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THE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)が世界の環境問題をテーマに発行するタブロイド「PLANET」。その記念すべき一号で、グリーンランドを切り取った写真家・遠藤励は、スノーボーダーとエスキモーは雪に生きる同じ民族だと語る。

THE NORTH FACE

「雪の文化を共有する 同じ“雪の民族”を追う」

長野県のある湖のほとりで北極圏をフィールドに活躍する写真家・遠藤励のインタビューは行われた。これまで登山家や探検家に取材をしたが、そのほとんどが温厚で物静かな人たちだった。彼もまた静かなる男だった。「いま、家をリノベーションしているんですよ」。家族から受け継いだ築400年の家を改装しているのだという。「なるべく地球にインパクトをかけない暮らしを目指している。(工事の)プロセスも生活の楽しみに変えていけたらなと考えているんです」

私たちは湖を臨む庭に通された。誰が言うでもなく焚き火跡を囲んで椅子を配置する。火には人を輪にする力がある。「古い家から学ぶことはありますか」。そう尋ねると、遠藤は首を振った。「なぜ元の家を大切にしないんだろうと思う。今は昭和の頃に改築した部分を取って、減築をしているんです。そうすれば、家は光を取り戻し、風が吹き抜けるかもしれない。オリジナルの家を取り戻したい」。長野県の冬は寒い。先代たちは夏の快適性を犠牲にし、家を囲って暖房効率を上げたのだろう。

「周りには木がたくさんある。薪ストーブを使わない手はないですよね」。余分なものをそぎ落とし、シンプルにしていく。それは遠藤の写真からも伝わる。と、同時に芯にある大切な部分を「後世に残したい」というメッセージを受け取る。彼は雪山とスノーボードカルチャー、氷河、氷山、極地に暮らす民族を撮る。どれもシンプルで力強い。

THE NORTH FACE

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遠藤の撮影する世界はスノーボード文化、氷河、氷山、極北の暮らしと幅が広い。スノーボーダーと極北に住む民族。大きく違う被写体のように感じるが、遠藤は「同じ文化圏の同じ価値観」だと言う。雪がなければ生きていけない人々を彼は冷静な視点で撮影する。

狩猟採集民的写真家は世界の美しさを後世に伝える

遠藤は雪山やスノーボードカルチャー写真を中心に撮影をしてきた。2017年頃から北極圏を撮影するプロジェクトを展開している。しかし、被写体は変わったが軸足にぶれはない。遠藤励という表現者の前では、消えゆく氷河もリセッションされる前のフォールラインも同価値だ。

「20代の頃から原点回帰の気持ちはあったんです。前はロマンだったものが、大人になって実践できる時期に入ったように思うんですよね」。ややもすれば、同じ作品を撮り続ければ生活は安定し、その業界では「巨匠」になっていく。しかし、遠藤は同じサイクル内を回転し続けるのは苦手のようだ。農耕的写真家ではなく、狩猟採集民的写真家なのだろう。彼は旅や撮影での人に恵まれたと話す。

スノーボーダーもエスキモーも雪に生きる同じ民族

「国内外のハッピーな人たちに出会い、豊かさを体感として学べたのかもしれませんね。スノーボーダーたちは、生活の重きを“滑る”に置いている。その延長線上にライフスタイルを築いている。お金への執着が少なく『滑る』ことが、生活の中心にあり、コミュニティ、仲間や家族がある。滑ることで発散できるエネルギーがあるし、幸せを感じる。彼らをお手本として見てきた。物質的な豊かさではなく、余計なものを持たないシンプルな人に多く出会えた気がする」。

現在、遠藤は足繁く北極圏に通い「民族(トライブ)」を撮影する。被写体はグリーンランド・カナック村に住むエスキモーたちだ。一部の地域でイヌイットと言い換えをしているが、この村に住む人たちは、誇りを持って自らをエスキモーと呼ぶ。極地に住む彼らの生活に惹かれるのも、雪の上を滑る楽しみの延長にあると遠藤は考える。

「僕は若い頃からスノーボード文化に親しんできた。スノーボーダーを僕は同じ文化・習慣を共有する“民族”だと思っている。同じ文化や価値観、自然を愛する気持ちを持っているんですよね」と笑う。民族とは一定地域に共同の生活を長期間にわたって営み、言語、習俗、宗教、政治などを共有し、帰属意識によって結ばれた集団だ。「地球にいるスノーボーダーを俯瞰で見てみた。この時代に存在する雪の民族(トライブ)に思えた。独自コミュニティを形成し、価値観を共有した共同体です。これは、現代版の民族に当てはまるのではないかな」。

消えゆく雪の民族を求め極地へ、雪山へ

2020年の北半球の冬季は雪不足が各地で報告された。今年のことだけではない。気候変動の影響で、今後は雪遊びができなくなるのではという声も聞く。「エスキモーも、スノーボーダーも今世紀で消える雪の民族なのかもしれない」。そう話す遠藤の表情に、消えゆく民族の一員である覚悟のようなものを見た。遠藤はこれからも雪を踏み、雪の民族の営みを後世に残す。

THE NORTH FACE
遠藤はザ・ノース・フェイスが世界を旅する写真家とともに自然環境の変化を伝えるタブロイド『PLANET』にも参加。過去にはグリーンランドのエスキモーの生活と温暖化、キルギスの遊牧民の養蜂、アラスカの溶解が進む氷河などを特集している。

遠藤励 TSUTOMU ENDO
1978年長野県大町市生まれ。スノーボードカルチャーを20年間にわたり撮影。17歳から現在まで年間100日以上、雪上のフィールドに立つ生活をしている。2017年より、活動の幅を広げ極北に生きる「雪の民族」を撮影している。作品集に『inner focus』(小学館)がある。
tsutomuendo.com

※2020/4/15発売「mark13号 “FACING THE CLIMATE CHANGE 生きるためのアウトドア”」転載記事