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(写真 田辺信彦 / 文 海達亮弥)

海を泳ぎ、自転車をこぎ、そして走る-。三つの種目を一度に行い、その速さを競うエンデュランススポーツ、それがトライアスロンだ。世界で初めて正式競技として開催されたのが1974年。その歴史はまだまだ浅いといえるが、2000年のシドニーオリンピックで正式種目になった以降は国内でも競技人口が増え、現在は約35万人が取り組む。

さらに、トライアスロンはその距離でさらに種目が変わる。一つの指標となるのが「スタンダード・ディスタンス(オリンピック・ディスタンス)」。内訳は、スイム1.5km・バイク40km・ラン10km、合計51.5kmの距離で競い合う。「ロング・ディスタンス」と呼ばれるレースは、スイム4.0km・バイク120km・ラン30km、合計154kmの距離。さらに「アイアンマン・ディスタンス」のレースにもなると、スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km、合計なんと約226km(!)。

こんな距離を完走するなんて、まさに「鉄人」と呼ばれるのに相応しい。

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僕もトレイルランニングを趣味にしていることから、約100kmを1日程度かけて完走した経験もある。周囲の知人にも100マイラーはちらほらいるし、一介のアマチュアランナーながら、世界のトップクラスと勝負する凄い連中もいる。

けれども226kmである。しかも走るだけではない。何度もいうが、走る前に、泳いで、自転車に乗るのだ。「途方もなさすぎるでしょ」というのが本音で、トライアスロンの参加にもごくたまにお声がけしてもらうのだけど、避けてきたというのが実情だ。しかし、館山わかしおトライアスロンを運営するアスロニアの方からお誘いを受ける。

館山わかしおトライアスロン、出てみませんか?」

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僕は、この1〜2年トレイルランニングの大会では完走できていない。奥三河パワートレイルでは半分も届かず、先のUTMFでも100kmがやっと。その自分が泳いで、自転車をこいで、その後に走れるのか? いきなりのオリンピックディスタンスで?

しかし何事もエントリーしてしまえば、やるしかないものだ。レースへエントリーすることは、競技へのモチベーションを上げる強力なトリガーであることは理解している。期間が2ヶ月しかない中で、プロスイムコーチでもあるマスターズ水泳ギネス認定世界記録保持者の前田康輔さんに泳ぎの教えを乞い、通勤がてら慣れないロードバイクにも乗る。月間走行距離20kmに成り下がっていたランニングの練習量も増やす。ただ、正直全く不安は拭えない。それでもレースの日は必ずやって来る。

スタートは、レースの気力を削がれるほどの豪雨

レース開催日は、6月24日。まだ梅雨前線が覆いかぶさっていた千葉・館山は、救いようのないくらいのどしゃぶりの雨だった。エントリーしたのはonyourmarkの松田編集長、ロードバイクなら右に出るものはいない編集部員・小俣。そして自分である。初夏と言っても、雨が体を打つたびに体温が下がる。「なんでよりによってデビューがこんな日に」と天気を呪ったが、自然を相手にするスポーツにそんなことを思っても仕方ない。選手の条件は全て同じだ。慣れないウエットスーツに身体を押し込み、9時30分のスタートを待った。

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スタートはスイムスタート時のバトルを避けるため、ローリングスタート方式。初心者には安心してスイムには入れて嬉しい。事実このバトルによって、その後の競技に支障をきたすこともあるそうだ。そんなことは関係なく、自身の実力を鑑みてほぼ最後方からのスタートでエントリー。泳げる場所までランニングしていき一気にダイブ。しかし、雨のせいで視界は一面の茶色が広がる。海中など何も見えない。

「ウエットスーツは温かいし、海の塩分濃度もあって身体が浮くから楽だ」。

これは既に2度ほどトライアスロンを完走している松田編集長の言葉。まさにその通り、実際何もしなくても浮く。「案外いけるかもしれない」。もともと中学時代は水泳部だったこともあり、海で泳ぐこと自体は苦ではなかった。ほぼ一番後ろからのスタートだったが、1人、2人と抜いていく。

