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2012年3月に北米で開催されたNAHBS(North American Hand made Bicycle Show)で2冠を達成するなど、世界的に注目を集める自転車ビルダーCHERUBIM®代表の今野真一。4月に日本に上陸を果したサイクリストのためのアパレルライン「Levi’s® COMMUTER」に共感した彼は、「街と街を繋ぐツール」をテーマにコンセプトバイクを制作した。東京・町田にあるCHERUBIM®の工房を訪ね、制作へ至った経緯とコンセプトバイクの背景に隠された今野自身の自転車への思いを聞いた。

自転車は人間の力がエンジン 人に密着した乗り物だからこそのこだわり

家業が自転車メーカーだったので、子供の頃から自転車に接していました。小学校に入る頃にはレースにも出ていたし、抵抗無く、すんなりと自転車作りを始めていましたね。だから、ノウハウはやはり父親から教わりました。溶接などの具体的な技術はもちろん教わったけど、それよりも、モノづくりの概念や考え方などのマインド面のほうが大きく影響を受けています。時代は進み、新しい素材や技術がどんどん出てくるので、それにどう対応していくか。その方法は人に聞くのではなく、自分で探さなければなりません。伝統は常に変わっていくものだと教わったし、今でもそう思っています。

クラフトマンシップというと、職人の手先の器用さとか、美しい造形とかがフィーチャーされますけど、うちはそれ以前に、溶接も旋盤もやるし、やすりもかける。ただ、どれをとってもその世界の一流の人がいるんです。僕たちは決してやすりがけ名人を目指してないし、そういう人たちと対等に勝負していくということではありません。あくまでいい自転車を作ることが目的です。そのための溶接であり、やすりがけですから。

基本はオーダーメイドで注文を受けます。初めてのお客さんだと、用途と身体的な特徴。この2点が一番重要です。自転車は、人間の力がエンジン。より人間に密着している乗り物なんですね。だから1cmとか5mmの差が性能に響いてきます。でもまだまだ自転車はそういう乗り物だと思われていなくて、僕たちが知っているような本来の性能が発揮されてはいません。靴と同じなんですよ。1cm小さいサッカースパイクで街を歩けと言われたら、すごく苦痛ですよね。自転車も同じ。ちゃんと用途に適していてサイズがあっていれば、すごく素晴らしい乗り物になるんです。もっと移動時間が短くなるはずだし、距離も縮まります。

Macintoshの開発コードは「バイシクル」だった 自転車がライフスタイルを変える

スティーブ・ジョブスの本を読んでいたら、開発の最初のプロジェクト名は、「バイシクル」だったらしいんですね。彼はコンピュータを自転車と似たものだと考えていたようです。人間の可能性を最大限に発揮する道具としてのPCと、自転車というのは一見、両極端にあるものに見えて本当は非常に似ていることが分かります。どちらも『人々を色々な制約から開放すること』が実現できる。自転車の場合は物理的な部分でも人間のエネルギーを最も効率良く引き出す事が出来るのです。

僕たちが子供の頃、初めて自転車に乗ったとき、それまでとはまったく違う行動範囲になって、どこまででも行けるような気がしましたよね。生活ががらっと変わる体験でした。
実際、コンピュータは距離を縮めるものになったけど、そのコンセプトの本家ともいえる自転車は、まだまだ社会での理解が足りません。人力だけでこんなことが可能なものは、自転車だけだと思うんです。その感覚を取り戻したいと思って自転車作りをしています。

Levi's® COMMUTERとの接点 自転車は“街と街を繋ぐツール”

Levi's® から今回のオファーを頂いて、そのことが頭をよぎりました。デニムメーカーが自転車用ウェアを開発するということもあり、より街中で普段使う自転車ってどんなものなのかなと。自転車をもっと気軽に速く。
最近はコミュニケーションが希薄になって、少しもったいないと思うんですよね。みんなすぐ近くに住んでいるのに、メールやSNSで済ませてしまう。実際に顔を見せることで、いろいろなことがすごく変わってくると思うんです。隣町とか隣駅くらいなら、気楽に自転車で行って欲しい。それが人間の根底にあるコミュニケーションだし、そういう感覚が戻ってくればいいですね。

ただ、自転車に対するこういう試みが増えてきて、いい傾向だと思います。昔はバリバリのレースジャージしかなくて、それを工夫して街乗り用にアレンジして着ていたけど、やはり街中では浮いてしまったり(笑)。普段着のような自転車ウェアが増えたので、もっと“その辺まで自転車で”という感じでお出かけして欲しい。

Levi's®というスタンダードを勝ち取っているブランドがこういう新しいムーブメントを仕掛けていることに共感が持てます。Levi's® のコンセプトである「伝統と革新」は、僕が掲げているテーマともリンクします。おそらく、今リーバイスのジーンズを見て驚く人はいない。何でもないジーンズ。今は普通だけど、普通に至るにはすごく様々な歴史があったはず。だからストレッチが入ったジーンズは、見た目には地味かもしれないけど、確実に進歩しているわけです。だって、50年前にはジーンズで自転車に乗ることなんて想像できなかったと思うんです。僕たちもそうありたいですね。

“Levi‟s® COMMUTER”のコンセプトに共感した今野はスペシャルなコンセプトバイクを制作。

スキニーシルエットの511をアレンジ。自転車での様々なパフォーマンスを想定した仕様に。

自転車も歴史があって、すべてが確立されてしまっています。誰が見ても単なる自転車だけど、そこに本当にきれいな機能美があったり、生活に役立つものが込められているわけです。僕は自転車を作るのが生業だけど、自分で発明したものなんて何一つありません。過去にあったものを形にしているだけ。ただやはり、人生をかけてやるからには、何か一つでも、ボルトひとつでも、自転車に付け加えられて定番となったなら、幸せなんじゃないかと思います。Levi's®のように、伝統を勉強し守りながらも、革新を目指していきたいと思います。


自転車のメッカ、アメリカ・デンバーのサイクリストコミュニティからのリアルなニーズをもとに開発された新ライン“Levi‟s® COMMUTER”。利便性、安全性、機動性、強固さ、そして機能性を兼ね備え、ファッションアイテムとしても完成度の高い仕上がりになっている。

今野真一(Shinichi Konno)
CHERUBIM®代表・チーフビルダー。1972年、東京出身。1965年創業のオーダーメイド自転車CHERUBIM®の2代目。CHERUBIM®の創業者である今野仁を父にもち、20歳でこの道に進む。2009年、米国にて開催される世界最大のバイシクルハンドメイドショウ「North American Hand made Bicycle Show」の2冠を達成。2012年、自転車作りの解説書「自転車ビルダー入門」を執筆。
http://www.cherubim.jp/

(文 大草朋宏 / 動画 上原源太)