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バカンス文化のあるフランスに暮らし、家族でクライミングに勤しむ佐久間ファミリーに聞くワーク・スポーツ・ライフバランス。「余暇」と「仕事」、そして、スポーツが生活の中で絡み合うことでもたらされる人生の豊かさとは。

ワーク・スポーツ・ライフバランスを考える上で避けては通れないことがある。それは「仕事と余暇」のバランスについてである。我々が人生において仕事をしながら、スポーツを楽しもうと思うのならば、自ずとその余暇の過ごし方に工夫が必要になってくる。そして、一定の年代になれば、それは自分だけの問題ではなく、家族の時間と兼ね合うこともあり、より複雑さを増すはずだ。

仕事とスポーツだけの関係で紐解けると思っていたワーク・スポーツ・ライフバランスだが、一般の愛好家であれば、余暇や家族などそれを構成する要素がより多岐に渡ってくるのではないだろうか?

今回はその視点から、バカンス文化のあるフランスに暮らす佐久間ファミリーに話を聞くことでワーク・スポーツ・ライフバランスの解剖を試みようと思う。フランス式の「仕事と余暇」の捉え方を知ることで、コロナ禍の最中にいるからこそ、我々日本人にとっても新しい価値観にシフトするきっかけが得られるかもしれない。

仏リヨンに暮らす佐久間ファミリー

佐久間俊臣さんと佐久間祥さんはそれぞれ1999年にフランスに渡り、移住するための手段として2003年に起業。フランス南東部に位置し、「食通の街」とも呼ばれるリヨンで飲食店をスタートさせ、2011年からは現在のスタイルである日本食の弁当屋「DOMA(土間)」を営んでいる。2014年に始めたクライミングは長女の乃々子さん(13歳)、次女の環さん(8歳)と共に家族全員の楽しみだ。

リヨンに暮らす佐久間ファミリー。ローカルスポットであるクライミングジムのCLIMB UP LYON GERLANDにて。

祥さん曰く「はじめはパズルを解くような感覚でハマった」というクライミングも俊臣さんに至っては「ホールドを持ってるだけで幸せを感じる(笑)」という域に。平日は仕事が終わってからの週2〜3回、自宅から自転車で15分ほどの場所にあるジムで課題を解き、週末や長い休みになれば外岩に登りにいくという日々を続けている。

赤ちゃんの頃からクライミングジムで家族と過ごしている環さんと俊臣さん。

家族でクライミングを楽しむ醍醐味を訊くと、「それぞれ挑んでいる課題は違っても、同じ場所で同じ時間を過ごしている。家族で励まし合って、達成感を共有できること」と答える俊臣さん。なるほど、向かう壁はひとつだが、そこで取り組んでいる課題はそれぞれがレベルごとに違う。ペースや強度を合わせなければいけない他のスポーツとは異なり、クライミングには場所と時間、そして、達成感を家族で共にすることができるという側面があるようだ。

フランスのクライミング事情

フランスでは競技としての取り組みだけでなく、純粋に身体を動かすためにクライミングに勤しんでいる人も多いのだそう。というのも、自治体が管理している施設が多く、山岳協会などによるメンテナンスやサポート体制が万全だからだ。

日本に比べ、フランスではクライミングが身近な存在。

また、小中学校の体育の授業にクライミングが組み込まれていたり、部活動がない代わりに課外活動として技術を磨くことができる状況があったりと、子供の頃から身近な存在であることがわかる。

長女の乃々子さんも課外活動はクライミングジムで。今では大会で入賞するほどの実力に。
ワールドカップで憧れのアレックス・メゴスと記念撮影する乃々子さん。

また、協会と自治体が主催する初心者向けの大会も多く、リヨンがあるローヌ県だけでも年に3回開催され、ステップアップすると県大会のシリーズ戦が5〜6試合、さらに地方大会の5〜6試合を経て、全国大会に上り詰める。プロのアスリートではなく、一般のクライマー達が意欲的に競技大会に出場できるような仕組みになっているのだ。

大会は世代ごとにカテゴリーがあり子供から大人まで幅広く参加できる。俊臣さんと祥さんも40代以上の部で競い合っている。

バカンスと仕事、そして、スポーツの関係

フランスにはバカンス文化がある。基本的には子供たちの学校が休みになる期間に合わせた長期休暇と言えるもの。日本とは異なり、フランスの学校は2週間単位の休みが年に4回あるのに加え、毎年7月と8月の2ヶ月間がまるまる休みとなる。それらに合わせ、親も仕事を2週間から1ヶ月ほど休むことで、家族で長期の旅行にでかけたりするのだ。

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バカンスに合わせて佐久間ファミリーが頻繁に訪れるフォンテーヌブローはボルダリングの聖地とも言われている。

佐久間ファミリーもバカンスになるとクライミングをするために登れる場所を巡ったり、季節によってはスキーやサーフィンを楽しんでいる。バカンスはスポーツのパフォーマンスにどのような影響があるのだろうか?

