5月6日にイタリアのモンツァで行われたBreaking2。ナイキがフルマラソン2時間切りを果たすべく始まったプロジェクトが快挙を成し遂げる瞬間に世界中が注目していました。結果として2時間を切ることができませんでしたが、ひとつの可能性を提示する結果に。改めてその結果とともに前人未到のプロジェクトがいかにして進められてきたのかを振り返ります。
5月6日当日はFacebook Liveでライブストリーミングされるなど世界中が注目する中、モンツァのF1サーキットで早朝5時45分に走り出したのはエリウド・キプチョゲ(ケニア)、ゼルセナイ・タデッセ(エリトリア)、レリサ・デシサ(エチオピア)の3人。最終的にキプチョゲが2時間25秒で走りきり、非公認ながら世界記録を2分32秒更新する結果になりました。
Breaking2の仕掛け人
ナイキのスペシャルプロジェクト担当副社長、サンディー・ボーデッカー氏はBreaking2がもたらすことについて、以下のように述べていました。
「マラソン2時間の壁は、もしこれを破ることができたら、このマラソンという競技さえ変えてしまうほどの力を持ち、滅多にない挑戦の一つに数えられます。ランニングを変えた記録をあと2つあげるとすれば、1954年の1マイル4分の壁と、1968年に破られた100m10秒の壁を破ったことです。マラソンサブ2の壁は、ただ一つ残された、人生に1度見ることができるかどうかの大きな壁です。これはランナーが長距離走と人間の可能性に対する見方を永遠に変えるものになるでしょう。」
さらに「マラソンサブ2の壁は、それを破ればランニング自体を変える可能性もある、滅多にない大きな壁なのです」とも付け加えています。左腕の内側に1:59:59というタトゥーまで入れ、2時間切りを夢見るボーデッカー氏はBreaking2が立ち向かう壁がいかに大きなもので、さらにその成功がもたらすランニングへの影響を感じながらこのプロジェクトに向かい合っていたのです。
2時間切りを果たすために進められた伝統と科学の融合
フルマラソンを2時間以内に走るためには、これまでの世界記録である2時間2分57秒よりも3%速く走る必要があります。つまり、26.2マイルのそれぞれ1マイルにつき、7秒速く走らなければいけないということです。これに対し、3人のランナーはBreaking2のコーチや科学者のチームとともに日々のトレーニングや補給の戦略を最適化することに努めました。
3人は共に同じメニューをこなすのではなく、各自の能力に応じて、ロング走やスピード走、ワークアウトなどを組み合わせながらトレーニング。ウォームアップはシンプルで3人共に典型的なシャッフルジョグ(足を引きずるようなジョギング)を次第にペースを上げながら30分ほど行っていたそうです。
また、キプチョゲは最大60人程度の地元のランナーやプロランナー、コーチとグループで走る一方、ゼルセナイはひとりで走ることが多かったとのこと。チームワークからモチベーションを得たり、ひとりでのストイックさや集中力を重視するなどタイプが分かれることがわかります。
他にも回復には睡眠を重視したり、日々の食事は炭水化物を50〜75%、タンパク質を20〜30%、残りは好きなものを摂取するなど、科学的な根拠とランナー自身の経験を織り交ぜながらプロジェクトは進んでいきます。
VO2max(最大酸素摂取量)やランニング中に失われる水分、筋肉で蓄えられるエネルギー量などさまざま分析が行われ、トレーニングランの際はGPS機能のある腕時計と心拍計を装着し、ランニングが終わるとコーチと科学者がデータを分析し、アスリートのパフォーマンスを確認。集められた情報はトレーニングプランを改良するために用いられました。
ちなみに3人のアスリートともに高地で生活し、ほとんどのランニングをそこで行っていることからもわかる通り、高地での練習は最適なものだとも考えられています。酸素の薄い高地での長期にわたる生活により赤血球が増え、血液がよりたくさんの酸素を筋肉に運べるようになるためです。
科学者たちはレース中の汗による水分損失を補うことやエネルギーレベルを最大化させることにフォーカスし、トレーニングプログラムを通じて得られたデータをもとに、ランニング中にどの程度の水分を失い、胃がどの程度吸収できるかを理解することで、各アスリートのために炭水化物のミックスを特製。さらにデータ分析と多くの試行錯誤の結果、2.4kmごと(モンツァのちょうどトラック1周)に特製ミックスを飲んでエネルギーと水分を補給することを決めました。
以上のような思いと科学や伝統に支えられながら進められたBreaking2というプロジェクト。2時間切りを果たせなかったものの、世界記録を更新する2時間25秒という記録はBreaking2の方法論が一定の成果を挙げたといっても過言ではないでしょう。さらにボーデッカー氏が予想する「ランニング自体を変える可能性」にチャレンジする余地を未来のアスリートに残した結果となります。壁を乗り越える瞬間を目のあたりにするため、人類の挑戦はまだまだつづきそうです。