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後編では『信越五岳』にのぞむうえで、具体的にどういった練習、準備をしたのか。その点をより掘り下げるとともに、レースの振り返り、レースにおけるマフェトントレーニングの効果、メリットについて聞いている。矢崎さんがポイントとして真っ先に挙げたのは、運動時間を徐々に増やすこと。

『信越五岳』へ向けたトレーニング

「去年のハセツネ(日本山岳耐久レース)にレース速報班として参加したあたりから、少しずつ『信越五岳』に出ることを意識し始めました。それ以前はというと、しばらくの間まったくといっていいほど走っていません。11月からランニングを再開し、まず月間100km。少しずつボリュームを増やして2月、3月には200km、すべて普通のジョグのみです。ログをとっていたわけでもないので正確な数字はわかりませんが、エアロビック心拍数の範囲では走っていたように思います。実際にマフェトントレーニングを始め、ログを取り始めたのは5月から。ちょうどUTMFが開催された頃に、ベスパの齊藤さんにマフェトンの存在を教えてもらってです。

信越に向けて本格的にトレーニングをに入るに当たって、まずは自分が今おかれている環境でどれだけのことができるか、じっくり考えました。最も効率的で仕事にも家庭にも影響が出ない、朝の仕事に行く前の時間に走る。それが当面の答えになりました。1日あたり10kmから16km、月間で400km以上です。自分でやると決めたわけですが、それまでにそれだけの距離を踏んだことは一度もなかったので、それだけのトレーニングをした場合、身体がついてこれるのか、怪我をするんじゃないないのか、かなり不安がありました。

その点を考慮し、5月は1回で走る距離を多く取ることはせず、時間にして1時間、多くても1時間半。それを週平均で5回。回数を確保することを意識しました。何も問題なく5月を終えることができたんですが、当たり前のことですけど、マフェトンは前後15分ずつウォーミングアップとクールダウンで取られるので、コアタイムを増やすことでしか負荷をかけられないんですよね。トレーニングを再開する段階としては良かったのですが、途中から物足りなさを感じるようになっていたので、6月からは1回の運動時間を2時間近くまで延長して、1回あたりのコアタイムを多く確保。その分疲労が溜まることも予想できたので、走る回数は週平均4回に減らして、距離、時間でみたら5月と同じ量になるようにしました。

3ヶ月目となる7月はさらにコアタイムを延ばすかたちで、平日に走る回数を減らして、代わりに土日に3時間走や4時間走をしました。夏場だったのでめちゃくちゃ暑くてきつかったですね(笑)。それくらい負荷を与えるとやはり応えてきましたし、暑さのせいもあって心拍は上がりやすかったです。1ペースは必然的に抑えざるを得ませんでしたね。

良かったのはその3ヵ月間を通して、どのくらいの時間走ると、身体がどういった反応を示すのか、その感覚を自分なりに理解できたこと。自分の場合は大体4時間で関節に疲労が集中してくることだったり、3ヶ月ずっと同じことをしていたので、今心拍がどのゾーンにあるかが肌感でわかるようになったことだったり。8月に入ってからはトレーニングする場所を、より本番を意識する形でロード中心からトレイル中心へ変更したんですが、その経験が結果的に生きました。

毎週末B to B(バックトウバック:2日間続けて追い込むトレーニングをすること)したんですけど、やはり脚の疲労は確実に残るんですね。4週あるうちの1週めと2週目、2日目のトレーニングは非常に身体が重かった。特に登りに入った時は全然動きが悪い。でも3週目と4週目に、1週目、2週目の練習をなぞるように同じことを繰り返したら、身体がアジャストして楽に走れる感覚を持てたんです。その感覚はそれ以前の3ヶ月、ロードで走りこみながら得ていったものとまったく同じ感覚だったので、トレイルでも心拍を守った走りを続ければ、ガクッとペースが落ちるようなことはないと思えました。

実践的な面で言えば、個人的にパワーハイクで登っていくようなパートは得意なんですが、林道でだらだら登っていくパートには苦手意識があったんです。この点が心拍を気にして走るようになって改善できたのは収穫でした。多分それまではエアロビック心拍数をオーバーして、疲れがたまる走りをしていたんだと思います。マフェトンをやって良かったのは、こうしたタイムを縮める以外の部分での発見も多くあったことです。

