって、撮影も簡単にできたんだけどなあ。
松澤 でも、地元も変わってかなきゃいけない。異文化の人が増えることで、マイナス面もあるけれど、いい面も当然あるし。
深沢 そうですね。ダメダメと言ってゲレンデから山に行けないように、ロープを張って禁止ばっかりではいけない。だからといってなんでもありでもいけないですよね。
ーーバブル時期はスキー人口が多くて、当時と比べたらたしかにスキー人口が減っているのかなという印象はありますが、バックカントリースキーなどの登場でスキーの裾野はずいぶん広くなっている感じはしますね。
松澤 そうですね。外国人スキーヤーが日本の雪やバックカントリーを求めてやってきていることを知って「なんで?」って思った人が、興味を持って始めたり。いろいろ広がっていますよね。東京から2時間かからないでノーマルタイヤで行けるスキー場もある。僕も都市に近い佐久スキーガーデンでスキースクールをやっていますが、そこに来る人の多くは道具なんて持ってない。だけど、お父さんたちは昔自分たちがやったスキーを、子供にもやらせたいと思って来てくれる。ああいう姿を見ていると、日本のスキーが衰退しているって言う人がいるけど、あんなにもスキーの好きな人たちがいっぱいいる。僕はこれから、もっとスキーの楽しさの奥に来てもらえる気がしますね。
深沢 本当にそう思います。バリエーションのあふれる白馬というフィールドにいるのだから、スキーの幅広い楽しさを伝えていきたいですね。そろそろ、シーズンがはじまりますね。なんだか、ソワソワ、いやドキドキしてきましたね(笑)。
- 深沢 祐介(ふかさわ・ゆうすけ)
- 松澤 幸靖(まつざわ・ゆきやす)