リオデジャネイロのコパカパーナやイパネマのビーチを歩くと、ブラジルの人々がいかに生活の中に上手にスポーツを取り入れているのかが伝わってくる。ビーチ沿いには車道の隣にラン・バイク用のロードがあって、朝早くからサンセットまで多くの人々が気軽にランを楽しんでいる。走っていて楽しいのはビーチ沿いで多くのスポーツが行われていること。ハイスクール通いの学生は友達とサーフィンに向かうところだと言うし、小さな男の子を連れた父親はビーチに備え付けられたゴールの前で我が子にサッカーを教えている。
ロード沿いにはトレーニング器具も設置されていて、20代後半の青年がカラダを鍛えている。平日の午後3時過ぎにトレーニングなんて、いったいどんな仕事をしているのだろうと声をかけると、近くのレストランで働いていて出勤前の日課なのだそうだ。ほかにもスタンドアップパドルやスラックライン、スケートボード、ビーチテニスなど、地元民も観光客も、それぞれが自分に合った時間をみつけて好きなスポーツを楽しんでいる。
親から子へ受け継がれていく
サッカーブラジル代表=セレソンへの想い
これだけ多くのスポーツがさかんに行われるリオだが、やはりフットボール王国ブラジル。ホテルのポーターのギルソンさんに人気のスポーツは?と訊ねると「1位はもちろんサッカー、2位も3位もサッカーだよ(笑)」と笑顔が返ってきた。世界大会では最多優勝5回を誇り、サッカーの王様ペレをはじめ、ジーコ、ロナウド、ロナウジーニョ、ネイマールと、数々のスーパースターを生み出してきたブラジル。そのサッカー大国で、来年2014年に4年に一度のサッカーの祭典が開催される。自国開催としては1950年大会以来となる実に64年ぶりのことだ。ギルソンさんにブラジルのサッカー代表チーム・セレソンについてどう思いますか?と聞くと、「彼らは国としての誇りで、僕たちの気持ちを盛り上げてくれる大切な存在だよ。ブラジル国民は、子どもの頃から親に『彼らはヒーローなんだ』って育てられているんだ」と教えてくれた。
イパネマ地区の隣りにあるレブロンに行くと、地元の若者たちが街のフットサルコートでプレイしていた。芝生のピッチでは、シューズを履いている者と裸足の者が一緒にプレイしている。ウェアを着ている人もいれば、上半身裸の人も。この国ではサッカーが好きであることが一番大切なルールで、スタイルは自由なのだなと、改めて感心させられる。コートの順番待ちをしている高校生たちに話しかけると、彼らは学校が終わると毎日ここに来てフットサルをしているそうだ。「セレソンには規律正しいプレイと、意思のあるプレイを見せて欲しい。ブラジルの代表なんだから、国民の性格を反映してくれるといいよね。ブラジルには“僕たちはブラジル人だから絶対にあきらめない”という言い回しがあるんだけど、そのあきらめない精神を体現してほしいかな」。
スポーツの力で
誰かの人生を救うことができるのか?
この“あきらめない精神”は貧富の差が激しいブラジルにおいて、すべての人々に平等に夢を与えてくれる。ブラジルのプロサッカーリーグで審判を務めるエドワルド・ジョゼさんは「世界の中では新興国であるブラジル。経済的にはあまり良いとは言えないけれど、そんな中で、人々が世界に誇れるスポーツがサッカーなんです」という。
ブラジルサッカーが語られる際に必ずといっていいほど出てくるのが、ブラジル経済とファヴェーラというテーマだ。ファヴェーラとは貧民街のことで麻薬組織、抗争、拳銃といった言葉がイメージされる街。2002年に制作された映画『シティ・オブ・ゴッド』は、ファヴェーラを舞台に現実を風刺した強烈な作品だったが、実際に小さな子供たちがお金のために組織の見張り役になったり、抗争によって多くの命が犠牲になった歴史がある。そのファヴェーラからも多くのサッカー選手が生まれているのだ。ロナウジーニョをはじめ貧民街から世界に羽ばたいた選手たちは、その後、故郷にフットサルコートを築き、寄付を通じて街の改善に貢献している。
今回訪れた、リオの高地にあるMorro dos Prazeresももともとはファヴェーラだった街。比較的安全になったとはいえ警備員が同行する中でフットサルコートに行くと、ボールを持った少年たちがいた。7歳から9歳という年齢を考えると小柄な体格の彼らは、サッカーの話をとても楽しそうにする。「ブラジル代表の選手はすごいぞ! ネイマールは世界で一番だ!」とひとりがいうと、「えー、一番はメッシだよ」なんてクールな意見も飛び出してきて面白い。でも、将来の夢は?と訊ねると、「サッカー選手!」ととたんに熱い答えが返ってきた。来年のワールドカップは、リオにあるエスタジオ・ド・マラカナンに絶対に観に行くそうだ。
彼らに会った翌日、リオのコパカパーナビーチでは、ナイキが主催する2013年のサッカーブラジル代表ユニフォームのお披露目イベントが開催された。ビーチには芝生のフットサルコートが特設され、そこにネイマールのフェイスマスクをかぶった約100人のブラジル市民たちが登場した。整列すると彼らは一斉にマスクを外したが、ひとりだけマスクを付けたままの人物がいる。マスクを外すと本物のネイマールが登場した。そして、ネイマールだけが代表のユニフォームを身にまとっている。約100人のブラジル国民の中で、意思のこもった表情をカメラに向けるネイマール。セレソンのユニフォームには100人どころが、すべての国民の夢と期待がつまっているという力強い直球のキャンペーンメッセージだ。
ネイマールは2014年まで海外移籍をしないでブラジルのサントスFCでプレイすることを発表している。若きエースの活躍を国民はもちろん期待している。しかしそれ以上に渇望しているのが世界大会王者奪回だ。
1950年、自国ブラジル大会の優勝決定戦はマラカナンの悲劇とも呼ばれている。優勝をほぼ確実にしていたブラジルがウルグアイに2-1で逆転負けを喫し、ファンの中から自殺者までを出す騒動となったためだ。この試合でブラジル代表ははじめて白のホームユニフォームを着て挑んでいたが、この事件を忘れるために、その後ブラジル代表のユニフォームはカナリア色に変更されたという。64年ぶりの自国開催。その黄色いユニフォームに込められる国民の期待とプレッシャーは、どの国よりも強そうだ。
国民を支えるスポーツの存在
ブラジル国民がセレソンに求めるもの
ブラジルの人々は、幼い頃から黄色いユニフォームを着るセレソンをヒーローとして崇め、大人になって我が子にその想いを受け継いでいく。もちろんそれは彼らが大人になってからもサッカーを愛し続けているから。でもそれ以上に、子供たちに夢のあるヒーローが現実の世界にいることを教えてあげたい、という想いがあるのではないだろうか。小さな夢や目標を掲げ、それを成し遂げることで得る喜び。
子供たちはサッカーを通じてその精神を培い、大人になっていく。将来、プロのサッカー選手になる者もいれば、ブラジルの経済や社会を支える仕事に就く者もいる。そのすべての者を鼓舞する存在がセレソンなのだ。世界における経済状況や、階層や貧富の差など、ブラジルが抱える現実には厳しい側面もある。しかしサッカーというスポーツを通して、大人も子どもも、その先の未来を見ることができる。
セレソンは、いつの時代も、“ブラジル人は絶対にあきらめない”という象徴なのだ。
(文 松尾仁 / 写真 阿部健)