(文 井上英樹)
ゴールの瞬間、服部勇馬選手(トヨタ自動車)は右手を力強く振り上げた。2018年12月2日におこなわれた第72回福岡国際マラソンは、服部選手が日本歴代8位の2時間7分27秒で優勝した。4度目のマラソン挑戦で大きな結果を出し、喜びを爆発させた瞬間だった。この勝利によって、これまで「3強」と言われていた大迫傑選手(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)、設楽悠太選手(Honda)、井上大仁選手(MHPS)と並び、日本男子マラソンは「4強時代」に突入した。服部選手に福岡でのレース、そしてこれからのことについて訊ねた。
設楽選手が東京マラソン2018で日本記録を破り(2時間06分11秒)、さらに大迫選手がその記録を塗り替える(2時間05分50秒)という状況を、服部選手はどう見ていたのだろう。
「悠太さんが東京マラソンで日本記録を出した時、僕も40キロ地点の沿道で応援をしていました。その時、これは日本記録が出るなと思いました。当時の僕は怪我で走れる状態ではなく、そのタイムを見てすごく先に行かれてしまった、という思いが強かったですね。大迫さんが日本記録を出した時は、福岡に向けたトレーニングがきつい時期だったんです。またさらに先を行かれたという気持ちでした。……ただ、日本人で5分台を出せるんだ、と可能性も感じました。先に行かれてしまったけれど、僕も手の届かないところではないなと感じました」
追う立場であった服部選手にとって、今回の「福岡国際マラソン」はマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場資格をかけた大きな選択だった。服部選手は、これまで出場した3つのレース(東京マラソン2016、東京マラソン2017、プラハマラソン2018)では、上位に食い込むものの後半に失速してしまっていた。服部選手はこの「後半の壁」をどのように克服したのだろう。
「今回の練習は、プラハを走った時よりベースアップしたトレーニングをしていました。だけど、本当にこれが結果につながるんだろうかという不安の方が強かったですね。自信があって福岡のレースに臨んだわけではないんです。もちろん、練習の質やボリュームには自信はありました。しかし、それが結果につながるかは、僕自身は疑問でした。結果が全て証明するだろうという思いで走っていましたね。
報道では、ただ距離を増やしたように言われています。実際には増えてはいますが、自然と増えていた、という感じなんです(笑)。走っても疲労感が出なかったんで。要因は基本に忠実だったのと、ランニングフォームを崩さないこと。そうすることで、余裕を持ちながら、月間1000キロを超えるようになった。これまでは800、900キロを超えてくると、身体がきつくなり、練習が続かないという感じだったんですけれど、余裕をもってトレーニングをすることができました。だから、無理に1000キロ走ったというわけではないんです。後半を克服するためには、余裕のある走りができるかを念頭にトレーニングしました」
福岡でのレースでは、30キロ地点でペースメーカーが抜けると、服部選手がひとり抜け出すような形になった。遅れたほかの選手に対して、服部選手はジェスチャーで「一緒に行こう」と合図をした。しかし、ほかの選手は服部選手について行くことができず、最終的に独走状態で優勝した。まさに試合を支配しているような状態だった。
「一緒に行った方が、記録も出ると思ったし、いいかなと思ったんです(笑)。途中から(ほかの選手が)離れたので、よかったとは思ったのですが、やはり最後まで不安はありました。残りの4キロで、『まずい、いつもと同じことになりそうだ……』と思いがよぎりました。その時、長い距離を走ったトレーニングが浮かんだんです。今までの自分とは違うトレーニングをしてきたし、それだけやって来たんだから大丈夫だと」
今回、後半粘れたのには、厳しいトレーニングはもちろんのことシューズが一役買ったと服部選手は言う。服部選手がレースで履いたのは、「マラソン2時間の壁」に挑戦したBreaking2に合わせて開発されたナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4% 。2018年のマラソン・メジャーの表彰台に上った選手の過半数がナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%を着用している。
福岡での優勝により、服部選手は大迫傑選手、設楽悠太選手、井上大仁選手とならび、「4強」に数えられるようになった。これはプレッシャーになるのか、それとも励みになるのか。もちろん、服部選手の答えは前者だった。
「素直にうれしいです。井上さん(ジャカルタ・アジア大会、2時間18分22秒)、大迫さん(シカゴマラソン、2時間5分50秒)、設楽さん(東京マラソン、2時間6分11秒)に比べるとまだまだなんですが、課題であった終盤の走りが、これからは武器になると思います。そして、僕が思い描いている走りに近づいている。マラソンは30キロ以降に差が生まれる。これからは後半を武器にしていこうと思います」
日本男子マラソンは4強時代に突入し、2019年9月15日に行われるMGCは目が離せない大会となった。さらにこの4強の背中を追う選手たちの足音も聞こえる。2019年はマラソン界にとって、歴史に残る激動のシーズンとなりそうだ。
服部勇馬
1993年11月13日生まれ、新潟県出身。東洋大学経済学部 卒業。 トヨタ自動車所属。
自己記録 3000m:8分13秒13
5000m:13分36秒76
10000m:28分09秒02
ハーフマラソン:61分40秒
フルマラソン:2時間7分27秒