国土の2/3が森林に覆われた森林国である日本において、林業はなくてはならない仕事だが、担い手は少なく、安定した職業とも言い難い。林業の可能性を広げ、より良い形で林業を次世代に繋ごうとしている〈東京チェンソーズ〉の試みに注目したい。
苗木を植え、木を育て、伐採し、収穫した木を木材として市場へ送り届ける。シンプルにまとめればこれが林業の仕事である。しかし、農業や漁業と比較しても、収穫までにかかる時間は途方もなく長い。一本のスギが十分に成長し、収穫のときを迎えるには50〜60年後。つまり、自分が植えた苗木を自分で収穫することはほとんどないということになる。そして、長い年月をかけて育った木の価格は、高いどころか驚くほどに安いのが現状だ。
「木材は丸太として市場に出荷するのが主流ですが、直径25cm×長さ4mほどのスギの丸太で価格は3000円〜4000円程度です。丸太の価格のピークは1980年代で、その頃と比較して1/3ほどに下がっています。丸太の価格が元に戻るのは難しいのが現状です。公共事業にあたる森林整備の仕事もありますが、それだけに頼らずに産業として林業が成り立つようにしたいという思いで試行錯誤をしています」と、〈東京チェンソーズ〉の創業メンバーのひとりである、コミュニケーション事業部の木田正人さんは言う。
2006年に創業した東京・檜原村を拠点とする〈東京チェンソーズ〉は、2014年に新しいフェーズへと突入する。会社で山を買い社有林を持ったことをきっかけに、さまざまな企画が立ち上がり、具現化していった。
そのひとつが、2015年にスタートした東京美林倶楽部という会員制のプロジェクト。山に3本の苗木を植え、30年間、定期的に檜原村に足を運び、〈東京チェンソーズ〉とともに木を育てるというもの。
「現在、新規会員の募集は一旦停止していますが、これまでに250組ほどの方たちに会員になって頂いています。毎年1、2回は山に来て、植えた木の周囲の草を刈ったりしながら、檜原の森でゆっくり過ごす時間を楽しんでもらっています。25年、30年後には間伐作業があり、伐採した木を差し上げることになります。30年生だとまだ大きなものは作れませんが、家具の一部にするなど、工夫して使うといいかと思います」
photo:東京チェンソーズ
育てた苗木のうち2本は間伐して会員が自由に使え、残りの1本は森に残し、次世代に受け継がれていく。東京美林倶楽部とは、会員が〈東京チェンソーズ〉とともに美しい森林を育て、未来へ繋いでいくプロジェクトでもあるのだ。
〈東京チェンソーズ〉が所有する山は、〈MOKKI NO MORI〉という会員制アウトドア森林フィールドにもなっている(運営はMOKKI株式会社)。山を活用したサブスクリプションサービスで、会員は年会費を払うことで、いつでもフィールドを利用して、キャンプや焚き火、各種イベントを楽しむことができる。
そのほかにも“6歳になったら机を作ろう”という山でのきこり体験と学習机作りをするワークショップも毎月第二土曜日に開催されている。
山から得られるモノ、山でできるコトの両輪を回し、美しい森林環境を維持しながら、利益を生み出そうとするのが〈東京チェンソーズ〉のスタイルだと言えるかもしれない。
“1本まるごと販売”という新しい形の木材販売も山の所有後に始まったもの。従来の販売では、1本の木のうち、建築材料などに使える真っ直ぐな幹の部分(木全体の50%程度)だけが収穫され原木市場に送り出されていた。原木市場から製材所へと渡った丸太は製材の過程でさらに半分に。最終的に建材や製品として使われるのは、1本の木の25%ほどとなっていた。
「チェンソーズでは丸太を出荷することも継続してやっていますが、それだけに頼ってやっていくことはできません。50年、60年とかけて育った木を無駄なく活用し、また1本の木の価値を高めるために始めたのが“1本まるごと販売”です。カタログを作って、幹の先端の部分であるうらっぽ、枝、根株、樹皮、曲がったり二股に分かれた幹なども販売するようになりました。実際に売り出してみると想像以上に反響があり、ショールームやオフィス、ミュージアムやデパートなどのディスプレイ什器のパーツとして活用して頂いています」
photo:東京チェンソーズ
木を1本まるごと活かす取り組みの一環として“山男のガチャ”も誕生した。檜原村の山で伐採した木の枝や、幹の細い部分を加工して作ったバードコール、マグネット、ペン立て、はし置きなどが入ったもので、2021年度のウッドデザイン賞を受賞している。
自社で山を所有することで自由な山づくりができるようになった。作業道を作り、植樹する木を選び、山全体をデザインしていくことも可能だ。当然ながら、山の維持管理、木の伐採と販売についても自身で方針を決めることができる。〈東京チェンソーズ〉の所有林は、環境に配慮された林業の実践のためにFSC(Forest Stewardship Council)の認証を受けている。
「山を持ったとき、自分たちがどういう山を目指していくのかというのは、曖昧なところもあったのですが、世界的な取り組みであるFSC認証を受け、これを守れる仕事をしていくというのが1つの軸になっています」
FSCは、世界中の森林が急速に破壊されている状況を食い止めるために、1994年に設立された組織。ドイツのボンに国際事務局を置き、環境保全の点で適切かつ社会的な利益にかない、経済的に継続可能な責任ある森林管理を普及させることを目的に活動している。
FSCの森林管理認証の審査は、世界的に統一された10の原則と70の基準に基づいて行われる。法律や国際的な取り決めを守っていること、労働者の権利や安全が守られていること、地域社会の権利を守り地域社会と有効な関係を保っていること、環境を守り悪影響を抑えていること、森林管理を適切に計画していることなどが原則となっている。
たとえば労働者の権利の原則には、男女平等か、最低賃金を満たしているかといった基準があり、環境に関する原則には、河川の保護、生物の保護、景観の保護といった基準がある。そして、すべての基準について大きな問題がないと確認された場合のみ、認証が与えられるのだ。
「環境配慮の観点から、伐採できる量も定められていて、山全体で1年間に木が成長する分を超えてはいけないことになっています。これを遵守しようとすると、正直丸太だけを売ってというのは成り立たないので、その観点からもマネタイズの方法を工夫する必要があるんです」
新しく、そして持続可能な林業へ、〈東京チェンソーズ〉の挑戦は続いていく。
(2023年4月20日初出記事)