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(写真 井上典慎 / 文 小矢島一江)

働きながらもその人らしいスタイルでスポーツを続けていく方法を考える連載『Work Life Balance』に、サイクルスポーツ界で話題の自転車チーム「チーム・トーゲ・ジャパン」のメンバーが登場です。無類の峠好きでロングライドの経験豊富な俳優の筒井道隆さん、シュペールランドヌール※1の称号を持つ教育者・八戸学院大学 学長の大谷真樹さん、ロードレース元オリンピック代表でブリヂストンサイクルに勤める田代恭崇さん、元プロロードレーサーにして、現在はホイールの評価が高いオリジナルブランド「GS Astuto」を経営するティム・スミスさんという、スポーツ歴も職業もバラバラのユニークな面々で結成されたチーム・トーゲ。

8月18日から7日間に渡って開催される世界でもっとも過酷な山岳ステージレース「Haute Route Alps(オート・ルート・アルプス)※2」に、日本人として初参戦するために集まったメンバー4人がそれぞれの視点から、トレーニングとの向き合い方、完走への思いを語ります。

※1 同一年内(1月~12月)にBRM(ブルベ・ド・ランドヌール・モンディオ)の200km, 300km, 400km, 600kmを完走した人に贈られる称号。
※2 スイス・ジュネーヴを舞台に今年の夏で3回目の開催となる、アマチュア・ヒルクライマーが憧れるロードレースの最高峰。 7日間に及ぶレース期間中、獲得標高は2万1400mに及び、19の峠を越える。

世界一過酷なレースでさえ、
計画を立てて目標を持てばチャレンジできる

ティム 発起人でもある僕は昨年も参加しているのですが、この素晴らしいレースに日本人参加者がいないことを残念に思い、その場で主催者にお願いして、2013年大会の日本人出場枠を4人分確約してもらったんです。

そして帰国後すぐにメンバーを募りました。オートルートは本当に過酷なレースで、メンバー構成も難しい。強い精神と肉体、そして信念を持っている人を必要とします。その点、田代さんは日本チャンピオン、大谷さんもすごい人、筒井さんは面白い人(笑)、非常に面白いメンバーが集まったと思います。全体の方向性やトレーニングメニューは僕が考えていて、それぞれに足りないところは各自で補うようにしています。メンバー全員で集まれる練習は限られているし、みな働きながらいかに練習時間を確保するかで苦戦しているとも思いますしね。

大谷 僕は今まさに「ワークライフバランス」がテーマ。大学の学長という責任ある職業に就いているので、限られた時間の中でいかに効率的なトレーニングするかが重要になっていますね。ステージレースの出場は今回が初めてで、これまではワンデイレースか長くても90時間のレース経験しかない。だからこそ、自己マネジメント能力とトレーニングの実践・集中が必要なんです。それをいかに限られた時間の中でつくれるか。むしろそれに成功すれば、「一般の人だってチャレンジできる」というメッセージになりますよね。

あと僕としては、うちの大学の学生に、ちゃんと計画を立てて目標を持てばチャレンジできるということを自ら示したい。そのために、今はお酒をきっぱりやめて、食生活にも気を使い、睡眠をしっかりとるように早寝早起きを心がけています。トレーニングの時間は朝しかとれないので、4:30に起きて8:30から普通に仕事をするのですが、歯を磨きながらスクワットしたり、内輪の会議の時には腹筋をしたりしながら「おい、それはどうなってるんだ」なんて(笑)。それと、学校の椅子はもちろんバランスボールです。

仕事に集中することが
練習への自信に繋がる

筒井  僕の場合は、(舞台出演などで)まとまった仕事をするので、そこだけは仕事に集中して、休みになったら全力で練習するというスタイルです。そこで帳尻合わせないと、仕事中は本当に3時間睡眠が毎日のように続いたりするので、どうしても練習する時間がとれないんですよね。むしろ仕事のときは体調管理、そのことだけを考えています。まあ、待ち時間のあるときはスクワットをしたり、自分の身体のバランスを気にしたりはしますけど、基本的にはもう仕事のことだけを考えて、その代わり、まとまって休みをとれるから、そこで集中して練習をしてます。

大谷 ずるいよね(笑) 

筒井 いやぁでもね、同じルーティンでやれることに、僕はすごい憧れるんですよ。みんなとは同じような時間を共有できないし、だからなんだか寂しいんです(笑)。どうしてもソロの練習が増えてしまって。ただそれが僕の仕事なので。結局、「ワークライフバランス」は人ぞれぞれのスタイルなので、正解のカタチはないですよね。僕のバランスははっきりとしているので、短期集中で「これだけちゃんとやったぞ!」っていうことがモチベーションにもなるし、自信にもなるというか。今までもそういうスタイルでやってきましたし、きっとこれからも。今年の前半は思ったより走れなかったので、今は追い込みをかけています。

仕事の間も、練習はしていないですけれど、何をすればいいか考えて、書き留めることはずっとしていたので、今はそれを実践している感じですね。出場するからにはやっぱりみんなで笑ってゴールしたいですから。

