今日のMARK GEARはギアの紹介というより、今一度トレイルランニングにおける危険と装備、心の持ち方を考えようという内容です。
中国のレースで起きた死亡事故
ご存じの方も多いと思いますが、中国・甘粛省で5月22日に開催された100キロのトレイルランニングレースで、21人がレース中に死亡する事故が発生しました。天候が急変し、低体温症になった選手が命を落としたとのことです。
一人であれ命を落としてほしくないのですが、21人もの方がレースで亡くなられたというのは本当にショックな出来事でした。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。
本件に関しては、DogsorCaravanの記事が周辺情報も併せて詳しく紹介しています。この事故をご存じの方もそうでない方も、まだ読まれていないようであれば、是非ご一読いただければと思います。
多くの方が命を落とした背景に、遭難者が発生したエリアが自動車でアクセスできないエリアだったこと、エリア内のCP(チェックポイント)は補給も休憩もできない場所で選手は先に進まざるを得ない状況であったこと、ウィンドブレーカー・ジャケットについては”必携”ではなく推奨装備だったこと、当日は暑い1日が予想されていて選手も寒さではなく暑さを警戒していたこと、完走者全員に1,600元の報奨金(エントリー料は1,000元)が与えられることが選手のリタイアを妨げたこと、があるのではないかという考察がされているようです。
そこから、大会のコース設定、安全対策に問題があったのではないかといった見方もあるようです。コース設定や安全対策に問題がなかったとしたら、この事故は起きなかったかもしれませんが、僕としてはランナー側としても今一度、山を走る際の心持ちを考えようと思い、今回の記事を書いています。
なお、以下は一命をとりとめた選手のインタビュー動画です。中国語での内容ですが、この中でレースの様子を多少垣間見ることができます。
山を走るとき、まず肝に銘じること
日本で最大のトレイルランニング大会、UTMFのレギュレーションには以下の記述があります。
www.ultratrailmtfuji.com/about/rules/
UTMFは山岳地を含む自然の中を一昼夜以上も走り続ける競技です。主催者は選手が予測・制御できないリスクを最小限にとどめるよう準備しますが、レース中の危険を避け、自身の安全を守るのは選手の責任です。そのため、選手は予測されるトラブルや天候の悪化(低温、強風、雨や雪など)に対応できる技術・知識、装備、体力、自己管理能力を備えていることが求められます。その対応の結果には選手自身が責任を負います。また、アウトドアにおいて事故に遭遇した選手の最も近くにいるのは選手です。他の選手の安全を守ることに貢献することが、全ての選手に期待されます。
僕は兼ねてより言っているのですが、これってUTMFに限ったことではなく、さらにレースに限ったことでもなく、トレイルランニングをする際、まず最初にしっかりと認識すべき事柄だと思うのです。
”予測されるトラブルや天候の悪化(低温、強風、雨や雪など)に対応できる技術・知識、装備、体力、自己管理能力”が足りないうちは、分相応のエリアで先輩たちと経験を積み、徐々にステップアップしていく必要があると思います。
レギュレーションがあり、スタッフがいるレースであっても、ちょっとしたボタンの掛け違いで人が亡くなることはあります(国内のレースでも残念ながら死亡者が出た例は少なからずあります)。山を走る以上自分のすぐそばにそういった危険がある、ということは誰もが認識すべきです。
それを妨げる「正常性バイアス」
しかし、僕たちはそういった危険を過小評価しがち。ただそれはどうやら僕たちの心に予め備わった心のメカニズムのようです。そのメカニズムを「正常性バイアス」と言います。
以下はwikipediaによる正常性バイアスの解説です。
正常性バイアス(せいじょうせいバイアス、英: Normalcy bias)とは、認知バイアスの一種。社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。
自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となる。「正常化の偏見」、「恒常性バイアス」とも言う。
このように人間の心には予め「自分は大丈夫」と思う機能が備わっています。そしてトレイルランナーの多くの方は、レースの完走や過酷な環境でのトレイル経験を積み重ねることによって、「自分は大丈夫」という思いを強めていくのではないかと思います(僕も特に山に慣れ、レース経験を積み始めた最初の頃は特にそう思っていたので、自戒の念を込めて言っています)。
山での経験は大事です。経験によってリスクを小さくできたり、危機を回避できることも少なくありません。ただし、どれだけ経験の豊富な方でも山では命を落とすことがあります。我々が遊ばせてもらっているフィールドはそういうものだと認識しなければいけません。
経験を積んでリスクを小さくしつつも、どこまで行っても「自分は大丈夫」と慢心しない。それこそがトレイルランニングをするものに必要な態度です。
とにかく
あなたが大丈夫と思っていてもぜんぜん大丈夫じゃないことが意外とあるよ。
このことは頭に留めておいてください。
じゃあどうする?
