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アラスカの氷河の写真を15年に渡って撮り続けている写真家の石塚元太良さん。それらの作品は写真集にこそなっていないが、『氷河日記』という私家版の書籍というかたちで、折に触れて発表してきた。先日、その『氷河日記』の3冊目にあたる『氷河日記 アイシーベイ』の出版を記念して〈THE NORTH FACE〉の店舗〈THE NORTH FACE ALTER〉で写真展示が行われた。また、この展示のオープニングイベントとして、クロストークが行われた。話を聞くのは長年、元太良さんと仕事をしてきた『翼の王国』編集長 渡辺卓郎さんと、〈THE NORTH FACE〉でマーケティングを担当する田中嵐洋さん。軽妙なトークは、アラスカをひとりきりで旅する心の内から、写真と言語の関係に至るまで縦横無尽に広がっていった。

氷河との出合い

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渡辺―彼はアラスカの氷河を10年以上撮っているんですね。その過程・旅をテキストにしたのが『氷河日記』。ぼくもこの本のファンなんですけど、これで3冊目になる。

石塚―氷河を撮り始めたのは2004年くらいから。きっかけは、当時あった雑誌『ニュートラル』の編集長に「水の特集をするので、アラスカで何か撮ってきてほしい」と言われたこと。氷河を撮ろうと思ったんだけど、それには豪華客船のようなクルーズで行くのが一般的だった。でも予算が厳しくて「カヤックとかで行けるんじゃないの?」と言われて、軽いノリで受けてしまったんだよね。アラスカには行っていたけど、カヤックなんて乗ったこともないのに。

当時、僕はアラスカで『パイプラインアラスカ』という作品を撮っていたから、渡に船というか、カヤックで氷河を撮りに行ける、アラスカに行けるというだけでウキウキして受けてしまった。初めて行ったのは〈シュープ氷河〉というところ。地図で見るとバラデイズという街から10kmくらい。そのくらいなら簡単に行けるだろうと素人感覚で行ったのが一番最初。

渡辺―カヤックはあったの?

石塚―当時、バルデイズにあったレンタルカヤック屋で借りたんだけど、今振り返るとそのカヤックはリバーカヤックのような直進性の低いもので、パドルも自分に合っていなくて、蛇行しながら進んでた。悪戦苦闘しながら10km先の氷河までたどり着いて、その時撮れた写真が、3年前に渋谷スパイラルで氷河の展示をしたときにメインビジュアルに使ってもらったもの。自分のなかで、写真家としてのビジュアルを左右するような大事な写真だった。そこから15年くらい続く氷河との付き合いが始まったんだよね。

渡辺―『パイプライン』を撮ってた時から氷河を見ていたの?

石塚―氷河があるのは知っていたけど、かくも美しいものが世の中に存在するというのは理解していなかった。日本人は氷河に接する機会というものが、そんなにないと思うんだよね。氷河という物体は、青い単色として成り立っていて、青のグラデーションとしてだけ在る。プリズムみたいな光を通す物体は非常にフォトジェニックであるということと、写真との親和性が高い。レンズやカメラに入っているプリズムとか、写真と構造的に関係が深いものでもある。それが異様に巨大な状態で自然の造形物としてあるということに驚いてしまった。これは非常に大変そうだけど、写真家として時間を使う価値のあるものじゃないかと。最初の体験から直感的に思い、それが14年も続くようになったんだよね。

渡辺―撮るべきものが、アラスカにいっぱいあることに気づいた。

石塚―当時、僕はカヤックは素人。それでアラスカに行くというのは、今思うとかなり無茶している。カヤックとバックカントリー、荒野を旅する技術がないと死んじゃうと思った。写真の技術以前にカヤックの技術が必要だと切実に思った。当時テントはホームセンターで売っているようなものを使っていたんだけど、少し経ってから嵐洋さんと出会い、シェルジャケットなどを提供してくれた。

田中―当時、相当みすぼらしい格好をしていたので、何か貸さないとと思って(笑)

