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(動画 上山亮ニ 動画音楽 Mitsu the BEATS / 写真 八木伸司 / 文 倉石綾子)

アップダウンの激しい山岳を舞台に、100マイル(約160km)というとてつもない距離を駆け抜ける。そんなレースを主戦場にするウルトラランナーとして、第一線をひた走ってきた鏑木毅。誰よりも速く、圧倒的な強さを誇ってきた彼も現在、47歳。若かった頃はただ走っていさえすればスタミナもスピードも維持できたけれど、50歳を控えたいまは新たなアプローチが必要になってきた。毎日のトレーニングは年齢との戦いなのだ。

「脚力、敏捷性は若い頃に比べるとだいぶ落ちました。年をとることは誰にも止められないけれど、年齢を重ねる中で体力やスピードの下げ幅をいかに緩やかにするかがトレーニングの課題です。ここ数年は短時間で集中して心拍をあげるスピードトレーニングや坂道トレーニング、体幹補強など、昔は行わなかった多角的なメニューを日々のトレーニングに取り入れています。

100マイルの流れをシュミレーションしながら、一つ一つのシーンに必要な要素を抽出してトレーニングに活かす。概ね2週間のサイクルでその効果を検証し、内容を見直している。ストイックに身体と向き合う日々の中で意識するのは、そのトレーニングがいまの自分にどんなメリットをもたらすかということ。どんなシチュエーションにあってもただ漫然と「こなす」だけのトレーニングに陥らないのは、年齢と引き換えに得られた知恵と経験値のおかげでもある。

ハードなスポーツだから、怪我に泣いたことも数知れず。トレーニングを見直すきっかけになったのは、40歳の時に経験したアキレスの腱の故障だという。それまではトレーニングを「足し算」として捉えていたが、より効果的に積み上げるのは「かけ算」の思考だと思い至った。また、負荷と休息のバランスに徹底的に心を配るようにもなった。100マイルで養われたのはスピードや脚力ばかりではない。このように状況を的確に捉える冷静さ、メンタルの強さもまた、山岳レースの賜物である。

「今の目標は50歳までトップレベルのランナーでいること。そのためのトレーニングですから。若いランナーと一緒に山に入って終日トレイルを走り続けて、最後まで走り切った時にトレーニングの成果を感じますね」

トレーニングをしてきてよかった、そう思える瞬間を問えば、「山やトレイルと自分がしっくり馴染んで、まるで一体になっているかのような感覚を得られるとき」。

「そんなときは時間の観念も吹き飛んで、いつまでもどこまでも走り続けていけるような気持ちになります。そんな境地に達せられるのも、トレイルランニングの醍醐味かもしれません」

鏑木毅(かぶらき つよし)
トレイルランナー。1968年10月15日生まれ、群馬県出身。早稲田大学在学中に箱根駅伝出場を目指すも怪我の影響などで果たせず、その後、群馬県庁に勤務。28歳の時に地元群馬で開催されたレースに出場したのがきっかけでトレイルランニングを始め、以後数々のレースで優勝。日本最強、唯一の3冠トレイルランナーで、国内外のレースに出場するだけでなく、UTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)などのレースプロデューサーとしての顔も持つ。著書『アルプスを越えろ! 激走100マイル―― 世界一過酷なトレイルラン』(新潮社)。