再び自転車が喜びに変わった。
僕が幸せなら娘や妻も幸せなはず

田代 僕はロードレーサーとして自転車だけに集中していた選手時代と違い、今は仕事の時間を集中して短く抑え、いかにトレーニング時間を作ることができるか、またその時間にいかに質の高い練習をやれるかが課題。これは多くの働き人に言えますが、やっぱり自転車だけではなかなか負荷をかけることができない。時間に制限がありますから。なので、クロストレーニングを取り入れて、ランニング、スイムなどもメニューに入れて調整しながらやっています。ランニングは朝10キロくらいを週1~2回。水泳も週1~2回、1,500mくらい泳いで、時間のとれる週末に、自転車で140~170kmくらい。「今日自分が求めていること」に注力しながら走っていますね。

もともとプロでやっていたので、自転車は嫌いになるくらい乗っていて(笑)。「もうこれ以上やることはないだろう」と思っていたのですが、今また、集中していて、むしろ仕事をした後に運動するっていうのが結構気持ちいいんですよね。

ティム さて、では自分はどうかというと。僕も田代同様、プロ時代があります。ただし、フィジカル面をずっとキープしてきたわけではありませんし、引退して1年ほど休養してからは、運動もまったくせず、一時は体重は90kgくらいになり、鬱のような状態でした。でもその後、49歳で娘が生まれて、それをきっかけに目が覚めた。再び自転車に乗りだしたんですね。90kgの太った身体で、ちゃんと父親でいられるのだろうかと思ったときに、元のシェイプされた身体に戻せる唯一の方法が、自転車だったんです。そうして1〜2年後には元の身体に戻ってヒルクライムのレースにも出場するようになり、体重は30kg落としました。サイクリングはそれ以来、再び僕の喜びになったんです。

いまも変わらず自転車が大好きで、それを楽しむことができている。プロで自転車をやるということは過酷な練習を強いられるので、それで一度は自転車を嫌いになってしまったけれど、娘の誕生がきっかけで再開してからは、サイクリングがとにかく大好きで、今は愛と情熱を感じています。僕が幸せならまわりにいる娘や妻も幸せなはず(笑)。

(c)Yosuke Suga / Team TAUGE Japan

チームが目指すのはゴールすること
そして楽しむこと

大谷 とにかく僕は、自転車を始めたこと自体が2007年からで、経験も少ないし、体重も多い。でもまずは完走を目標にしてまわりに迷惑をかけたくない。今はプレッシャーが強くて、本当に完走できるかどうか、そのために体重を落とせるかどうか、日々そことの戦いですね。

筒井 僕は同じ時間をつくるっていうことがすごく大事だと思っています。レベルはみんなやっぱり違うし、レース中、ずっと一緒に走るというのは難しいと思うんですよ。でもタイミングをみながら、みんなでカバーし合いながら走れるとすごくいいんじゃないかな。

ティム 田代さんはヒルクライムが強いので、そこで優勝する可能性も高い。だから前半の日程は筒井さん、大谷さん、僕の3人がうまくローテションを組んでパワーマネージメントして、田代さんのエネルギーをキープさせる。そういうことができればいいなぁと思っています。

僕が去年出場したときに、トップを走っていた選手がズルズルと後退して、最後尾になってしまうのを何回も目撃したのですけれど、それは足がダメになったというよりも、一人で走っていて、精神的にやられてしまうのが原因だったんです。もちろんこの4人のレベルはバラバラですが、それでもチームとして一緒に走るという意味は、レース中の話だけでなく、一日のレースが終った後に次の日に向けてみんなで集まり、一緒に食べて飲んで、マッサージを受けたり歓談したりする。それ自体がリカバリープロセスの意味を持っていて、連日レースが続くオート・ルートにはとても大事なことなんです。

チームが目指すものはゴールすること、そして「HAVE FUN」(笑)。オートルートは最も難しいレースですが、この成功をとても嬉しく感じることができるはずです。努力すればするほど、苦痛と痛みを味わうほど、それと同じだけポジティブで幸福な気持ちを得ることができる。深い苦しみと大きな達成感を体験することができるのは、とてもスペシャルなことだと思います。

田代 ティムが言った「楽しむこと」、それがすべてにおいて一番大事な要素だと思います。現役時代にも大きな機会を与えてもらっていましたが、今またこうして、もう1回チャレンジできるということにすごく幸せを感じています。

今は時間がない中でダメなことも楽しめる余裕があって、ちょっとした時間で運動できる楽しみも感じています。昔はトレーニングっていうのはもう、苦しいことをこなすだけだったのですが、今は仲間とのセッションの中で、苦しいことも楽しめるようになりました。体力も戻ってきて、仕事にも比較的プラスになっているかなぁ(笑)。その中で最終的にいい成績がだせればいいですよね。

Team TAUGE Japan(チーム・トーゲ・ジャパン)
「世界で最も登り最も過酷な自転車レース」としてカルト的人気がある「オートルート・アルプス」日本人初完走を目指して結成された自転車チーム。メンバー全員がフルタイムの仕事を持ち、居住地もさまざま。メールやFacebookで連絡を取り合いながら月に1回程度の合宿・練習を積み重ねてきた。チームの様子はFacebookで→https://www.facebook.com/Team.TAUGE.Japan