走っている間は感覚を大切にしながら、時計をチェックして“146”になるように補正します。自分の体を数値化して見るようになってから、数字を見るのが楽しくなりましたね。MAFテストで2週間に1度、トラックで3000m走を行っていましたが、心拍に忠実に行うので、ほぼ一定のペースで走ることになります。5月に計測したときは心拍146に対し、1kmあたり4分40秒から45秒が僕の上限値。それがレース直前で計測したときは4分30秒を切るくらいまでアップしています。決められた心拍でペースを守って走っていただけなのに、回を重ねるごとにタイムが縮む。心拍を気にせず走ればもっと速く走ることもできましたが、レベルアップが実感できていたこともあって、ルールを破る気にはなりませんでした。

マフェトンは基準にブレがないため、数字で成長を実感できます。それは日々のモチベーション維持として大きなメリットでした。理論としては3ヶ月から4ヶ月続けるべきとされていますが、僕の場合は大体1ヶ月で効果が現れ始めたのを実感できたのも大きかったかもしれません。同じことを続けることは苦じゃないので、結果がついてきたことで楽しみながら続けることができました。なにより“明日も怪我せずに走れる”という安心感がメンタル面にいい影響を及ぼしていたように思います。逆にサボると取り返しがつかなくなるんじゃないかという強迫観念も少しありましたね(笑)。

日常のサイクル

「もともと早起きするのも朝身体を動かすのも苦手だったんです。体が温まる前に動かすと怪我をするんじゃないかと思っていた方で、どちらかというと避けていました。そんな自分がトレーニングを続けられたのは、マフェトンのポイントでもある、ウォーミングアップの時間があったからです。これが自分にはがっちりハマりました。最初の5分をウォーキング。そこからゆっくり走り始め、次の5分で心拍を120くらいまで、その次の5分で130まで上げていきます。15分経過したのを確認したらエアロビック心拍数(146)まで一気にあげる。起きて5分、10分で外に出ることもあったんですが、このルーティンを守ったことで、問題は起きませんでしたし、朝に身体を動かすことへの苦手意識もなくなりました。

マフェトントレーニングを始めるにあたって、ファットアダプテーションも同時に始めました。基本的なルーティン(仕事もあって、かつ走る日)は

・朝起きて、無補給のまま走る。
・家に戻ってきたらMCTオイルを混ぜたコーヒーを飲む。
・仕事場へ行き、仕事場では12時から13時の間で通常の食事。
・帰宅後は20時前後に家での通常の食事。

1日2食になるので食事は結構がっつり、糖質はガンガン摂っていました。ご飯は2合3合食べることもありましたし、食後に甘いものを食べることもごく普通のことでした。それでも日常でインシュリンショックが起こることはなかったですね。食後に眠気が襲ってくることも、例えば食後、運転していても眠くなることもなかったです。ファットアダプテーションに関して提唱されている、

・朝にMCTオイルを摂ること
・夕食から次の日の朝食まで15時間あけること

に関しては、厳密にというわけではないですが、守るべき線引きとして常に意識し続けました。そのおかげで気持ちの上がり下がりが減って、1日を通して安定した状態で過ごせるように変わったと感じています。それに、朝はそれなりに早起きする方ですが、寝起きに疲れを感じて目が醒めるようなこともありませんでした。この点に関しては、途中で練習を夜間に切り替えるようなことをせず、基本朝走ることを続けたことも関係していると思います。でもファットアダプテーションを始めた当初はほんと辛かったですね。16時から17時頃になるとエネルギーが枯渇している感じが顕著で、仕事中にフラフラしてましたから(笑)」。

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『信越五岳』に向けて追い込みに入った8月から、毎週通った高尾のトレイル。約30kmほど走った後、約3.5kmで400mアップする日影沢林道(※現在台風の影響で通行不可)を3往復するのが矢崎さんの“シメ”のスタイル。

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矢崎智也

1984年、北海道出身。一児の父。上田瑠偉さん、大瀬和文さんらも参加しているSTS(スーパートレイルセッション)では代表を務める。今年5月からマフェトントレーニングを開始し、見事『信越五岳トレイルランニングレース』で8位入賞。次の目標をフルマラソンでの2時間50分切りに据え、ランニングに取り組む。

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