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北海道札幌・旭川を拠点に〈outwoods〉という屋号でフリーランスとして林業業界で活動する足立成亮さん。“フリーランスの林業”とは、彼が森につけるという“良い道”とは、それらを直接伺いたくて、オンラインインタビューを依頼した。

林業は天職だった

現在40歳の足立さんは27歳の頃、林業の世界に入った。それまではすすきのの街のアトリエを拠点に写真を撮ったり、夜は音楽を聴きに行ったりと、定職につかず気の向くまま暮らしていた。周りの友人と足並みを揃えることはなかったけれど、そろそろ“給料をもらうという経験”をしておいたほうがいいのではと感じ始めたのがきっかけだった。

「どうしてもネクタイを締めて、スーツを着て働くのはキャラじゃないなと。かといって、作業着を着て土を掘ったり、金槌で叩いたりするのも想像できなかった。そんな中、ふと、森の中でうごめく自分がイメージされたんです。そのイメージは、体を動かして薪を割ったりするような山の中で仕事ができないかなという考えにつながったんですよ。すすきのではお金がなくて薪や廃材を燃やして暖を取っていましたから。山の中は人間社会と違って開放感があり、自分のマインドが広がっていくように思えました」

汗をかいて疲れて寝て、お腹を空かせて起きるという生活に変わった。それは120%の力を注いで没入できるほど楽しかった。幼い頃からからだを使って遊ぶのが大好きだった彼にとって、林業は天職だったのだ。

2012年に〈outwoods〉として独立した足立さんも、以前には厳たる林業の会社に勤めていた。後にSDGsの目標として掲げられるように、森林が持続可能な社会に貢献する多面的機能を持つことを期待して、育林、植樹、伐採などあらゆる作業に従事した。

「産業なので、人間の都合で森をコントロールしてしまうこともあります。人間以外の生物、環境に対しての配慮がまったくなかったわけではないと思うんです。それでも、冷静になってみると違和感を覚えました。どうしても破壊的な要素が多いように見えてしまうんです。僕はもう少し“優しくやりたい”と思いました。林業の世界は楽しかったけれど、大好きな森を壊さずに、景色そのままに林業ができたら最高だなと、どんどん欲深くなっていったんです」

例えば、”切り捨て間伐”が足立さんにはもったいなく思えて仕方なかった。間伐した材を森に残してしまう行為は、搬出するのに予算がかかること、木材消費の落ち込み、林業従事者の減少といった理由が絡み合う。しかし、最低でも30年かけて育った木々を切り倒しても収穫には至らず置き去りにしてしまう状況には、「循環社会」や「CO2排出削減」といった言葉との乖離があった。

森に入って森を知るための道がない

「もっと自然環境と調和した林業がしたくて、まず最初に僕が感じたのは、どんな人でも森に入れるような構造になっていないことでした。森の中に入って森を知ったり、森から何かを見出すことが、物理的にも精神的にも不十分ではないかと。それは何故かというと、道がないからなんです。林業のための過酷な道はいっぱいついているけれど、普通の車で入っていけるものではなく、装備なしで近づけるものではない。林業者以外も、人が森の中に入って森を知ったり、森から何かを見出すことが必要なんじゃないかと思ったんです」

造林、間伐、丸太生産などのための伐採で森林に出入りする路網が必要になることは、先の切り捨て間伐の問題に直結している。この「森林作業道」と呼ばれる道は、林野庁(農林水産省)により作設指針が解説されていて、土質や傾斜を考慮して路線計画を行い、耐久性を持たせなければならない。しかし、利用実態や走行する林業機械がさまざまであるため一概に規程はないというものだ。一般車両を想定している「林道」とは異なる。

「人が入れないということは、森の中の多くのことに気付けない。そんな状況では森林資源を活用するアイディアは生まれないし、人が入らなければどんどんと孤立した世界になってしまう。それはもったいないと思うんです。問題や課題だけではなくて素敵なことが、もっとみんなが気づいていない奇跡のような自然の営みがいっぱい在るわけですから。

道は僕じゃなくても誰かが作れば森には入れるようになる。肝心なのは、適切に使われ、維持されていくことです。登山道やトレランで入るトレイルも、使われなかったら森に戻っていくし、使い方が悪かったら崩壊していく。荒廃も崩壊も人間側の観点ですが。理想は、単にトレイルを歩くだけじゃなくて、もう一歩丁寧に踏み入って欲しい。そのために僕は森の在り様を観察し、森の中での人の『営み』を考えて道に落とし込むことを重視しています」

効率を求めるがゆえにその森のキャパシティを超えた強すぎるマシンで大きく木々を伐り開いてしまったり、計画が未熟なまま目先の作業のためだけに作ってしまったりすると、そのバランスの悪さは明確にその後に悪影響をもたらす。しかし、そのバランスを保つことができたときには足立さんが目指す、森林がもともと持っている無理のない景色が生まれる。つまり安全であり、人が森に関わることのできる道だ。

最優先にすべきは、森が納得し、使う人が納得すること。足立さんの林業活動は、特にこの景色を変えない道つけの取り組みで異彩を放っている。

あなたの道が欲しい

林業者は、山主(所有者)の希望やコンセプトを受け取って答えるのが重要な仕事だ。それは時に収益だけを目的にする人もいれば、森林には公益的役割を持つと位置付ける人もいる。生物多様性や水源を確保し、地球温暖化を食い止め、さらに人々に安らぎを与えるといった役割だ。足立さんはまず山主の気持ちになって山を歩く。