では、僕たちが山を走る際にするべきことはどんなことでしょうか?
1)レギュレーション、天候によらない、自分の必携装備を常に持つ
レギュレーションとはここでは大会規定のこと、中でも”必携装備”を指すと思ってください。これは、あくまで参加者と大会との決め事であって「その装備を持っていれば必ず安全」というわけではありません。
例えば、今回事故のあったレースでは、ウインドシェルやレインジャケットが必携装備でなかったと書いてありましたが、それが一番わかりやすい例でしょう。
大会的には失格にならないとしても、平均標高が2,000mで最大標高が3,000m、CPで休憩も補給もできない区間において、身にまとうものを何も持たずに進むというのは僕は怖くてできません。また、天気予報では暑さが懸念されてたと言っても100kmのレースでドロップバッグまで60km以上あるなら予期せぬ天候の変化に備えて、やはりレインジャケットはザックに入れて置くと思います。
逆に、大会側がレインウェアや防寒具を必携品に定めていたらどうでしょう? 21人も亡くなるという事態にはならなかったかもしれませんが、レインウェアを持っていても、着るタイミングを間違えたり、メンテナンスを怠っていて防水性が落ちていたらリスクは跳ね上がります。また、エマージェンシーシートを持っていても、それが何に使うものかを知らず、使うことができなかったら意味がありません。
自分にとって必要なものを常に持ち、それを必要なタイミングでしっかり使う、これが一番大切なことだと思います。
UTMFでは、必携品を一通りあげた後に、それとは別の”特に薦める携帯品”についてを紹介し、以下のテキストを示しています。
必携品のリストは、全ての選手にとってこのレースを走るために十分な装備ではありません。各選手の技量や身体能力、当日の気候によって必要な装備は違います。各自必要な装備を見極め、追加して携帯してください。また、事前にそれらを着用して氷点下気温の高山、大雨の中での長時間に及ぶランニングなどを体験し、それらのウェアがほんとうに自分のカラダを守ってくれるのか否かを知っておきましょう。
これが本質的なことだと思います。必携品は持っていればOKという方は、この機会にその考えを改め、自分が持っている装備がどのような状況でどう役に立つかをしっかり知りましょう。
ちなみに、僕はレースでもそうでなくても、だいたいザックには以下を入れています。
軽量レインウェア、ライトと予備電池、携帯のバッテリー、救急セット、常備薬、エマージェンシーシート、ココヘリ(遭難時にヘリが見つけてくれるGPS)、非常食、お金etc。
これに状況に応じてレインパンツや防寒着など更に必要なものを足していく感じですね。
2)撤退する勇気を持つ〜無事に勝るゴール無し
必要な装備を知って持つことは大切ですが、それよりも大切なことがあります。それはいざという時に撤退する勇気を持つことです。
山に入ったときの優先順位はこう決めてしまいましょう。
無事の下山 >>>>> 越えられない壁 >>>>> ルート踏破 / レースのゴール
例えばレース中に、急な天候変化があったとします。前の有人チェックポイントまで引き返せば5km1時間、次の有人チェックポイントは一山越えた15km先4時間、この場合の判断は状況、装備、経験によっても変わると思いますが、先に進むことが自分にとってイチかバチかの行動であるなら、早めに引き返しましょう。先に書いたように経験がある方でも命を落とすリスクが有るのが山です。慎重さや臆病さは恥ではありません。
そこで、撤退を選んだ結果あなたがレースを棄権したことになり、先に進んだみんながレースをゴールしたとしても一切恥じることはありません。
もう一度言います。
無事の下山 >>>>> 越えられない壁 >>>>> ルート踏破 / レースのゴール
です。厳しい条件を越えてゴールしたランナーの方々はもちろん讃えられるべき存在ですが、あなたは無事に下山をした自分を誇ってください。
