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(文 根津貴央 / 写真 松田正臣)

石川弘樹さんと行く『RUN&CAMP』第二弾は、東北地方の中央部を貫く奥羽山脈へ。岩手山、秋田駒ヶ岳、そして秘湯を巡る2泊3日の行程だ。このエリアを選んだ理由を、石川さんはこう語る。

「八幡平を中心としたこのエリアは、いったん稜線に上がってしまえば、すごく走りやすいんです。加えて温泉もたくさんあるし、田沢湖の湖畔をベースキャンプにするのも面白そう。これはもうRUN&CAMPにもってこいのエリアだなと」

石川さんが太鼓判を押すだけに、期待は膨らむばかり。ただし、1つだけ懸念があった。それは日程が6月中旬だったこと。そう、梅雨まっただ中だったのだ。

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【DAY1】荒々しい活火山の岩手山

生憎の空模様だった。天気予報は3日間とも雨もしくは曇り。「岩手山、楽しみだね!」。そう言いながらも、石川さんも僕(筆者)も 不安の色を隠すことができない。天気ばかりはコントロールできないことくらい分かっている。でも諦めの悪い僕たちは、今回秘策を用意していた。晴れ女の招聘である。その名は石川枝里子。そう、石川さんの奥さんである。

7時36分東京発の東北新幹線に乗り込んだ一行は、9時52分に盛岡駅に到着。岩手県というと遠いイメージがあったが、東京からたかだか2時間ちょっと。意外と近いのだ。駅でレンタカーに乗り換えた僕たちは、一路岩手山(標高2,038m)の焼走り(やけはしり)登山口へ。

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登山口周辺には、国指定の特別天然記念物でもある溶岩流が広がる。その真っ黒で異様な塊をかるく見学した後、ミズナラとブナが茂るなだらかな登山道を走りはじめる。この焼走りコースは全員がはじめて。「こんな気持ちのいいトレイルがずっとつづいてたらいいのにね」と言いながら走っていると、ほどなくして傾斜が急に。当然である。山頂までの標高差は約1,500mもあるのだ。ただ、溶岩あり、富士山の砂走りのような砂礫あり、コマクサの群生あり、三十六童子の祠ありと、見どころは豊富だった。

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「おぉ、すげー!」。急登が一段落したあたりで前方から石川さんの声がした。その視線の先を見ると、視界いっぱいに雄大な岩手山の姿が飛び込んできた。さすが南部富士と呼ばれるだけあって、その山容は富士山のようだった。

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平笠不動避難小屋の前で休憩し、山頂へとつづく最後の登りを行く。途中、ふと後ろを振り返ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。澄みわたる青空と、広大な雲海と、真っ青な御苗代湖と、織りなす山々、それらが見事に融合した大自然の神秘を前に、僕たちはしばし立ちすくんだ。まるで下界とは隔絶された天空の世界に入り込んでしまったかのようだった。「登山口から3時間程度でこんな世界に出会えるなんて!」。3人とも興奮していた。序盤は曇りで、半ば絶景を諦めかけていただけに喜びもひとしおだったのだ。

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斜面を登りきると、眼前には荒々しい火口。お鉢である。右手に爆裂火口、左手に雲海を見ながら時計回りで周回する。火口の縁には所々に石仏があり、中央部には岩手山神社の奥宮。信仰の山であることがひしひしと伝わってくる。僕たちは心静かに一周した。

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山頂付近を堪能した僕たちは、一気に下山。下山道を1時間ちょっとで駆けおりて、一行はベースキャンプ地となる田沢湖へ。「秋田と言えば、やっぱりきりたんぽだよね」という石川さんの提案により、夕食はきりたんぽ鍋に決定。さらに、秋田県の県魚であるハタハタもゲットし、キャンプ場では秋田の食を満喫する宴が開催された。

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石川さんは、今日一日をこう振り返る。

「コンパクトな山域ながら、魅力が満載でした。朝、東京から新幹線に乗って岩手山をピストンすれば日帰りだって可能です。まあそこまでしなくとも、土日の2日間あれば存分に楽しめるところですよね。ちなみに今日すれ違った登山者はたった1名。こんなに素晴らしい所なのに意外と人が少ない。穴場ですね」

