昨年11月、丸の内店に続く直営店をサンフランシスコに構え、さらには原宿への出店決定、ミュンヘンへの出店も予定している〈Goldwin〉。2店舗目にして海外へ飛び出した理由、グローバル事業化を進める作戦の意図とは?今の〈THE NORTH FACE〉の基盤を作り、現在は〈Goldwin〉の事業部長として舵を取る新井元さんに、リブランディングのヴィジョンとその戦略について訊きました。
『アイデンティティと通ずる場所に出店する』
OYM:なぜ海外初の直営店をサンフランシスコにしたのでしょうか?
ARAI:理由はいくつかありますが、まず気候が良いこと。日本人の目線で見てもサンフランシスコは非常に住みやすい場所です。〈Goldwin〉の仕事に携わる以前に、長らく〈THE NORTH FACE(以下・TNF)〉の仕事をしていたこともあり、サンフランシスコにはよく行っていました。今は拠点をデンバーに移しましたが〈TNF〉はバークレーが発祥。サンフランシスコはアウトドア発祥の地のイメージが強い。年に2回ある〈TNF〉のセールスミーティングは、やはりサンフランシスコ周辺で行われていました。例えばレイクタホのリゾートホテルとか。
タホ(湖)自体は泳げるほど綺麗ではないですが、キャンプ場があって、その周りを現地の人がランニングしていたり、釣りをしている人がいたり、ホテルのある場所から湖を対岸に回り込むとスコーバレーがあって、そこからロープウェイで上がれば大きなスキー場もスケートリンクもある。1年を通してアウトドアアクティビティを愉しむ環境、設備が整っている場所なんです。
サンフランシスコのダウンタウンからだいたい車で4時間くらいかけて行くんですが、その道のりも針葉樹の森の中を抜けていくので、都市と自然が違和感なく繋がっている。広大な自然と生活がリンクしている姿を見ることができました。長い移動に苦痛を感じることはなかったですね。
直営店は、まず丸の内にオープンしました。今話したようなことが丸の内店にも影響しています。丸の内は東京駅のすぐ近くで、いわば日本のオフィス街を代表する東京の中心地ですよね。要は地方と都市をつなぐハブステーションです。東京を起点に地方へ向かう人、地方から東京駅を経由して、取引先へ向かう人、様々な人が経由します。
〈Goldwin〉はスキーブランドが根幹ですから、この環境をスキーに置き換えてみました。今では北陸へも新幹線で気軽に行けるようになり、長野、新潟、東北……。東京はすべてと繋がっている特異な環境であることに気づいたんです。以前は東北のスキー場に行ったことがなかったのですが、最近は田沢湖や安比などにも行くようになり、現地の環境の良さを知ったことも大きいですね。そして思っている以上に身近でした。
そうした要素が複合的に重なり、スキーのアイデンティティを持つブランドが最初に出すお店として、“丸の内は必然”と考えるようになりました。出店した立地も理想的。丸の内仲通りは、大都会でありながら、街路樹や石畳があって、勝手ながら非常に我々のブランドと融和するなと感じました。個人的に“都市と自然を結ぶ”という環境設定が何より良かった。この考え方、構想はサンフランシスコも同じ。それが出店計画の指針です。
OYM:国内で店舗数を増やしてから海外へ出店するのがセオリーかと思うのですが、2店舗目を海外にしたのは国内でシェアを増やすより、海外でシェアを増やすことが狙いでしょうか?
ARAI:そこ、不思議に思いますよね(笑)。でも、その点は特に難しく考えなかったんです。海外進出にあたって、東京で10店舗成功したらとか、知名度、売り上げが立ってからとか、そういった考えは今の時代はいらないと思っています。情報化も流通も発展していますから、国内、海外の線引きは必要ないのかなと。東京の次が大阪である必要はないですし、海外ならまずはニューヨーク、ロンドンという考えは時代遅れです。そういったところで過去に習っていてはものは売れない時代になってきています。我々はグローバルブランドとして成立つことを夢見ていますから、壁を持たないように意識していますね。今の時代、物販するうえでリスクを伴わない場所はありません。それであればブランドとイメージがシンクロする場所がいい。ただ、理屈抜きに雪遊びができる場所、カルチャーのある場所には出店したいですよね。北海道や長野、北欧や、スイス……。ミュンヘン(出店を予定)もそうです。カルチャーがあり、いいロケーションと出会えれば国、場所にはこだわりません。
『まず力を入れるのはコミュニティの醸成』
OYM:オープンからまだそれほど時間は経っていませんが、サンフランシスコ店の反応はいかがですか?
