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(文 武井幸久[HIGHVISION]/ 写真 松本昇大)

 この10月16日に18歳の誕生日を迎えた「大坂なおみ」という日本人女子テニスプレイヤーをご存知だろうか。

 日本人とアメリカ人のハーフで、アメリカ育ちで母国語は英語。身長180センチという日本人女子としては恵まれた体格を持ち、アメリカテニスの聖地であるフロリダのアカデミーに拠点を置いて活動している彼女は、日本国籍で日本オリンピック強化選手ではあるものの、ほぼ“アメリカ規格”と言える女子テニスプレイヤーだ。2013年にプロ転向を果たし、2015年10月現在でWTA(女子プロテニス協会)ランキングで202位につけている大坂は、その後の活躍を予感させるには余りあるほどの華々しいデビューを飾り、テニス界に登場した。

テニス界を駆け巡った“番狂わせ”

 プロ転向の翌年の2014年、当時まだ16歳だった大坂は、アメリカ・スタンフォードで開催された「バンク・オブ・ウェスト・クラシック大会」に出場して予選を突破、本戦一回戦で当時世界ランク19位だったサマンサ・ストーサー(オーストラリア)と激突する。ストーサーは2011年のUSオープンの覇者。戦績に多少のムラはあるものの、男子選手顔負けの力強いストロークがひとたびハマれば誰にも手の施しようのないほどのプレーで相手選手をねじ伏せる実力者であり、大会の優勝候補の一人だった。予選を突破した大坂の当時のランキングは406位。
ランキングと経験を考えれば到底勝てる相手ではなかったが、大坂はなんとフルセットでこのストーサーに勝利するという番狂わせを演じ、そのニュースはテニス界を駆け巡った。その試合で大坂が放ったサーブのスピードは時速193キロ。女子テニス界の女王として君臨しているセレナ・ウィリアムズにも匹敵するほどのサーブスピードは、明らかに“日本人離れ”していた。

 大坂はその際のインタビューでも、契約先であるアディダスを通じた今回の最新インタビューでも「その勝利がテニス人生で一番嬉しい試合だった?」と聞かれても、「それより、ずっと勝てなかった姉に14歳頃に勝てた時の方が嬉しかった」と臆面なく語り、インタビュアーを少し戸惑わせている。しかし、負けたストーサーが聞いたらさぞ悔しがるに違いないこの言葉にこそ、大坂なおみのポテンシャルと、秘められた芯の強さが如実に表れている。つまり彼女は「プロテニス選手としてはまだ自分の満足の行く試合をしていない」と自覚し、それを本人が意識してかどうかは分からないが、「姉」という柔らかいフィルターを通して公言しているのだ。
 
 大坂なおみは17歳らしい初々しさを持ちながらも、インタビューへの受け答えにおいては無駄な言葉がほとんどない。

—いま履いているアディダスのシューズはどう?

「何も問題ない」

—テニスの何が好き?

「人と競争して上手くなっていくこと」

—テニスをしていて楽しい瞬間は?

「いいショットが打てた時、サーブが上手くいった時、そして勝っている時ならいつでも」

—テニスでは何が大切だと思う?

「脳を鍛えること。肉体的には秀でていなくても、ルールとパターンさえ分かれば勝てるから」

—自分にとってテニスとは?

「子供の頃からやっているから、私にとっては仕事みたいなもの」

 今もほとんどの時間をテニスに捧げているという大坂は、にこやかながらも、淀みなく自分のテニス観を話す。その若さゆえなのか、本人の性格から来るものなのかは不明だが、ある種の“リップサービス”のようなものは皆無だ。そこには限られたトップアスリートが持ちうる、ひとつの物事や目標に対する高い集中力を感じることができる。

“混戦状態”が続く女子テニス界の今

 ここで大坂なおみが現在真っ只中にいる、今の女子テニス界について少し整理したい。男子テニス界は多くの人がご存知のように、この10年ほどノバク・ジョコビッチ、ロジャー・フェデラー、アンディ・マレー、ラファエル・ナダルの通称“BIG4”と呼ばれる選手がトップを寡占し、そこに最近では日本の錦織圭らが食い込もうと奮闘している。