【DAY2】雨天の秋田駒ヶ岳を楽しむ

生憎の空模様だった。昨晩から降り出した雨はやむ気配を見せることなく、僕たちのテントをひたすらに打ちつけていた。「あぁー」。ため息の混じった声がそれぞれの口から漏れる。

でも、何事も気の持ちようである。雨なら雨を楽しめばいいじゃないか。そもそも思うようにいかないからこそ、旅は面白いのだ。もし、僕らの目的が「登頂」や「踏破」、「絶景を見ること」だとしたら、雨は悪者以外の何者でもない。でも『RUN&CAMP』は違う。前回の記事で石川さんが語っていたように、それはサーフトリップのトレイルランバージョン。つまりは“旅”なのである。途上をどう楽しむか。雨天のトレイルをどう味わうか。そこが肝なのだ。

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僕たちはクルマで秋田駒ヶ岳の八合目(標高1,300m・6月〜10月までマイカー規制あり)を目指した。石川さんは今日のルートについてこう語る。

「これがトレーニングだったら一番下から登るけど、そうじゃないからね。この天候の中、仲間といかに安全に楽しむかを考えたら、八合目から駒ヶ岳火山群を巡る約10㎞のコースをぐるっと回るのがいいんじゃないかと」

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僕たちがまず向かったのは男岳(おだけ・標高1,623m)。近づくにつれて山容は険しくなり、岩場も増える。しかも細い稜線上は強風が吹き抜けている。自然の脅威を体感しながら山頂にたどり着くと、そこには立派な赤い鳥居と祠。僕たちはその前で手を合わせた。端から見たら信仰登山の一行のように思えたかもしれない。

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次に目指したのは男女岳(おなめだけ・標高1,637m)。途中、阿弥陀池沿いの木道を歩いたのだが、辺りはガスに覆われていて池の全容は分からない。秋田駒ヶ岳と言えば花の名山としても有名なのだが、もちろん花もあまり見えなかった。「これが晴天だったら、池もキレイだろうし、高山植物の群生も見えただろうし、稜線からの眺めも良かったんだろうね」と残念がる石川さん。でもその表情は暗いものではなかった。たしかに晴れていたほうが景色は見える。でも一方で、絶景ばかりだとそれにとらわれてしまいがちだ。見えないからこそ、走るという行為に集中できる、その行為を純粋に楽しめる、といったら言い過ぎだろうか。でも颯爽と駆け抜ける石川さんからは、そんな印象を受けたのである。

男女岳の山頂を踏んだあとは、横岳(標高1,582.5m)を経て焼森(標高1,551m)へ。依然として視界は不明瞭だったが、焼森の異様な姿だけははっきりと認識できた。砂礫の山のような荒寥とした山頂付近はだだっ広く、山頂というよりは小高い丘のよう。しかも辺りはガスに包まれ、もはや地球ではない別の惑星にいるような心地がした。

ここからしばらくは下り基調で、僕らは藪と水たまりが連続するシングルトラックを突っ走った。特に、先頭を走る石川さんのスピードは別格。一気にギアが上がった感じがした。

「ここはスイッチ入ったよね。あのレベルの水たまりになると、変に避けようとしたり、そっと行こうとしたりすると、逆に濡れるし走りづらい。足裏全体でパーンと着水して水を弾いたほうが濡れにくく走りやすいんだよね」と石川さんは嬉しそうに語った。

そして最後に湯森山(標高1,471.5m)を越えて、スタート地点の八合目登山口へと戻った。約10㎞のショートコースとはいえ、僕は身も心も丸一日楽しんだかのような充実感でいっぱいだった。

「なんだ雨の日も悪くないじゃないか!」と思いつつ、次に向かったのは麓にある乳頭温泉郷の秘湯・鶴の湯温泉。秘湯と呼ぶにふさわしい佇まいの温泉で、僕たちはびしょ濡れのカラダを温めた。あとは昨日同様、キャンプ場で食事をして寝るだけと思っていたのだが、ここで予想外のサプライズが起こった。なんと秋田在住の石川さんの知人2名が、差し入れを持ってキャンプ場に来てくれることになったのだ。

