滑膜肉腫(かつまくにくしゅ)という病気をご存じでしょうか? 特に下肢(脚)、主に大腿、膝関節部に発生する悪性軟部腫瘍、つまりガン。一般的に若年層に発生すると言われ、発症率のピークは30歳前後と言われています。
その滑膜肉腫を克服し、レースに復帰、アメリカのオリンピック代表選考大会に参加した27歳の女性エリートランナーがいます。彼女、セレナ・ブルラさんがどのようにして滑膜肉腫を発見し、手術を経て、レースに復帰したか、をレポートした記事を今回は紹介します。
セレナさんを執刀した整形腫瘍医ボーランドさんは、これまでにも多くの肉腫の手術を行ってきましたが、彼女のようなケースは初めてでした。治療としてガンの原因となったハムストリングの一部を切除したのです。
昨年2月26日の手術の前に調べたところ、ハムストリングを切除したのち、レースに復帰したアスリートの記録は見つからなかったそうです。ボーランド医師は、セレナさんが再び走れるようになるか、たとえ走れたとしてもエリートレベルでのレースに復帰できるか、まったく分かりませんでした。むしろネガティブに捉えていたようです。この手術はそれほど大きなことでした。
結果的に彼女は彼の疑念が間違っていたことを証明しました。
手術後、順調に回復をした彼女は11月にNYCマラソンに参加し、2時間37分6秒の成績で19位に入りました。今年の1月にはナショナル・ハーフマラソン・チャンピオンシップで2位になりました。オリンピックのマラソン選考会への出場権を獲得し、来年1月に挑戦する予定です。今年のNYCハーフマラソンこそ、手術をしなかった左脚のハムストリングに違和感を感じて参加を取りやめましたが、完全復帰を果たしたと言っても過言ではない状態なのです。
高校の陸上/クロスカントリーチームのコーチだった父を持つセレナさんは、走ることが人生でした。大学では10,000mの選手として全国大会に出場しました。しかし、大学卒業後は砲丸投げの選手と結婚をし、趣味としてのランニングは続けましたが、競技生活には一度ピリオドを打ちました。
しかし、定期的に走り続けるうちに、やがてランニング・パートナーと出会い、地元のランニングチームに所属します。そのチームのコーチは、彼女のランナーとしてのポテンシャルに気づきました。「彼女は激しく競争的だが、信じられないほど忍耐強くもあったんだ」と彼は言っています。
そこで彼女は2010年の春に初めてのマラソンを走るべく、数年間トレーニングを重ねることとなりました。ところが、2009年の秋、彼女の右脚のハムストリングが断続的に痛むようになり、やがて悶えるほどの痛みがコンスタントに続くようになってしまいました。セレナさんは「走っているときは良かったけど、止まるととてつもない痛みが走った」と話しています。
それでも彼女は2010年1月にハーフマラソンを走り、見事2位になりましたが、よろよろとスタートラインに立った彼女の姿を観て、コーチはただ事ではないと感じ、すぐに診断を仰ぐことにしました。
最初に診察をしたのはランナーのスポーツ障害治療で著名なドクターでした。彼は当初、滑液包炎か裂傷が起きていると思っていたそうですが、超音波で調べたところ、ハムストリングに何かしらかの液体が見受けられたためため、更なる検査を行い、それが悪性腫瘍である危険性が高いことが判明します。
彼女は「ランニングが命を救ってくれた」と語ります。「最初は何で私の脚なのか? と思いました。でもすぐに気づいたのです。もし腫瘍が脚にできなければ、ずっと気づかないことにして、結果、診断が遅れていたかもしれない」と。
(The New York Timesより/リサーチ 坂野晴彦)