ARAI:店舗を作るときに大事にしたのは、周辺の文化や佇まいを損なわずに、店舗空間をその土地に調和させ、ブランドのオリジナリティをプラスするという考え方。近隣の方が散歩がてら立ち寄ってくれたり、出店したことを聞いて、出張でサンフランシスコに訪れる人や、周辺の人が目的を持って買い物に訪れてくれる事もあります。店長は現地のマーケットに対し深い理解のある人物です。近隣のお店と合同でのキャンペーンを企画したり、街ぐるみでイベントを企画したり、あとはスキー場の情報提供や、スキーアスリートの情報の発信をしたり、今は足繁く来てもらえるきっかけづくりをしている段階。コミュニティ醸成にまずは力を入れています。今後はより、深くコミットしていける場所を提供することが大事になることは間違いないですから。
このエリアを選んだ理由でもありますが、幸いなことに周りには良いブランドが揃っています。〈A.P.C.〉や〈Aesop〉、〈FILSON〉や今注目されているシューズブランド〈all birds〉があったり。〈フェールラーベン〉といういい雰囲気のアウトドアショップもある。来てくれる人は意識の高い人が多いですし、良いコミュニティの中に入れました。そういった点で見れば非常に良いスタートが切れたと思っています。
『スキーブランドに固執するでも、スキーを捨てるでもなく』
OYM:〈Goldwin〉は2015年くらいからいわゆるリブランディングの動きに入っていましたが、それは今話されたような、世界観を広げるための動きなのでしょうか?
ARAI:そうですね。日本のスキーのマーケットは1980年代にピークを迎えて、以降30年間右肩下がりです。当時の20分の1じゃ効かないくらい小さくなってしまった。逆に僕はその間〈TNF〉に所属していて、アウトドアがゆっくり右肩上がりで成長し続けるのを見てきました。蒔いた種が今花を咲かせている状態です。そのシーンを見てきた自分が〈Goldwin〉を任され、考えたことが2つありました。
ひとつはスキーブランドに固執するでも、スキーを捨てるでもなく、スキーを軸に、オリジナルブランドとして企画、起案しても今なら許されるということ。新たなブランドとしてのチャンスが広がっていると仮定しました。もう一点は〈TNF〉のブランディングを軌道に乗せることができたことから、その経験といいますか、会社の資産を生かしてブランディングにつなげようと考えました。
以前は、スキーマーケットには『スキーをするときだけはスキーの特別感が必要』という空気がありました。でもその考え方に固執するのではなく、現代にあったスキーのパーソナルなあり方を整理して発信しようというのが頭にあったので、リブランディングする際には、プロダクトをシンプルで使い勝手のいいもの、機能的なものに変更しました。それが約5年前のこと。
昔からGoldwinスキーウェアを懇意にしていただいていたファンからは厳しく言われることもありました。『お前が作るもんはスキーウェアじゃない』とか、業界からも『〈Goldwin〉は担当が変わってスキーウェアを止めるらしい』という本意とは違う噂まで流れましたし。道のりは険しかったですが、淡々と積み上げ直しするだけと思って、続けてきました。
マーケットで受け入れられるようになったのは一昨年から昨年にかけてくらいからです。スキーマーケットの可能性を捉えながら、興味をそそる世界観を持ってブランディングし続けていくこと。その結果としてお客さんが付いてきてくれる流れを作ることを考えています。それがようやく少しずつ形になりつつある。まだまだ時間が必要です。
『毎日でも身に着けたいと思えるものを提供する』
OYM:最後の質問になりますが、〈Goldwin〉として現段階の最終目標はどこに置いているのでしょうか?長期的な目線で考えているヴィジョンを教えてください。
ARAI:具体的な答えではないですが、お客さんに『買ってよかった』『格好良い』と思ってもらえることです。社内ではしつこいくらいに言っていることですが、機能だなんだと言おうが、とにかく格好良く、気持ち良く、着てほしい。我々の作ったもので気持ち良く遊んでほしいし、気持ち良く着倒してほしい。自分自身がそうだからですが、格好良くないと着たくなくなるんです。みんなそうじゃないでしょうか。格好良くないものを我慢しては着れない。
日本だけではなく、時間軸も、距離軸も関係なく、毎日でも身に着けたいと思えるものを提供すること。個人的なことで言えば、私はゴールドウインの社員ですから、〈TNF〉のように会社の資産となるものを残したいと思っています。その思いは強いですね。〈Goldwin〉も10年経った後、素直な感情で“いいブランド”と言ってもらえるようにしたい。後輩たちにも、ブランドでなくても、なんでも構わないから、お客さんと世界観を共有できる、いいものを作っていってほしいと思っています。