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(写真 松本昇大 / 文 村松亮 / 協力 adidas outdoor)

8月の初め。2020年の東京五輪の追加種目に、スポーツクライミングが正式に選ばれた。その種目内容とは、高さ5m以内の壁を身ひとつで登るボルダリング、10数mの高さを持つ壁をロープで安全を確保して登るリードクライミング、そしてトップロープで完登するまでの速さを競うスピードクライミングの3種の複合。それを受けて日本山岳協会では記者会見が開かれ、世界ランキング暫定2位の野中生萌(のなか・みほう)選手は日本代表のクライマーのひとりとして出席した。

各界のトップアスリートを迎えてきたクライマー安間佐千の対談シリーズ、待望の第四弾のゲストは日本の若き女性クライマーである、その野中生萌だ。これまで異なる競技のアスリートである國母和宏香川真司中村俊輔といった面々を迎えてきた安間が、今回は同競技者であり、かねてから親交のある野中を招いた。

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2020年のTOKYOをどう捉えるか。

野中 まだルールや詳細が何も決まっていませんが、私は圧倒的にリードとスピードのトレーニングをしないといけないな、と思っています。ルールが決まりはじめて、どこをどう強化をすべきかが分かるはずです。

安間 次回のオリンピックでは、リード、ボルダリング、スピードの3種混合という、これまでの世界大会にない、オリンピック独自の新しいルールです。つまり僕も含めて、多くのクライマーが3種目全てに対応できるように変化していかなければならない。

ーーオリンピックを目標にトレーニングしていくビジョンがある、と?

安間 現在26歳という年齢と、変化し続けるであろうスポーツクライミングを踏まえたとき、僕自身が2020年をどう捉えるかは非常に難しいテーマですね。

ーー同シリーズで以前、サッカーの香川選手と対談したときに、メジャースポーツとマイナースポーツの圧倒的な環境の差に嫉妬のような想いがあると話されていましたよね。今後かつてない注目のされ方をクライミング業界がされると想定して、改めて、どんなお気持ちですか?

安間 僕がクライミングを始めたのは、2002年の日韓W杯(サッカー)の年でスポーツクライミングが成長を始める目前でした。僕のクライミングへの情熱は、それから年々強くなって、本気で人生を費やす場所になった。同じように、まるでクライミングに恋をしたような感覚を強めていったのは僕だけではなかった。他の選手やルートセッター、競技を支える多くの関係者たちも同じで、その強い想いが2020年のオリンピックの土台を作ったんだと思います。

ーー2020年までに、どんな準備を業界全体としていくべきでしょうか?

安間 様々な権力の波が押し寄せてきたとき、クライミングをここまで成長させてきた人たちが本質を見失わずに協力していくことが大切だと思います。文化が崩れないように。そのためには最前線で活躍してきたクライマーたちが、新しい人たちをうまく受け入れていってほしい。もちろん、僕自身もクライミングの文化を繋いでいける存在になれたら、と思ってます。

大舞台で結果を出すための「集中力」

ーーオリンピックを想定するなら、4年に1度となる本番ではより勝負強さは求められます。クライマーが大舞台で結果を残すために必要な要素というと、それぞれどう考えますか?

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安間 フィジカルはもちろんですけど、究極はメンタルだと思います。

野中 私も、そうですね。

安間 よく「1点に意識を向けて集中する」なんて表現をされると思うんですけど、この状態はクライミングには向いていないと思うんです。僕にとって良い状態とはむしろ、色んなことが見えている、分かっている状態です。

ーーそれはニュートラルな状態ってことですか?
安間 そうですね。力を入れられるときは入れられる、抜くときは抜ける。

野中 集中しようとしているとき、たしかに周りの声が耳に入ってしまうと意識が散漫になりますよね。なので私は敢えて、そういう場面に自分をなじませていきます。意識として、そこに溶け込んでしまうんです。

安間 近いことやってるね、一瞬、鳥肌が立ってしまった(笑)。何も聞こえない方がいい状況なのに、その場に自分を置きにいくために聞きにいくって、なかなかできないんです。でも、それができると、いつの間にかリラックスして、集中できているんです。

野中 まさに、自分をコントロールできている状態なんですよね。

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強さを語る、世代を超えて刺激し合うクライマー

ーーでは、少し話を変えて。そもそも、ふたりの出会いはいつですか?
野中 私が小学校3年性でしたね。

安間 生萌(みほう)は、印象的な子でしたね。外岩が好きな子で、まずその意識を持っていることが、世代としては特別でした。自然の岩も人工壁も同じ感覚で登る。とくに面白いと感じたのは、身体が局所的に痛かったりするのをすごく嫌がっていたこと。むしろ、全身を使ってきれいに動けることに意識が向いていて、それがすごく気持ちいいんだって。そういう感覚をもっているクライマーは今でもほとんどいないので。

野中 ホールドをつかむ感覚にしても、痛い方が持っている感がある、という人もいますよね。でも私は痛いのとか辛いのとかが嫌だった。単純にもっと楽な登り方があるんだったらそうありたいって模索していたんです。

ーー野中さんにとって、安間佐千というクライマーはどう映っていました?