 一方の女子テニス界はというと、現在トップを独走しているセレナ・ウィリアムズ、そして日本でも人気のあるマリア・シャラポワを除くと、他の選手はランキングの上下を繰り返し、長期に渡って安定感のある選手が出てきていない現状にある。前述のサマンサ・ストーサーも世界ランクで最高4位まで上り詰めたが、現在のランキングは28位。大きな大会で上位の成績を残した選手もなかなかコンスタントに勝ち続けることの難しい“混戦状態”が女子ツアーでは長年続いているのだ。

 年齢に関して言えば、現在女王として君臨するセレナ・ウィリアムズは現在34歳、男子ツアーの上位も20代後半から30代の選手が増えるなど、男女ツアーともに「テニス界は高齢化してきている」とも言われている。そこには若手の台頭を阻む、男女トップ選手の長きにわたる活躍がテニス界を盛り上げているのも事実としてある。その意味では、現在45歳でも精力的にツアーに参戦している日本のクルム伊達公子の存在も外して語ることはできないだろう。しかし改めて考えてみると、現在トップで活躍している選手の多く、そして歴史に名を残した名選手と言われるプレイヤーのほとんどが、10代後半で大きな成績を残し、それを持続させてきたという側面も忘れてはならない。

 日本では錦織圭選手はまだ「若き才能」と思われている部分があるが、テニス界において25歳という年齢は決して「若く」はない。自身のコーチであるマイケル・チャンが17歳3ヶ月の「男子シングルスグランドスラム最年少優勝記録保持者」としてツアーで活躍し、後年もその名を轟かせているように、これから錦織が世界的に見ても“歴史的な選手”になるために残された時間がそれほど多くはないことは、誰よりも本人が分かっていることかもしれない。

 女子ツアーに話を戻そう。セレナ・ウィリアムズは17歳11ヶ月の若さでUSオープンの覇者となり、2015年現在で4大大会通算21勝という驚異的な成績を残している。17歳2ヶ月でウィンブルドンを制し、“妖精”と言われたマリア・シャラポワも現在28歳。シャラポワもこれまでに4大大会で5つのタイトルを獲得している。ともに10代後半で華々しく世界に躍り出た選手が現在もトップに君臨し、名声を勝ち得ているのだ。

「グランドスラム優勝」を言葉にできる数少ない存在

 そこで今回大坂なおみには、誰もが尋ねる直球の質問をあえてぶつけてみた。

—これからの目標は?

「まずはランキング100位内に入って、その先には5位に入りたい。2年以内にグランドスラムで優勝したい」

 現在日本人選手で100位内にランクインしているのは、日比野菜緒選手、奈良くるみ選手、土居美咲選手の3名。時折大会でも上位選手を破るなどの活躍は見られるが、なかなかそれ以上の結果が出せない歯痒さは、本人やテニスファンも理解しているし、もちろん混戦する女子ツアーにおいて日本人選手がさらなる活躍をする期待値も高い。しかし現在の日本の女子テニス選手で、「グランドスラム優勝」を言葉にできる人はなかなかいない。
 
 現在大坂なおみのランキングは202位。まだそれを口にするのは早いと思う人もいるかもしれないが、大阪のテニス選手としての恵まれた体格、環境、そして16歳のデビュー戦で大会の優勝候補を破るという、後年名を残す選手たちが共通して“持っている”勝負強さを考えれば、彼女の言葉はあながち夢物語ではないという気にさせてくれる。

 大坂なおみはこの秋、18歳になった。自分が「好きな選手」としても挙げるセレナ・ウィリアムズがグランドスラム優勝を果たした年齢を早くも越してしまったことを、大阪はどう感じているのだろうか。トップが“高齢化”し、混戦を極める女子テニスツアーにおいて、彼女はゲームチェンジャーになれるのか。もしかするとそれは来年のツアーで証明してくれるかもしれない。でもきっと本人は理解しているはずだ。もうあまりのんびりしている時間はないということを。

大坂なおみ(おおさか・なおみ)
1997年10月16日生まれ、大阪府出身。ハイチ出身のアメリカ人である父親の影響で、テニスを始める。母親は日本人のハーフ。2013年にプロ転向し、2014年7月『WTAツアーバンク・オブ・ウェスト・クラシック』で初の本戦出場へ。1回戦で対戦したサマンサ・ストーサーはに2-1で勝利。2011年全米オープン覇者に対し、最速193km/hのサーブで大番狂わせを演じた。日本オリンピック委員会の強化指定選手に選出。日本テニス協会に登録はしていないが、本人は「東京オリンピック出場を目指す気持ちはある」と答えている。