fbpx
ライター、礒村真介さんが経験したトレイルランニングの初期衝動をエッセイ形式で紹介する『山に行くつもりじゃなかった 僕らが山に行く理由』。第二回は自分を「解放」させてくれるトレイルランニングの魅力について。不整地を走りながらひとつのことへ没入していく感覚と、疲労と比例し、五感が研ぎ澄まされていく感覚のお話です。

今よりちょっとだけ昔、ランニングシューズのデザインがまだまだイマイチなものばかりだったころ。トレイルランシューズの、悪路でのプロテクションとグリップ力を高めるための機能的なデザインを「カッコいい」と感じた僕は、そのギアを実際に使ってみたくなり、試しに山を駆けてみた。

こうして参加した鎌倉でのはじめてのトレイルランニングは、それはもう楽しすぎた…ことはvol.1で書いた通り。

これがウワサに聞きしトレイルランニングか。こんなにも夢中になれる何かに、大人になってから出合えるなんて。

自然の中での反復運動が夢中へのスイッチ

トレイルランの道に足を踏み入れた僕が真っ先に憧れたのは「日本山岳耐久レース」、通称「ハセツネ(長谷川恒男)カップ」だった。大会名に「日本」ってあるけど、とくに予選があるわけじゃない。思い立ちさえすれば誰でもエントリーができる。

実は「ハセツネ」のことはトレイルランを始める前から知っていた。仕事の合間に(ネタ探しを兼ねて)ネットサーフしていた某スポーツ新聞社のサイトに「奥多摩の山の中を、ハンドライトの光を頼りに夜通し駆け抜ける山岳レース」の記事がしばしば載っていて、毎年ワクワク読み進めていたのだ。どんなレースなのかまったく絵が浮かばないけど、ロマンたっぷり、なんだかスゴそうな大冒険だと。

あの「奥多摩を夜通し駆けるレース」って、トレイルランニングの雑誌で攻略法が特集されているこの「ハセツネ」のことじゃないか。そう気がついたら俄然、自分もこの冒険にチャレンジしてみたくなった。でもなあ。71.5kmの山道なんて、人間、ホントに走れんの?

ええい、ままよ。走れるかどうかはやってみてから。不安になった僕はこの年、試走も兼ねて、週末ごとにまずはJRの立川駅へ、そこで乗り換えて拝島駅、さらに五日市線に乗り継いで、終点にあたる武蔵五日市駅へと足繁く通うことになる。「ハセツネ」のスタート/ゴールはここにあるのだ。

鎌倉に続く2度目のトレイルランは武蔵五日市の金毘羅尾根になった。「ハセツネ」ではレースコースの最終パートにあたり、なだらかなダウンヒルのシングルトラック(人ひとりが通れる幅の山道)が10km弱ほど続く。ここは今でも人生ベスト3に挙げられるくらい大好きなルートだ。

自然の起伏の中で、規則的なリズムで肺へと酸素を取り込みながら、同じく規則的な反復運動で前へと進む。右、左、右、左。トレイルには木の枝や根、ちょっとした岩などの障害物がある。それらを避けるために、ときには不規則にステップ刻む。右~、左、右左右っ、左、右、左~、右。同じことの繰り返しだけど、同じ条件の路面は一箇所もないから、ちっとも飽きない。

そうか、これはケチャダンスだ。自然の中に身を投じて、同じ動作を一定のリズムで繰り返す。森に包まれながら有酸素運動を反復する。それが一種の創造的なトランス状態を呼び起こすんだ。重い荷物を背負ってじっくりと進む「山登り」では味わえない、トレイル「ラン」ならではの魅力はそこにあると思う。

とくに金毘羅尾根のような、いい感じのダウンヒルセクションを、不規則なリズムのステップで「乗りこなした」ときにはもう、ナチュラルハイまっしぐらだ。Run Like a Music、ブレイクビーツを刻むみたいに。余談だけど、トレイルランナーには意外とDJ経験者が多い。ルートやレース、ギアに関する情報をディグる作業はレコードハントに通ずるものがある。

ヒトが人間になる前は、狩猟民族として舗装されていない道を、獲物を追いかけて駆けまわっていたはず。獲物を捕まえれば食欲も満たされる。もしかすると、トレイルを駆けまわったときの根源的な喜びは僕らのDNAに刻みこまれているのかもしれない。

緑と自分との境界が溶けていく

山を駆けまわれば、もちろん、肉体的には疲労する。でも実は、そうなってからがもっと良かったりする。

考えてみてほしい。山を走るなんていう、一見「キツそう」なことをするのは、それを上回ってお釣りがくる「楽しい」があるからなのだ。現にちょっと疲れてきてからのほうが、山と自分の境界線がいい感じにぼやけてくる。ケチャチャチャ。まるで自然の中に溶け込んでいくような感覚で、ナチュラルハイへの没入度がぐっと高まる。ケチャチャッチャッチャ。

子どものころ、裏山で遊んでいたときのことを思い出す。秘密基地づくりに夢中になって、気がつけば夕食の時間が過ぎていて、親から大目玉をくらったことがある。トレイルランニングも同じように全没頭できるから、3時間、4時間なんてあっという間だ。もしコケたら「イタい」だけじゃすまないかもしれない。若干の「やっちゃいけないこと感」もかおっていて、その背徳感込みの楽しさがある。

そしてふいに開けた高台へと出る。そこから見える景色はもう、脳裏への刻まれ方がぜんぜん違う。もしもそこにロープウェイでアクセスできたとしても、ある一定の飽和点を越えて見聞きする景色、音、匂い、触感は、ロープウェイを使ってたどり着いて見聞きする景色よりもはるかに鮮やかに、くっきりと刻まれる。非日常に身を置いて感覚が鋭敏になっているからだろうか、それとも走馬灯的なアレにつながるソレなのか。Instagramのフィルター加工って、もしかしたらトレイルランナーが思いついたのかも。

え、よく分からないって?

山の中を駆けずりまわり、泥だらけになってから飛び込む温泉や、全身の渇きをビールでうるおすときの多幸感たるや。単なる入浴、単なるビールとは比べものにならないくらい五感に響くと、容易に思い浮かべられるはず。きっと、それも同一線上のことだ。

そして、山に登ればほぼ必ず下って終わる。鮮やかな景色を五感で味わい、ダウンヒルでハイになってビールに飛び込む。だからトレイルランニングの後味はいつだって最高なのだ。

礒村真介

礒村真介

モノ&ファッション情報誌の編集部に在籍中、ギア選びから傾倒したトレイルランや山の魅力にどハマりし、フリーのライター兼エディターに。アウトドア関連各誌での執筆のほか、東京のトレイル&ランニングショップ、Run boys! Run girls!のトレランチームでコーチを務める。トレイルランナーとしては、初めて開催された2012年のUTMFで9位に入賞。そのほか、100マイルを中心に国内外のレースで多数入賞を経験している実力者。