庄内地方は山形県北西部に位置し、山と海に囲まれた広大な平野が広がる2市3町で構成されたエリアだ。この土地を“食の宝庫”と見出した奥田政行さんは、創業当初から地元食材を最大限に生かすことにこだわったイタリアンを生み出し続けている。その奥田さんが営む〈アル・ケッチァーノ鶴岡本店〉は2000年3月の開店以来、地元の生産者とともに歩んできた。鶴岡を代表する名店は、この7月7日にリニューアルオープンした。店内は大きな窓に自然豊かな庄内の景色が切り取られ、寛げる空間を演出している。
鶴岡市は奥田さんの生まれ育った町。この土地の素晴らしさ、食材の豊かさを広めることに料理人としての使命を感じ、海外や東京での修行を経て地元に戻ってきた。庄内を拠点に“食で日本を元気に”できることを信じた奥田さん、その理由は歴史から読み解けるという。
「この狭いエリアでこれだけ食材のバリエーションに富んでいるのは世界一。なぜかというと、他の国々では、対世界用に輸出を考えワインを作って丘一つが葡萄畑だったり、同じく、山全体が小麦畑だったり。日本でも、戊辰戦争の時に勝ったところは畑が大きいんですよ。それに比べてここは、本州で最後まで幕府側について虐げられてしまったんですね。だから、対鶴岡市用に細々と野菜を作っていた。そのため、昔からの野菜が60種類残っているんです。」
奥田さんは庄内の風土を学ぶうちに、“昔からある野菜”には明治以前の歴史的背景があることを知ったという。それはほとんど農薬のいらない、土壌と気候に順応してたくましく育つ在来作物だった。
さらに「りんごだけで50種類とか、葡萄だけでも60種類とか、すごいんです」と奥田さんが語る通り、山形の食料自給率は147%を誇る。日本全体の食料自給率が38%であることを考えると、いかにこの土地が豊かであるかがわかる。
地理や歴史が好きだと話す奥田さんだが、食文化や土壌の性質などについて調べ、こうした食材への深い理解に結びついた。庄内の素晴らしさを確信して、外に向けて証明し発信しようという強い思いが感じられる。
自由な発想から組み合わされ、生まれる料理
さらに、バリエーションに富んだ野菜を、山、川、海の自然のめぐみと組み合わせられることがこの地域の魅力だという。
「川の生き物も40種類です。また、山菜の聖地と言われる月山がある。ここにも昔からの天然ものが採れます。」
庄内平野の背後にそびえる月山の標高1,000m以上に自生するのは、月山筍(がっさんだけ)だ。一般的にはネマガリダケと呼ばれているもので、奥田さんの著書『人と人をつなぐ料理』にも月山筍の美味しい理由が説明されている。
“まず一番は、腐葉土です。落葉樹の葉が積もってできた腐葉土には、丈夫な根を作るカリウムが多く含まれています。さらには、この月山の腐葉土の柔らかさがネマガリダケの根が張る深さには最も適したもので、ちょうど良い大きさになるときに、えぐみが出ることもなく、ちょうど良い太さ、柔らかさで出てくる。”
新店でいただける月山筍を使った新しいメニューは、月山筍に生ハムを巻いて、フェンネルの葉が加えられた衣を纏うフリット。フェンネルと月山筍の香りの広がり方が似ていることを捉えて生まれたメニューだ。香りは、口に入れた瞬間に一気に広がるものや、噛めば噛むほど広がるものなど様々だが、この2つの食材の香りは相性が良く、筍の香りがより際立つ。さらに、生ハムは筍の甘みを引き立ててくれる。炭酸ガスを混ぜ合わせた軽い衣のフリットは、筍の皮やハーブのデコレーションで、実際に藪をかき分け筍を探しにいく風景をイメージしている。
新店のメニューは、スペシャリテに最近の食材研究の成果を取り入れたメニューが加わる。アミューズも増え、色々な食材を楽しめる。
レストランが生産者のためにできること
貴重な農産物を作り続けていくためには適切な対価が必要だし、そうでなければ後継者に手渡すこともできない。奥田さんは直接生産者から食材をいただく中で、様々な悩みを解決してきた。
「羽黒にある畜産農家さんが辞めようとしていたんです。とても美味しい羊だったので、使わせてくださいと言っても、辞めることを決意されているようでした。自分はまだ知名度もないころだったので、代わりにその羊を別の有名店に売り込みに行ったんです。そこで美味しい料理になると、テレビで紹介されるようになり、雑誌で“規格外の美味しさ”などと取り上げられるようになりました」
それが羽黒の丸山さんが育てる羊。ダダ茶豆を食べて育つ羊は、臭みを全く感じない。香草パン粉とローストした、シンプルな料理だ。隣にはアル・ケッチァーノオリジナルのダシ(山形の伝統的な野菜料理)が添えられている。7種類のイタリア野菜を使って塩のみで味付けしているのが特徴。まさに、野菜本来の味がしっかりとしているからこその一品だ。
これから広がっていく庄内の魅力
「シェフズテーブルと料理教室も作ったんです」と、レストランと隣り合わせた別館を案内してくれた。そこは、奥田シェフ直伝で料理教室が開かれる〈アル・ケッチァーノアカデミー〉と、カウンター越しに料理が出来上がる様子を楽しめる〈シェフズテーブル〉が設けられている。さらに、新店の敷地にはまだ余裕のあるスペースが存在する。ここには将来、オーベルジュを建てる構想があるそうだ。リニューアルには、庄内に全国各地から人を呼び、人の動きに乗って、庄内のものが全国へ広がっていくという設計が意図されていた。
食材について研究を重ね、生産者を訪ね歩いた奥田シェフだからこそ、ゲストのみならず、生産者を元気にすることが料理人としての使命であると考えている。
「日本の中で最も四季のはっきりした風景を見られるのが山形県。この土地でたくましく育つ食材を味わって元気になって欲しいですね」