「バカンス中はパフォーマンスが下がります(笑)。バカンスはとにかく楽しむもの。だから日常の方が競技としてのクライミングにフォーカスしていて、バカンスの時は楽しみとしてのクライミングに寄っていく」(俊臣さん)

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家族でクライミングを楽しむバカンスのひととき。

長期の休みに合わせてスポーツ大会が行われる日本とは異なり、フランスではバカンス期間に大会が行われることはない。そんなことをしたら、誰も出場しないからだ。バカンスはとにかく楽しむもの。揺るぎないバカンスへの思いが横たわる。

「バカンスをとるために仕事をしている。そこでリフレッシュするというよりは、バカンスを思いっきり楽しむために、仕事を一生懸命やる。だからほとんどのフランス人がバカンス間際はヘトヘトに疲れてます」(祥さん)

ここまで話を聞くと「余暇」の捉え方に根本的な違いがあることに気付かされる。日本では「余暇」は「仕事」で疲れた身体をリフレッシュするための休息の要素が強い。一方、フランスでは「余暇」を思いっきり楽しむために「仕事」に打ち込み、疲弊するものだというのだ。「仕事のための余暇」と「余暇のための仕事」。果たして人生にとって重要なのは「仕事」なのだろうか? それとも「余暇」なのだろうか?

コロナ禍を経て気づいたワーク・スポーツ・ライフバランス

佐久間ファミリーが日常的にクライミングを楽しんでいる様子をお伝えしてきたが、そのほとんどはパンデミック以前のもの。取材をした2021年3月中旬時点で、フランスでは1日のコロナウイルスの新規感染者数が2万人に上り、18時以降の外出が禁止されていることをはじめ日常生活を送る上で様々な制限を余儀なくされている。インドアスポーツが禁止され、該当施設は軒並み閉鎖されているので、佐久間ファミリーもクライミングジムでの活動ができていない状況だ。

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インドアクライミングができなくなったため、週末に外岩を登る機会が増えたという。

「クライミングが日常的にできなくなって、肉体的な疲れはなくなったのだけど、その反面で発散ができないことのストレスが大きい。クライミングができていた時のほうがリフレッシュにもなり、生活のリズムが良くて、メリハリがあった。おかしな話なんですが、『仕事で疲れて、さらにクライミングで身体に鞭打って、次の朝がしんどい』という生活のほうが充実してて楽しかったんです。身体は疲弊しているんだけど、その方が仕事にもクライミングにも打ち込めて、人生が豊かだった」(俊臣さん)

クライミングと仕事に打ち込むことでもたらされる人生の豊かさ。バランスが崩れてしまった結果、それに気付かされたのは本意ではないが、俊臣さんはクライミングへの憧憬を滲ませながら強く語ってくれた。

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クライミングの聖地フォンテーヌブローにて。一刻も早いコロナ禍の収束を願う。

リモートワークやワーケーションといったキーワードを挙げるだけでも、日本における「余暇」の捉え方がこの1年を経て、大きく変革しているような雰囲気がある。その先にある地平には様々な価値観の変化も見られるだろう。もしかしたら、日本的な「仕事のための余暇」からフランス的な「余暇のための仕事」への変換という選択肢もそのひとつになるかもしれない。

その中で、スポーツは日常にある種の負荷を与えながらも普遍的に家族を繋ぎ、人生の豊かさに華を添えてくれるものなのだ。そんなことを佐久間ファミリーの話から教わった気がする。

佐久間ファミリーのローカルスポットその1:DOMA(土間)
佐久間さんが営むDOMAの和食惣菜や弁当は味にうるさい地元の方にも人気。地下には自分たちで設営したプライベートウォールがあり、ジムに行けない時はここで練習する。


www.facebook.com/domalyon

佐久間ファミリーのローカルスポットその2:CLIMB UP LYON GERLAND
佐久間ファミリーが日々トレーニングを積んでいるクライミングジム。乃々子さんと環さんはモデルも務める。

Climb Up
148 av Jean Jaurès, 69007 Lyon
www.climb-up.fr/