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『氷河日記』を書いた理由

石塚―帰ってきてからすぐにカヤックを買った。モンベルの折りたたみ式のカヤック。その自分のカヤックを持って〈プリンスウィリアム・サウンド〉という〈氷河銀座〉と言われているところに行ったんですね。その時、街を出てから10日くらい帰って来られなかった。

その時にアラスカという自然の中にどっぷり浸かってしまった。首まで浸かってしまってカワウソと喧嘩しながら鮭を採ったりとか、自給自足で森の中に入ってベリーをむしゃむしゃ食べ始めたりとか。そのときの体験があまりにも強烈で、写真を見せているだけでは全く足りなくて2万字くらいの原稿を書いてしまったんですね。

熊の気配もする、森はもう途方も無く美しい、10日間漕ぎ続けているフィジカルもどんどんどんどん研ぎ澄まされていく。それにあわせて自分の氷河に対するアイディアもどんどんどんどん生まれてくる。自分がこれから先写真家としてどういうふうに進んでいくか、自分がどういうふうに『パイプライン』を終わらせて、アラスカとの付き合いを深めて行くかということのなんかちょっとビジョンみたいなものが見えてくる。勘違いであれ見えてくる瞬間みたいなものがある。

ここはアウトドアのブランドだから、アウトドアで遊ぶ人が結構来ているかもしれないけれども、サーフィンしている人でもロッククライミングしている人でも、すごく自分の身体が研ぎ澄まされて行くにつれてだんだんだんだん脳が冴えてくるってことを感じている人が多いと思う。そんな勢いで、帰ってきてから原稿を書くことをやめられなくなってしまったんですね。それが、『氷河日記』を書いた大きな理由。

写真は言葉とセットになってしかるべきもの

渡辺―正直に「トホホ」な面があったりとか、ピュアでね。写真だけ見ると格好つけた男なのかなと思うんだけど、『氷河日記』の中の彼はなんていうかモヤモヤの塊で、自然と対峙したときの男の話そのまんまですよね。腹が減ったとか、熊に石投げたとか。でもそういうのをひっくるめて、テキストにしたくなっちゃたんですね。

石塚―そうですね、小難しい話をちょっとだけすると、言葉を紡ぐ事はこれからも続けて行こうというふうに思っていて、それは僕自身というよりも、写真そのものが背負ってる何かなんじゃないか。つまり、例えばみんなもSNSで写真を投稿しながらコメントつけたりするけれども、写真って絶対に言葉とセットになってしかるべきものなんだよと。やっぱり1枚の写真ってただの謎でしかない。19世紀に写真が広まったときの100年前の写真とか見ると、ネガの隅とかに絶対言葉が入ってたりするんですね、その記録として。

写真の創世記的な話をすると、170年前くらいに発明されたんだけども、そのときに大きく社会を変えたものというのが2つある。それは何かというと義務教育と産業革命。この近代と言われるものの成立と写真がかなりシンクロしている。

義務教育と産業革命で、祖先は書き言葉を読むということを義務づけられた。今まで農民の人たちは読み書きなんかしてなかった、みんな音楽的に生きていた。書き言葉を読むっていうのは、かなりストレスフルなことで、もう少しイージーなことがあるだろうと。それが写真の発明だった。

つまり今、SNSを僕たちがやっていることっていうのは「今日美味しいマロンケーキ食べました」っていうのを言葉で説明するは相当むずかしいし、そんな長ったらしいテキストなんか読みたくない。それは1枚の写真で事足りるはずだしっていうこと。それを考えると写真と言葉って本当に裏と表としてあるんじゃないのかなっていうのは“写真のアルケオロジー”=“写真の考古学”を語る上では結構言われていることなんですね。

例えば有名なロバート・フランクの写真を見ても本当にそういうところに自覚的にやっている。僕が本当に氷河を撮りたいと思ったときには、写真だけではなくやっぱり2万字くらい言葉は必要になってしまった(笑)。

全き自然って途方もなく美しくて、それを伝える方法がない

渡辺―十何年氷河を撮影して見てきて何かやっぱり気づいたこととか変化とかそういったのがあると思うんですけど。

石塚―誰とも話さずにシーカヤックに乗っていると、全能感が生まれる。身体が研ぎ澄まされていくうちに、脳が冴えてきて、アイデアが色々生まれてくる。17日間、ほぼ誰とも喋らずに自然の中を旅行しているうちに、本当はただ倒錯した男なんだけど、目の前の自然が自分の脳内からパカッと出てきたんじゃないかと思えるようなことがある。嵐洋くんないの?

