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これまでエネルギー源の種類や、筋肉のタイプなどを紹介してきましたが、これらを実際のスポーツに当てはめてみたらどうなるでしょう。2014年のワールドカップ・ブラジル大会出場に向け、予選を戦っているサッカー日本代表。彼らのゲームを運動生理学の視点から見るとまた違った面白さがあります。

サッカーのゲームはダッシュとジョグの繰り返し

選手は、攻撃に加わっているときやボールを奪いに行くときには全力でダッシュしますが、それ以外は陣形を整えるためにフィールドをゆっくりとジョッグしたり歩いたりしています。

ダッシュのようなハードな運動では、主動筋の速筋が動員され、沢山の糖が分解されて乳酸が出来ます。しかしその乳酸は、ジョッグしたり歩いたりしているときに、速筋から血液を伝って遅筋に運ばれ、酸化されて再びエネルギーになっています。
ダッシュで産まれる乳酸は酸素を使わず糖を不完全燃焼させたことで出来たものですが、遅筋細胞のミトコンドリア内で酸素を使って完全燃焼させることで再びエネルギーにすることが出来ます。

このようにダッシュとジョッグを繰り返すことで、長時間に及ぶハードなゲームでも最後まで走り続けることが出来るのです。後半になるとダッシュが出来なくなるのは、速筋の主要なエネルギー源である糖がなくなってくるからです(その他にも、選手同士の激しいぶつかり合いで関節や筋肉の柔軟性が低下したり、ダッシュやジャンプで筋線維に傷がついたりと様々な原因があります)。糖が無くなれば乳酸も産まれなくなります。

スピードの速い選手とスタミナのある選手

ダッシュのスピードが速い選手は、主動筋に速筋が多く、糖を分解してエネルギーを取り出す能力が高い選手で、後半になってもあまりばてないで走り続けられる選手は、主動筋に遅筋や中間筋が多いため、速筋で作られた乳酸を酸化させて再びエネルギーを作り出す能力が高い選手なのです。「スタミナがある選手」とは、主動筋の酸化能力が高く、筋持久力の高い選手。日本代表でインテルの長友佑都選手は、スピードとスタミナ、どちらの能力も非常に高い選手ですよね。

球技の場合は、このような身体能力とは別に「技術」や「戦術」が大きなウエイトを占めますが、マラソンや水泳、自転車などのエンデュランス・スポーツのトレーニングを考える場合、エネルギー源(糖・脂肪・アミノ酸・乳酸など)の酸化能力が高いということが重要になってきます。言い換えれば、主動筋の酸化能力を高めることによって、持久系スポーツの競技レベルを向上させることが出来るのです。

LTは乳酸の産生と消費のブレイクポイント

エネルギー源である糖と脂肪ですが、運動強度が高いときでも低いときでもどちらも使われているという話を以前紹介しました。安静時や運動強度の低い時には糖よりも脂肪のほうが多く使われていますが、脂肪を酸化させてエネルギーを取り出す限り乳酸は産まれず、また糖からエネルギーを取り出す時に出来た乳酸もやがては細胞のミトコンドリアで酸化されエネルギーになります。

血液中の乳酸濃度は、1ℓ辺り何mmol(ミリモル)か(単位はmmol/ℓ)で表されます。安静時や軽いウォーキングをしている時で1 mmol/ℓ程度、そこから徐々に運動強度(スピードやパワー)を上げて行くと、1.2、1.5、と上がっていき、あるところを境に急上昇していきます。その閾値のことを「LT」と言います。

「LT」(Lactate Threshold、乳酸性作業閾値)は、乳酸の産生と消費の量が拮抗しているポイントのことで、そのときの血中乳酸濃度はおよそ2 mmol程です(競技によっても人によっても数値は上下します)。LTよりも左側は、乳酸が産生しても消費する速度が追いついているので、一定以上は値が上がりません。

ところが「LT」を超える辺りから主動筋の速筋が動員されはじめ、糖の分解が進み、乳酸の消費よりも産生の方が多くなるので、血液中の乳酸濃度が上がっていきます。さらに運動強度があがると、脂肪からエネルギーを取り出すのでは間に合わなくなるので、糖の分解が急激に加速し、乳酸の酸化が追いつかなくなり、血中乳酸濃度はどんどん上昇していきます。血中乳酸濃度が10mmol、20mmolになるころには身体は疲労困憊状態になっています。

つまり「LT」を超えない限りは、乳酸が増えることもなく、また産生した乳酸もエネルギーとして再利用できるため、糖の消費も抑えることができるのです。実際に「LT」の辺りで感じる主観的運動強度は「ややきつい」が「この強度ならばどこまででも続けていける」というものです。マラソンなどの長時間に及ぶスポーツでは、「LT」ペースで挑めば最後まで崩すことなく走りきることになります(もちろん筋持久力やエネルギー残量には注意を払わなければいけませんが)。

どんな種目でも様々なトレーニングをバランスよく組み合わせることで「LT」を高めていくことが出来ます。次回は11/2アップ予定。「LT」についてもう少し掘り下げて紹介していきたいと思います。

【トレーニング座学 アーカイヴ】
#01 運動強度と主観的なきつさ
#02 エネルギー代謝(1)エネルギーの正体
#03 エネルギー代謝(2)糖と脂肪
#04 エネルギー代謝(3)筋肉のタイプ

監修者:肥後徳浩

元自転車競技選手。自転車選手時代にコーチから学んだトレーニング理論をベースに、方法よりも目的を生理学的、力学的に「理解する」ことと、体の反応を「感じる」ことを大切に、日々トレーニングに取り組んでいる。音楽レーベル「Mary Joy Recordings」主宰。
www.maryjoy.net