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しかし難しいのは、泳ぐ方向をなかなか定められないことだ。大きい波が来れば、二かきもしている間に、1mは横にずれる。ヘッドアップしないと、コースから大きく逸れる恐れもあり、その度に無駄な距離を泳ぐことになる。ジグザクと無駄な距離泳いでいる間に、気がつけばスイムパートは終わっていたものの1回目のトランジションが終わる頃には、予想以上に疲弊していた。

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バイクセクションは水の影響で予想以上の展開に

館山わかしおトライアスロンではバイク及びランニングパートでは、普段一般人は入ることを許可されていない海上自衛隊館山航空基地内を使用する。既にバイクコースでは、トライスーツに身を包み、トライアスロン仕様のエアロバイクにまたがった選手たちが基地内を疾走していた。皆一様に速い。

一方の僕はというと、完全に素人の出で立ち。ロードバイクの「ORBEA」こそ立派なもの(レンタル!)だが、ビンディングシューズはもちろん着用していないし、トライスーツなんてもってのほかだ。ノースリーブシャツと短パン、普段履いているランニングシューズを着用し、ゆっくりとロードバイクパートに向かう。

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コースは1周4.5kmを9周するという距離の割に、精神的に疲弊する構成。しかも、豪雨の影響で路面は最悪。ところどころにクランクコーナーがあり、そこ通るたびにスリッピーな路面が選手たちを脅かす。タイヤを水たまりに取られ、落車する選手がちらほら現れていた。僕は自身の力量をきっちり見定めていたので、終始安全運転。

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もちろん、代わりにロードバイクに乗り慣れた選手たちには、どんどん抜かれていく。小俣は得意のバイクパートで圧巻のライディングを披露。クランクコーナーもノーブレーキで果敢に攻める。気がつけば2周の周回遅れにされる有様だ。ウエーブスタートで、1時間遅れのスタートとなった松田編集長も残り2周に差し掛かるところで、軽快に追い抜かされてしまった。置いてきぼり感が否めなかったが、なんとか2回目のトランジションに移る。しかしバイクのスピード感が凄かったあまり、足をついただけでフラつく。これは想像以上にツライぞ。

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唯一、個人的に安心できるランパート。これが最後のセクションだ。とはいえ最後に待ち構える10kmの辛いことと言ったらない。この時点でタイムは2時間ジャスト。一応、目標タイムに掲げていた3時間切りはなんとか行けそうだ。しかし、スイム・バイクで使った体力は予想以上に自分自身を蝕んでいる。コースは10kmだが、こちらも2.5kmを4周する周回コース。足取りは重い。そして朝のスイム時とは打って変わって雨曇が流れていき、太陽が顔を出し始める。容赦なく照りつける太陽が路面の水を熱し、高気温・高湿度の悪条件となってきた。低体温なんてもってのほか、ボランティアがかけてくれるバケツの水が救いだ。

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一方ランパートの時点で、2周先行していた小俣は300kmのロングライドで痛めていた右膝がカセになっていたものの、5:00/kmを切る粘りの走りでゴール。タイムは2時間28分という、初レースでは圧巻のレース展開っぷりだ。そして遅れること20分、僕もようやくゴールテープを切ることになる。2時間51分の短くも、また長い旅はまた新たな経験を自分自身に与えてくれた。充実感が漂うが、疲労困憊ではない。まだやれる、という気力が残り、次へのモチベーションが高まるのもトライアスロンのポイントかもしれない。松田編集長も3人の中で唯一の経験者ということもあり、ランパートでは安定した走りで先行するランナーを捕まえていく。最後の周回ではさらにギアを上げて、結局2時間38分の好タイムで入線。

完走メダルを首にかけられ顔を上にあげると、スタートとは打って変わって青空が広がっていた。

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正直、普段走っていてそれなりに心肺機能を鍛え、カナヅチではない程度に泳いでいたらトライアスロンは完走できるだろう。ただ、これはまだ「鉄人」レースの氷山のほんの一角だ。さらに距離を伸ばし、“アイアンマン”の称号を得るためにはバランスのとれた長時間のトレーニングと、自身の身体と対話しながらレースを進めるマネジメント能力が必須だと感じた。自分に「鉄人」を名乗る日が来るかは定かではないけど、その一歩を知れた旅だった。

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館山わかしおトライアスロン
http://tate-tra.com/