「技術が優れているかといったら、50年以上経験を積む世代には到底及びません。ただ、僕には想いがあるんです。いろんな人と森の世界を共有しながら、もとある景色を大事に営んでいきたいというのが僕の初期衝動であり、それを追い求め続けています。

木だけではなく土の中の微生物さえ、森の中では気を配るべきキャストだと考えています。

そのうえで、僕たちは根を張り、背を伸ばした木々に近づきたくて道をつけるので、最後は木と相談になります。木を痛めず、根を痛めずにしようと探っていくと、ルートが導かれていく。Google Earthもコンタ図(等高線図)も徹底的に見ますが、それらに載らない道系を見つけたり、宇宙からは見えない熊の住処や鹿の群れ、水系を見つけるために現地をよく歩くんです。僕より森を歩いて道を作る人は他にいないんじゃないかな、そこだけは自信がありますね」

最近では山主の傾向も、山が好きな人や森に関心の高い人が増えつつあり「あなたの道が欲しい」、「いい道を作ってね」とまるで職人のように依頼を受けることもしばしば。道がつけば森林資源にアクセスして利用することが可能になる。それを少しでも無駄なく活用してほしいというのが、道つけ職人に留まらない〈outwoods〉の森林管理経営だ。

林業と循環社会

林野庁が打ち出す「森林資源の循環利用」というイメージ図は、まさに理想像が描かれている。植林、下刈り、間伐、主伐のサイクルで、収穫した木々が適材適所で使われるといったバランスの取れた状態が円を描いている(さらには、木々からO2が排出されて、CO2を吸収する矢印が示されている)。このひとつの図では説明し切れないほど林業の考え方は多様にあり、足立さんも多くの林業者と議論を重ねることがあるという。

「まとまった面積の皆伐については、全部切って、全部植え替えることのリスクと寂しさをみんなに知って欲しいんです。日本の木材産業を成り立たせるために必要なことはわかります。皆伐は、一塊の森を伐って他所から来た苗を所狭しと植え、収穫までにまた50年待たなければならないことを忘れてはいけない。その間に気候は変わり、人の価値観やお金の価値も社会の変化とともに様変わりします。当然、木の価値も変わっていくのです。森と土地のバランスを壊し、人の営みのサイクルを遥かに超えたタイムスパンで収穫を見込むその考えで、果たして本当の循環になるのだろうかと思うんです」

気をつけなければいけないことは、再造林に限らず、森林施業がどれだけその土地に適した形で行えるかということだ。一度すっかり伐り倒してしまえば、そこで暮らす人々の森との共存は失われてしまう。その土地に根付く生態系や、生活者のことを考えずに「循環」と言っていいのだろうか。そして何より、皆伐は高性能林業機械こそ活躍するが、多くの技術者(木こり)を必要としない作業だ。機械に代替できないひとにしかできない仕事を、工夫と苦労を重ねながら皆で楽しくやっていこうじゃないか、というのが林業の「持続可能性」にも視点をもつ足立さんの主張だ。

「本州ではもっと息のつまる仕事をされていると思います。山が急峻で道をつけるのもより難しく、所有者の細かい事情など、一筋縄ではいかない要素が多いでしょう。道をつけずに収穫する技術も復活させなきゃいけないし、道つけの技術を磨こうとする人もいて、日本の林業は色々大変だけど、面白い時代に入っていると思います。」

語り合えるようになること

拡大造林政策、輸入木材の自由化、林業従事者の減少、森林の放置……人々が、林業の実態や森林の抱える問題や課題の本質を理解できていないのにはさまざまな理由がある。そして今、何やら自分の街の裏にある自然に触れることで、若い世代も森や林業が気になり始めている。

「人は森のこと、自然のこと、地球環境のことを忘れすぎてしまった。だからまず思い出さなきゃいけないんですよ。

奥深い場所でなくていいので、歩いたり、走ったり、滑ったり、迷い込んだりして、森の中で過ごしてほしい。そして、ごく小さなことでいいから、森の中で今起こっていることと自分の生活の繋がりを見つけてほしい。その積み重ねの先に、みんなで語り合えるようになる森の共通言語が生まれ始めると思います。

また、自身の活動を振り返って、今これまでにない変化を感じているという。

「東北の震災とコロナの影響が大きいのではないかと僕は思っていますが、この二つの災害をきっかけに、人の興味関心やマインドが森林や環境に向いてきているように思います。特にSNSが有用性を発揮しています。積極的に受け取ってくれる若い方たちがいることを実感して、情報を発信する林業家が増えています。関心の高い学生がインスタグラムで情報収集する中で僕のところへ訪ねてきてくれたこともあります。コアな林業家ほど苦手で、10年前は情報を発信している人などほとんどいなかったし、孤独な中で辞めてしまう人たちも多かった。

足立さんが教えてくれたのは、森のことを知る機会は誰にでも身近にあるということ。明るい兆しが見え始めた今、みんなで語り合えるようになるまでの筋道をつけることが〈outwoods〉の新たなミッションだ。