ウルトラトレイルという究極のエンデュランス競技において、アスリートのパフォーマンスを左右するのは、トレーニングだけではない。腸内環境を整え、最適な栄養補給を行うことが、レースでの成功の鍵を握る。今回は、日本を代表するトレイルランナー、宮﨑喜美乃選手と、株式会社サイキンソー所属のスポーツ栄養学の専門家小川静香さんに、腸内環境とレース中の栄養補給について伺った。
2022年から海外レースに積極的に挑戦
宮﨑選手は、 2022年の「Ultra-Trail Mt. FUJI」で優勝した後、海外レースに積極的に参戦してきた。
「2021年末にタイのレース(Thailand by UTMB)で2位に入って、ちょっと世界を目指してみたいっていう気持ちが強くなったんです」と語る。以降、海外のレースに焦点を当て、経験値を上げることに注力してきた。
2022年には、ニュージーランド(Tarawera by UTMB 準優勝)やクロアチア(Istria100 by UTMB 優勝)などでレースに出場。アメリカ・コロラドで開かれるクラシックレース「Hardrock100」では、高地レースの過酷さを体感した。
「高地のダメージが大きいのもすごく感じました。でも、その中で最低限まとめられたかなと(結果は4位)。今は、UTMBに照準を合わせてレース計画を立てています」と語る宮﨑選手。世界を舞台に戦うには、万全の準備が必要不可欠なのだ。
メンタルと腸内環境の関係性に気づく
しかし、レースを重ねる中で、彼女は新たな課題に直面する。
「2022年のUTMBでは、メンタル面でのダメージを受けていたのもあって、それが腸内環境にも影響していたんです。レース前は体調を崩しがちだったのに、レース後は調子が良くなる。メンタルの状態が腸内環境を左右することを実感しました」
その対策として、株式会社サイキンソーが提供する腸内フローラ検査サービス「マイキンソー(Mykinso)」を活用。自身の腸内環境を客観的に評価し、改善へのヒントを得ている。2022年から現在まで、レース前後を中心として計19回もの検査を重ねてきた。サイキンソーのサポートによって分かったのは、レース前後で腸内フローラが大きく変化するという事実だ。
「レース直前は、下痢に関係する菌が増加していたんです。メンタルの変化がダイレクトに腸内細菌叢(腸内フローラ)に表れていました。今後は、レース前後の腸内環境の変化を緩やかにすることが課題ですね」(宮﨑選手)
「食事内容の工夫」と「ストレス対策」で腸内環境を整える
そこで、頼りになるのが小川静香さんの存在だ。小川さんは、スポーツ栄養士として、宮﨑選手をはじめとするアスリートのサポートに携わっている。
「サイキンソーに入社したのが12月なので、これまでの2年分のデータを見させてもらって、私なりにいろいろなことを考えています。メンタルが腸内フローラに影響する。身体へのダメージが大きい競技でもあるし、メンタルの調子がすごく関係するなと思っています」
また、腸内細フローラの評価基準についても伺ってみる。
「いろんな指標を見てます。菌の量もそうですし、菌の種類とその偏り。健康長寿菌などのようないろんな菌がどれぐらいいるかみたいな割合などを見ています」
では、腸内フローラを改善する具体的な方法はあるんだろうか。
「腸内環境改善には、食事の内容が大きく影響します。例えば、有用菌の一つであるビフィズス菌を増やしたい場合は、ビフィズス菌のエサになるオリゴ糖を多く含む食材、ヨーグルトなどの乳製品を意識的に摂取してもらいます。サプリメントに頼るのではなく、日々の食事から改善していくことが大切ですね」と語ってくれた。
レース中の栄養補給は「タイミング」と「糖質の種類」がカギ
さらに小川さんは、レース中の栄養補給についても言及する。「ウルトラマラソンのような長時間のハードなレースでは、エネルギー切れを防ぐための小まめな補給が大切。ある研究では、レースで上位に入る選手ほど、エネルギー摂取量が多いことがわかっています」
その際のポイントは、「定期的に」「少しずつ」補給することだ。「一気に糖質を摂取すると、インスリンが分泌されて脂肪の燃焼が抑えられてしまいます。エネルギー源として脂肪を有効活用するためには、ゆっくりと吸収される糖質を選んで、こまめに補給するのが理想的です」
実際に、宮﨑選手も補給食の工夫を重ねてきたそうだ。
「最初はジェルだけだと物足りなくて。でも固形物は食べにくい。そこで行き着いたのが、フルーツを持参することでした。どの国に行っても、バナナやオレンジは手に入るので、エイドでそれをウェストポーチに詰め込んで走ります」
「科学的なアプローチ」で世界を目指す
宮﨑選手と小川さんの取り組みは、まさにスポーツにおける科学的アプローチの重要性を物語っている。トレーニングだけでなく、腸内環境や栄養面にも目を配ることで、アスリートのパフォーマンスは大きく変わる。
「マイキンソーで腸内環境を評価し、食事の工夫やメンタルケアを行うことで、着実に調子は上向いていると感じます。レース中の血糖値の変動にも注目していきたいですね。小川さんとタッグを組んで、科学的にアプローチすることで、世界で戦える体を作っていきたいです」と宮﨑選手は力強く語ってくれた。
最後に小川さんはこう締めくくる。
「トップアスリートをサポートする上で、スポーツ栄養学の知見は欠かせません。食事の内容、補給のタイミング、ストレス管理…。選手のコンディションを整えるための方法は多岐にわたります。今後も宮﨑選手と二人三脚で、理想的なコンディショニングを追求していきたいと思います」
宮﨑選手の挑戦はまだ始まったばかりだ。世界の舞台で躍動する彼女の姿を、これからも見守っていきたい。