誤解してほしくないのは、レースやゴールの価値を貶めたい訳ではないということです。それでも、「越えられない壁」という言葉を使ったのは、どんなゴールであれ、あなたの命より重要なゴールは無い、ということを伝えたかったからです。
荒天時のレース中に身の危険を感じながらも、頭の中にこんな考えが浮かぶランナーもいるかもしれません。
「これを完走しないとITRAポイントが貰えない…」「UTMBのクオリファイイングレースだから何がなんでも完走せねば…」「次にいつUTMFに出られるかわからないから、絶対リタイアしたくない…」
その心理状態はわからなくもありません。でも、ITRAポイントもUTMBの出場資格も、間違いなくあなたの命より重要ではありません。
レースであろうとなかろうと、トレイルにおいて身の危険を感じたり、先行きを想像できなくなるようなことがあったら、撤退する勇気を持ってください。
ギアも紹介しておきますね
今回の中国での事故を受けて伝えたかったことは大体伝えたのですが、この記事はMARK GEARなので、ギアの紹介もしなければいけません(笑)。
今回は、普段からザックに忍ばせておけば、いざという時に身を守ってくれるギアをいくつか紹介します。
およそ殆どのトレイルレースで必携品に指定されているのが、エマージェンシーシート。RBRGでは、こちらのSOL / Emergency Blanketをオススメしています。
このシートは、ポリエチレン素材に高純度のアルミ蒸着加工を施し、アルミ面は体が放射する体熱の90%を反射します。また、引き裂き強度が強く、すぐに破けるということもないなど、類似のポリエステルを生地に使用した他社製品と比べ多くの面で優れています。外側のオレンジ色は要救助者を見つけやすいよう、目立つ色になっています。
個人的にも過去夜間走で体調が悪くなり、止まって休む際にこれで体を覆うことで体温を保持することができました。レースで怪我をして動けなくなりリタイアする人が、救護が来るまでこれにくるまって待っている状況にも遭遇したことがあります。
いずれにせよ、これはザックに入れているだけでは意味のないギアです。様々な事情で停滞を余儀なくされた場合、体の熱を失わないためにも是非活用してください。また、近年のレインウェアは通気性が高いものも増えてきているため、防寒的に心もとないものも意外とあります。そういったウェアと組み合わせて使うのも効果的だと思います。
とにかくザックに絶対いれておけというアイテムNo1ですね。
商品ページ
bit.ly/SOL_EB
■THE NORTH FACE / VENTRIX Trail Jacket
トレイルランナー的に動いてる時にはあまり着ないけれど、停滞時に重宝するのがインサレーション(中綿)ウェアです。化繊のインサレーションは軽くて暖かく、ダウンと違って濡れに強いのが特徴。とは言え、トレイルランナーのザックはかなり容量が小さいので、荷物で持ってもストレスにならない軽量でコンパクトなものを2つチョイスしました。
まず最初が、THE NORTH FACE / VENTRIX Trail Jacketです。
こちらはウインドシェルの身頃部分に化繊の中綿が封入されているウェアで、停滞時は保温しつつも、行動中には通気してくれるタイプのいわゆるアクティブインサレーションという類のウェアです。
重量はLサイズで150gとかなり軽量です。付属のスタッフサックに収納すれば、ペットボトルサイズになるので、持ち運びが苦になりません。停滞が長くなることを考えると、通気性も無いほうが良かったりもしますが、この重さとコンパクトさで、保温性もしっかり持っていることを考えると、いざというときのためにザックに入れておいて困ることはありません。1着持っていればかなり安心感が出るウェアですよ。
商品ページ
bit.ly/TNF_VTJ
2つ目のインサレーションウェアがこちらのOMM / Roter Vestです。こちらはベスト型ですが、中綿量はVENTRIX Trail Jacketより多く、体幹部をしっかり保温してくれます。