田中―ないすっすね(笑)

石塚―これは偉大な勘違い。誰とも喋らずに、刻一刻と自然が動いて行くのを見ている。完全なる一人称みたいな。それをうまく説明できないから『氷河日記』などを書いてしまうんだけれども。

その倒錯したアイデアに写真表現のヒントがあるんじゃないかとおもった。つまり、写真も一人称の極み。その際に、目の前の自然を自分が創ったと表現できる方法はないかと思ったときに、まず氷河をライティングしたら面白いんじゃないかと思った。あと、今回のDMの写真も6枚の写真を合成したもの。つまり架空のものであると。ただ単純に「夕日がきれいだね」ともおもって撮る写真が、僕にはもう面白くなくなってきた。

倒錯したアイデアではあるけど、大自然をポケットに入れて帰るような感覚というか。それだけが唯一、自分が旅行しているリーズンになるというか。今はそこになんか、氷河を撮る面白みを感じている。そこでしか終わらせることができない。氷河は記録することができないもの。河だから刻一刻と変わる。科学者みたいに定点観測をして「10年でこれだけ変わりました」なんてことを言いたいわけじゃない。全き自然って途方もなく美しくて、それを伝える方法がない。

今、ポーラ美術館で氷河をライティングした最新のプリントを展示しています。今回『氷河日記』には書けなかったけど、誰もいない氷河の塊が浮いている海のようなところで、夜中に一人でパンッとライトをつけると、目の前の氷河が少しだけダイヤモンドのように輝くんですね。団地くらい大きい氷河なので、カメラのフラッシュじゃ自分の思っているようなライティングができない。映画用のずっと光っている照明が必要だと気付いた。それで映画用の照明を購入したんだけど、使うためには発電機が必要。発電機を持って行くためには、ガソリンも必要。港から出発するときに、ただでさえカメラや10日分の食料、寝袋などがあるのに、照明を持って行こうとしたときに「出発できねよ!」と思うくらい荷物が多すぎた。頭でっかちになって、アイデアだけ先行して、何にもできないマットプロレスラーみたいになった。それで気弱になって出発しないみたいな。

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でもある夏にLEDの充電式のかなり明るい2400wくらいの照明ができて、それから劇的に変わり始めた。それでようやく自分の考えていたことが形になり始めたんです。展示してある氷河の写真は36枚の写真を合成しているデジタルの写真。合成する過程で、浮かんでいる氷河が合わないことが多く、レタッチャーの人に作ってもらっていたりもする。失敗したライティングもあって、かなり自分を呪ったりもしたけど、プリントしてみたら意外とよくて気に入っていたりもする。“graphy”の“描く”部分で、無意識の要素がでていた。

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今回のメインビジュアルの元ネタは、シーカヤックじゃなくて、クロスカントリーで行ったんです。昨年ロケハンであたりをつけた。スキーなんて履いたことないのに、またレンタル屋でスキーを借りて(笑)。そのときに作ったのがこのメインビジュアル。

今年になって溶けている氷河もあったりしたので、迂回しまくって1週間くらいかかった。で撮ったのがこの1枚だけ(笑)アラスカ行かないとかさっき言っちゃったけど、冬はまた行こうかな。クロスカントリースキー・バックパクにハマってしまったし。

Exhibition 「氷河日記 アイシーベイ」

Books 『氷河日記 アイシーベイ』
発行 2019年9月5日 初版 500部限定
デザイナー仁木順平
協力・協賛 THE NORTH FACE
https://www.glacierdiary.com/

THE NORTH FACE ALTER 東京都渋谷区神宮前6-10-9
tel. 03 6427 1180