『MOON PARKA』と名付けられた世界にまだ一着しかないジャケット。もしかしたら、人類の未来を変えた一歩として記憶されることになるかもしれません。人工合成のクモの糸で作られたこのジャケットはそれだけの可能性を秘めています。
先日、若きベンチャー企業、Spiber株式会社とTHE NORTH FACEをはじめとしたスポーツアパレルブランドを抱える株式会社ゴールドウインが事業提携契約を交わしたことは大きなニュースとなりました。注目を浴びたのは、Spiberが“タンパク質を素材として使いこなすこと”を目的にした革新的なベンチャーであり、そこにいち早く可能性を見いだしたのが常に新素材を採用するアウトドアメーカーのゴールドウインであり、それが未来を感じさせるシナジーであったからです。
タンパク質を素材として活用することの意義
このMOON PARKAの発表に伴って行われたプレゼンテーションは”素材の歴史”をテーマとした非常に興味深いものでした。
文明は革新的な素材の開発とともに飛躍的に進歩してきました。土器の発明によって、金属の利用によって、そして近年は石油化学製品によってわたしたちの生活は利便性を高めてきました。しかし、時間を地球規模で振り返ると、生命という飛躍的にその領域を拡大した存在が採用した素材はタンパク質でした。20個のアミノ酸で合成される複雑な物質であるタンパク質は、様々な性質のバリエーション生み出すことができます。肌を構成する主要成分のコラーゲンも、髪や爪をつくるケラチンも全てタンパク質です。また、タンパク質は他の物質とのハイブリットとなることでさらに多様な性質を持つことができます。昆虫の殻はタンパク質と多糖類とのハイブリットによって軽くて硬い素材を実現しています。また、蟻の強靭な顎はタンパク質と金属のハイブリットによってチタン並みの硬さを持つというのです。
こうしたタンパク質が何故今まで実用化されてこなかったのでしょうか?そこにはコストの問題があったといいます。安価で大量に量産できる石油化学工業製品と価格面で対抗できなければ、実用化の目処が立ちません。様々な素材があるなかで、実用化の基準となるのが100$/kgという数字だそうです。Spiberでは、テストとフィードバックのサイクルを重ねることで、この数字が現実的なものとして射程に入ってきたといいます。こうした可能性の実現のため、先日は総額95億8416万円の第三者割当増資を実施しました。まさに、いま夢の扉を開こうとしているのがSpiberと“タンパク質素材”なのです。
世界で初めて人工合成クモ糸素材QMONOS(TM)を用いた
MOON PARKAの表地はムーンゴールドのQMONOS(TM)
バックミンスター・フラーからSpiberへ
振り返ればTHE NORTH FACEは、かつてバックミンスター・フラーという異能の思想家・建築家の発想を基に、世界初のドーム型テント『オーバルインテンション』生み出しました。常にその時代の先端を見据えながら、アウトドア・ライフスタイルというフィールドへ製品を落とし込んできたのです。今回のSpiberとの提携によって生み出された『MOON PARKA』は現代の『オーバルインテンション』となるのでしょうか?
プレゼンテーションの最後には、今回プロトタイプとして発表されたこのジャケットを2016年に製品化し、発売するというアナウンスがなされました。果たしてどんな価格で、何着生産できるのか。難しい挑戦が想像されますが、素材の未来を切り開くこのプロジェクトに注目です。