しかも、このウェアで使われているPrimaloftのCross Coreというテクノロジーは、同社の過去のインサレーションに比べて1.5倍もの断熱性を持ちます。そして重さは驚きの128g。スタッフサックなどがいらないパッカブル構造で、収納時のサイズはVENTRIX Trail Jacketより更にコンパクトになります。
ベスト型ではありますが、携帯のストレスにならず、停滞時は体幹部により高い保温性をもたらしてくれますので、こちらもいざという時に心強いウェアだと思います。
商品ページ
bit.ly/OMM_RV
THE NORTH FACE / STRIKE TRAIL HOODIE
ザックになるべくレインウェアを入れたくない人の心理として、重くてかさばるからと言うのがあるかもしれません。そんな方にはこのレインウェア、THE NORTH FACE / STRIKE TRAIL HOODIEがオススメです。
特筆すべきはその重量、メンズLサイズで110g、ウィメンズMサイズで91gと完全にウインドシェルと同等の軽さです。また、価格も税込20,900円とかなりコスパが高いので、RBRGではずっと売れ続けているジャケットです。
超軽量ウェアですので、耐候性自体はもう少し生地のしっかりしたウェアに比べると少し劣りますが、上記のインサレーションやエマージェンシーシートと組み合わせれば、何も持っていないよりは遥かに体を守ることができます。
商品ページ
bit.ly/TNF_STH
finetrack / DRY LAYER WARM ARM COVER
個人的に長年愛用しているのがこのアームカバー。finetrackのDRY LAYER WARM ARM COVERです。まずは重量が28gと超軽量なのがいいですね。生地も薄いので、手首にたくし上げたときにかさばらず、ランニングの邪魔になりません。ストップアンドゴーを繰り返し体感温度が目まぐるしく変わるトレイルランナーの体温調整にうってつけなアームカバーです。
そして、体温調節以外のメリットがもう一つあります。このアームカバー、ドライレイヤーと言って肌に汗を戻さない構造になっているんですね。レインウェアを着用した時にストレスになるのが、内部が熱でこもって内側から肌が濡れてしまうこと。そんな時に、こちらのアームカバーを装着した状態でレインウェアを着れば、保温してくれるだけでなく腕周りの濡れやレインウェアの張り付きが気にならなくなります。重さにしてたかだか28gですが、あるのと無いのでは体感がだいぶ違うと思いますよ。
商品ページ
bit.ly/FT_DRWAC
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以上、最後はいざというときのためにザックに忍ばせておきたいギアをいくつか紹介させていただきました。
なお、これらのギアがあれば命が保証されるわけではありません。ギアを使っても身の危険を感じるようなケースでは無理な行動は避け、安全な場所に移動したり、救助を呼んだりしましょう。
また、ここで紹介したギアを無理に買う必要はありません。ギアを揃えるのには金銭的な負担もありますから、まずは手持ちのギアで使用感がわかって信頼できるギアがあれば多少重かったりかさばったりしてもそれをザックに入れてもいいでしょう。同様の機能を持つギアで他ブランドでより安く買えるものがあれば、それでも全然構いません。
大事なのは、自分を守ってくれるギアを自分で考えて山に持参することです。また繰り返しになりますが、いずれのギアも購入して未使用のままザックに詰めるのではなく、自分にどの様な体感をもたらすのかテストをしてみてくださいね。
今回の事故は大変残念でしたが、その教訓を踏まえ、私達が万が一の事態に遭遇した際に少しでも無事である確率を上げるため、気持ちと装備の備えはちゃんとしておきましょう。そうしてはじめてトレイルを楽しめるのでは無いかと思います。
最後に、過去Run boys! Run girls!で紹介した低体温症の対応について紹介をして、今回のMARK GEARを締めようと思います。
トレイルランニングでの体調管理講座「低体温症のしくみと対応 4/4回 〜低体温症の対応」
rb-rg.jp/blog/19249/