(文 小矢島一江 / 写真 阿部健 / 動画 TOTAL TIME 01:10 記事最下段 )
イギリス人の父、日本人の母ともに、空手の師範という一家に生まれたジョー・ベラミーさん。住み慣れたイギリスを離れ、いったんすべてをリセットしたジョーさんは、まさに『less is more』を実践する生き方を送っています。テレビエディターという多忙な仕事の中でも通勤ランを習慣にし、仲間とスポーツを楽しむそのライフスタイルを紹介します。
13年間続けた空手
そして新しいスポーツとの出会い
空手を始めたのは12歳からです。きっかけは両親なんですが、僕はわりとこつこつ続けることが向いていたようですね。それでも最初は辞めたいと思う時期もあり、先生である親に「今日はサボりたい」って言ったこともあるんです。その時「それぐらいのつもりだったら、始めからやるな」って言われて確かにそうだよなと納得して。そこからはサボるとか力を抜くという発想がなくなり、25歳まで続きました。
13年間続けた空手からいったん離れたのは、イギリスから日本に帰国したことがきっかけです。もともと小学生の時に家族でイギリスに移住し暮らしていたのですが、一人で日本に帰って、いろいろ新しいことにチャレンジしたくて。ずっと空手一筋だったので、日本では新しいスポーツをやりたいという思いが強かった。それで最初は友人に誘われてバスケを始めました。学生時代からバスケをずっとやってきたメンバーの中で、僕だけ初心者からスタートで。まだ一番ヘタなんです。それでもみんなに教えてもらいながら、仲間とプレイすることがすごく楽しくて、その時間が大好きなんですね。
もう一つ、ランニングも日本で始めた新しいことのひとつです。もともと体力づくりのための、補助的な意味合いで始めたのですが、自分の中でいつの間にか、一番アツいスポーツになっています。仕事柄、運動不足や不規則な生活が制限なく襲いかかってくるのですが、その流れに流されたら、あっという間にスポーツなんてしない生活になってしまいます。長時間勤務して、家に帰って寝て起きて。そんな生活の中で、身体を動かそうと思ったら、ランニングが一番なんですよ。夏なんかは、寝起きにTシャツと短パンのまま、靴だけ履いて走りにいくことができます。
忙しい日々やストレス
流れをリセットするための通勤ラン
テレビエディターという職業は、集中して長時間、パソコンに向かってる仕事なんです。頭も使うけれど、目も使って、健康とはほど遠い。もちろん僕は映像が好きなので、日本でこの仕事に就けていることにとても感謝していますが、放っておくと長時間勤務して疲れて寝るという繰り返しです。そんな毎日の中で、通勤ランを実践してみたんです。これはもう、自分がしたいからするという感じなんです。自宅から会社まで7kmの距離を走るというのは合理的ですし、今日は帰って走る時間がなさそうだと思うと、よし、通勤ランでいこうみたいな。朝起きた瞬間に、今日は行ける、って思いつきでやるものなので、ちゃんとした着替えが会社に置いてあるわけでもなくて、着いてから身体だけ拭いてそのまま仕事して、そのまま走って帰るみたいなこともあります。
「よく徹夜した次の日に走ることができるね」って言われますが、僕の中では、それまでの流れをスパッと断ち切って、一回リセットしたいという思いがあるんです。それは13年間続けてきた空手で学んだことで、学校や仕事のストレスが空手をしたその日にリセットされる。それがジョギングに代わっても、そのまま続いているのだと思いますね。
ランニングは通勤ランも含めて週に2、3回くらい。週末、一人で家の近所を走る時は、多摩川沿いを10〜15km、調子がいいと20kmくらい走ります。あとは月に何回か皇居を走るラングループにも入っていて。バスケは週に1回なので、徹夜してない日はできるだけスポーツをしていることになります。
ランニングって自分と向き合うイメージがあると思うのですが、数年まえからはFacebookのようなSNSで、シェアされるようになってきた。誰かが走っているのを受けて自分も走ったり、またその逆もあったり。ずっと一人で走っていたのに、最近になって急にラン仲間が増えたんです。これは自分のなかで小さな感動ですね。そこを大切にしたいなと思ってます。
すべてをリセットしたからこそ
新しい自分がかたどられた
僕はイギリスから日本に来た時、スーツケースとダンボール一箱しか荷物がなくて、仕事先も全然決まってなかったんです。それまでの友人関係も捨てて、なんで日本に来たの?とよく言われますが、若い時に日本に一回帰って、チャレンジしたいという気持ちがあったんです。築き上げてきたというと大げさですが、空手を13年もやっていれば、偉そうにしている訳ではなくても、それなりに後輩から尊敬される地位になっていて、そういったものが、自分の自信とか自分の性格の基盤になっていた。そのすべてをいったんリセットしたことによって、自分がからっぽの状態になったんですよね。
日本では誰も僕を知らないし、僕がどういう性格で、どういうものが好きかという自己アピールを、一からやり直さなければいけない。だから、ちょっとでもきっかけがあって、バスケをやらないかと誘ってもらったら「行く行く!」ってなりましたね。新しいことをやらないかっていう誘いにはどんどんチャレンジしたかったんです。一回リセットしたっていうのは、まさに自分にとっての『less is more』でしたし、今の自分を形づくる上で、本当にいい経験だったと思っています。