ゲストも交え、夜は盛大な宴となった。地元の人と語らい、その地域を知り、愛着がわき、そして好きになる。これも『RUN&CAMP』ならではの魅力である。

【DAY3】乳頭温泉郷の秘湯をめぐる

生憎の空模様だった。さすがに3日目となると、もはや「なんだ雨か」などという落胆はなく「今日もよろしく」という感じである。ただ、雨脚は強く、3日間で一番の悪天となった。

「本来であれば、今日は秋田駒ヶ岳の北側に位置する乳頭山(標高1,478m)を登る予定でした。でも天候を考えると樹林帯のほうが楽しいだろうと。そこで乳頭温泉郷周辺のハイキングコースを巡ることにしたんです」と石川さん。

黒湯温泉の駐車場をスタートした僕たちは、まずは昨日堪能した鶴の湯温泉へとつづくコースを走る。これが想像以上に素晴らしいトレイルだった。この雨のおかげでより一層みずみずしさを増した新緑は、まるで緑の回廊のよう。さらに足元を見やるとそこにはキレイに敷き詰められたウッドチップ。まさかここまで整備されているとは思ってもみなかった。走るには打ってつけのコースなのだ。

さらに途中からはブナの原生林エリアが広がる。「むちゃくちゃキレイ!」と3人とも声をあげる。もう天候なんて関係なかった。大自然に包まれた僕たちは夢中で走り、あっという間に鶴の湯温泉にたどり着いた。

ここからは東北自然歩道のルート。新・奥の細道とも呼ばれている。山肌をトラバースするように走る道はひっそりと静まり返り、風情のある自然道。僕たちは自然との一体感を味わいながら言葉少なに駆け抜けた。

『おくのほそ道』と言えば、松尾芭蕉。序文はこうだ。「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす」。ここに記されているのは船頭と馬方だが、いま走っている僕たちも日々が旅で、旅を住処としているんじゃないだろうか。ふと、そんな思いがわき上がってきた。

樹林帯を抜けると、隠れ里のような光景が目に飛び込んできた。いまもなお湯治場の風情を残している孫六温泉だ。鶴の湯温泉からは昔の雰囲気を再現した印象を受けたが、こちらは昔の建物が手つかずのまま残っている感じ。タイムトリップしたかのようである。

そして僕たちはクライマックスへと向かっていく。実は最後に、石川さんとっておきの場所があったのだ。「乳頭温泉郷のことをいろいろ調べていたら、野湯を発見して。これは行かない手はないなと」。それが一本松温泉(たつ子の湯)である。本当にあるのかどうかは行ってみないと分からない。誰も歩いていないような渓谷沿いの狭い道を進み、沢を渡り、岩場を越えて、ようやく目の前が開けた。果たして野湯はあるのか?辺りを見渡すと、川沿いの奥まったところに乳白色の野湯らしきものがあった。「おぉー、あったー!いい感じじゃん」と石川さん。

僕たちはレインウェアとシューズ、ソックスを脱ぎ捨て、いざ入湯。雨のおかげもあってかお湯は適温で、3人ともしばらく足湯を楽しんだ。半信半疑でここまで来たものの本当に来て良かった。野湯サイコー!野湯バンザイ!そう実感した瞬間だった。

こうして東北の温泉と山々を巡る3日間の『RUN&CAMP』の旅が終わった。

「距離的にはかなり短かったんですが、充実した3日間でした。岩手県と秋田県の県境エリアで、これほどバリエーション豊かな旅ができる。これは僕にとっても新たな発見でした。自然、温泉、食、文化と、日本ならではの魅力が詰まったエリア。しかも雨天でも充分楽しめる。ぜひ多くの人に足を運んでほしいですね」と石川さんは振り返った。

トレイルラン好き、アウトドア好きにぜひ実践してほしい『RUN&CAMP』。次回は、アメリカ国立公園イエローストーン&グランドティトンを予定しています。お楽しみに!

グレゴリー ルーファスプロトタイプを現在テスト中
グレゴリーと石川弘樹さんが開発を進める新しいトレイルランニングパック、ルーファス。最終プロトタイプは今回の旅でもテストを重ねられていた。石川さんが欲しい機能を全て盛り込んだシグニチャーモデルとして今秋発売予定。

ルーファスの特徴でもある背面のツインポケットはそのままに、グレゴリーならではの抜群のフィット感が健在。フロントやサイドの大型ポケットやタブレットオーガナイザーなど、新しい機能が備わりそうだ。