野中 すごい昔からトップクライマーなんですけど、いい意味でトップクライマーじゃない雰囲気もある。とくに人間性の魅力がすごいなって、低姿勢というか。

安間 クライマーの多くは、一生懸命強くなることを目指して頑張っていると思うんです。僕自身もこれまで、記録やグレードを目指して強くなる努力をしてきた。でも、一方でクライミングの能力とは、どこかその人の人間性や数字では計れない広い範囲のことを指すような気もするんです。だからそうやって人間性のところを言ってくれるのは、嬉しいですよね。

野中 少し分かるというか。実を言うと頭の片隅に「大会で成績をださなくてもいい」と思っている自分もいるんです。昔からそうなんですけれど、自分にとって憧れの選手がとくにいたわけでもないですし、切磋琢磨するライバルがいたわけでもない。記録を目指してきたわけでもなく、ただ漠然と、強くなりたいってことしか頭になかったんです。だからこそ、ここまで来ることができたなと思ってます。ただ強ければいい。とにかく強くなりたい。誰に聞いても強いって言われるぐらい強いクライマーになりたい。

ーー強さとは何か、それをお互い問い続けてきた、と。

安間 生萌(みほう)の答えにはすごく共感できますね。最近「クライマーとして強くあること」ってなんだろうなって考えるんです。強いものが評価される世界。その強さを維持したり、押し上げたり、とにかく追求してきたけれど、かなりクタクタに疲れるところまでいってしまった気もするんです。そこではじめて、自分はきついんだな、ってことに気がついた。
この強さの追求が全てなのか? って疑問が生じたんです。自分は苦しんでるぞって。そうして強さを追求しているとき、強いクライマーが頭の中に浮かぶんです。でもそのクライマーは、強さの先にいろんなことを知っていたり、スタイルがあったり、強さの種類がみんな少しずつ違うんです。グレードだけじゃないし、競技性だけでもない。それで強さの定義が自分の中で一回壊れて、また何か新しいカタチを作ろうとしている。強い人間が評価される世界で、プロとして自分がやっている、じゃあ、2020年を前にして僕はどうなってしまうんだろうって(笑)。でも見つけたいんですよね、「強さ」ってやつを。

  • 安間佐千(あんま・さち)
    1989年9月23日生まれ。
    12歳のとき、父の勧めで始めたクライミングに出会う。類い稀な才能はすぐに開花し、日本選手権や世界ユース選手権など数々の大会を制す。2012シーズンは日本人男子では12年ぶり(平山ユージ以来)となるワールドカップ・リード種目総合優勝に輝き、名実とともに世界一となる。翌2013年もワールドカップ総合優勝を達成し、日本人男子では初の2年連続のタイトルを獲得。現在は外岩での活動を積極的に行い、高難度ルートを登攀、日本が世界に誇る最強クライマーの一人。
    【2014年 主な成績】
    ワールドカップ シャモニー大会(フランス)優勝
    ワールドカップ ブリアンソン大会(フランス)優勝
    ワールドカップ 印西大会(日本)2位
    ワールドカップ クラニ大会(スロベニア)3位
    Arco Rock Master(イタリア)優勝
    世界選手権(スペイン)3位
    【外岩】
    2013年
    Rambla (5.15a)
    2014年
    Realization(5.15a)

  • 野中生萌(のなか・みほう)
    1997年5月21日生まれ、東京都出身。
    父が山岳トレーニングに取り入れていたクライミングを家族で体験したことをきっかけに9歳からクライミングジムに通う。クラシックバレエ、器械体操で培った柔軟性に加え、負けず嫌いな性格が功を奏し、15歳で日本代表に選出。16歳になった2014年にはボルダリングワールドカップに参戦。参戦した6大会のうち4大会で決勝に進出する。2016年シーズン、ワールドカップナビムンバイ大会で初優勝を飾り、最終戦でも2勝目を挙げ、年間ランキング2位を自身最高位を獲得。世界選手権優勝の目標を掲げ、日々ボルダリングの世界でTOPを目指し続ける。
    【2016年 主な成績】
    ワールドカップ第2戦 3位(日本)
    ワールドカップ第3戦 3位(中国)
    ワールドカップ第4戦 優勝(インド)
    ワールドカップ第5戦 3位(オーストリア)
    ワールドカップ最終戦 優勝(ドイツ)
    年間ワールドカップランキング:ボルダリング 2位
  • 今回二人が着用しているウェアはこちらから。

    http://shop.adidas.jp/athletics/zne/
    http://shop.adidas.jp/techfit/