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池辺陽といえば、1950年代の日本において「立体最小限住宅」を提唱し、機能性に富んだ都市住宅をいくつも生み出した、戦後を代表する建築家である。その池辺さんが1957年にVAN創業者である石津謙介さんのために設計したのが、“池辺作品No.38”と呼ばれるテラスハウス。「立体最小限住宅」のプロトタイプを住み継いできた、石津家の暮らしをご紹介しよう。

新宿区の閑静な一角にある築60年の一戸建て。この家には現在、石津謙介さんの長男で、ファッションディレクターとして長くメンズファッション界を牽引してきた石津祥介さんが妻と二人で暮らしている。

「この“No.38”は、『モダンリビング』というインテリア誌の企画によって生まれた実験住宅でした。『快適な住まいはいかにして作られるのか』という雑誌のコンセプトを体現すべく、編集部が建築家と住み手の仲立ちを行いながら住宅を作るというプロジェクトです」

完成した家は建坪15坪、当時流行し始めていた団地のサイズである。3層のスキップフロアという立体的な構成で、1階が食堂と庭、吹き抜けになっている2階には寝室とドアのないトイレ、そして屋上庭園。半地下にはキッチンと間仕切り壁を設けた小さな子供部屋3室が設けられており、そこに家族5人で暮らした。

「竣工当時、僕たち兄弟は大学生。小さいながらも自室を与えられたことが嬉しくてね。1950年代といえば、子どもは一室を共有するのが当たり前でしたから」

コンクリート打ちっ放しの外観は当時、よほど珍しかったのだろう。「とっくの昔に完成しているのに、いつになったらできるんですか?と近所の人によく聞かれました」と、祥介さん。




着替えるように、内装を変える
住み手のライフスタイルを映し出す家

謙介さんから祥介さん夫婦、さらにその子どもたち、そしてまた祥介さん夫婦へと、家族の中で受け継がれてきた“No.38”。住み手が変わるたび、それぞれの家族の形に合わせて大きく手を入れてきたゆえ、間取りは竣工当時から幾度も変わっている。1966年、つまり竣工から10年ほどで、建築家の宮脇壇・宮大工の田中文男という豪華コンビで増改築を行なっている。「夏は暑く、冬は寒くて暮らしにくかった」というコンクリートの躯体の家に断熱材を施し、住環境を向上。リビングで目を引く無垢板の壁面も、この時に田中さんに仕上げてもらったものだ。屋上庭園も早々に、謙介さんの書斎兼寝室に姿を変えた。



13年前、祥介さん夫婦がここに戻ってくるに際しても大改築を行なった。リビングと同じくらいの広さを占めていた庭の2/3をサンルームに変え、半地下は妻のための、寝室とミニキッチンを備えたプライベートスペースにリフォーム。現在も残っている竣工当時の意匠といえば、コンクリート打ちっ放しのモダンな外観と開放感のある吹き抜けの構造、ガラス窓を縁取るインダストリアルな雰囲気のアイアン製フレームくらい。

「池辺先生くらいの有名建築家が手がけた家となると、なるべく手を加えずに住むことが多いのかもしれませんが、僕たち家族はあまり気にせずにどんどん増改築していました。池辺先生自身、住宅の外側だけを作るから、なかの間取りは、住み手がライフスタイルの変化に応じてリフォームすればいいと思われていたようです。それが、この家が『ケース・スタディ・ハウス』とよばれるゆえん。住宅を自身の作品と捉える建築家とは全く異なるスタンスといえるでしょうね」

イームズ夫妻やピエール・コーニッグらが手がけた、アメリカ西海岸の「ケース・スタディ・ハウス」といえば、低コストで複製できる革新的なモダニズム住宅を次々に生み出した住宅建築プログラムである。日本の住宅事情がもっとも大きく変化した戦後間もない時代に、最小限のスペースで新しい暮らし方を模索した “No.38”も、日本の「ケース・スタディ・ハウス」と言えるだろう。



グリーンが添える、フレッシュな息吹
飛来する鳥を眺めるのも、この家の楽しみ

「いまは快適に暮らしている」という祥介さんだが、もう2、3年もすれば石津邸に新たなリフォームが必要になってくるかもしれない。

「僕たち夫婦にとって階段の上り下りやちょっとした段差が負担になったら、高齢者が住みやすいようにまた手を入れるかもしれません。この家にバリアフリーというエッセンスをどう加えるか、それもまた“No.38”に課せられた新たな試練なのでしょう。そこから代替わりして息子一家が住むようになれば、この家の趣はがらりと変わるでしょう。そうやって20年、30年とアップデートし続けてもらえたら嬉しい」

家とは結局、住み手のもの。それぞれのスペースの用途が定まらない、自由度の高い“箱”的な造りの“No.38”も、主寝室が和室になり、屋上庭園が書斎になり、中庭がサンルームに変わって……住み手の事情によって姿を変えながら、半世紀以上の時を重ねてきた。

「そうした家の変貌を見つめてきたのが、庭にあるねむの大木。60年を経て、この家のシンボルツリーであるねむの木も大木に育ちました。落葉するとメジロやスズメが飛んでくる様子を観察できてね。それが冬の楽しみになっていますね」

インテリアにグリーンを取り入れるという暮らし方は、日本ではVANが最初に提案したという事情もあり、祥介さん自身、生活には常にグリーンを添えている。幾度かの増改築を経てスペース自体は小さくなってしまったものの、ねむの木を中心に据えた庭は祥介さんのお気に入りの空間だ。新たにもうけたサンルームにも、中庭にあるのと同じねむの木をあしらい、サンルームと中庭がシームレスに繋がるようなインテリアを楽しんでいる。


気に入ったものとじっくり向き合う
ライフサイクリングを体現する家

ファッションもインテリアも、現代はライフサイクリング、つまり気に入ったものは自分の手を入れながら、長く愛用しようという時代である。祥介さんも気に入ったものは長く使いたい主義。例えばリビングにおいてあるアルフレックスのソファは、表地であるレザーを張り替え、長年使い続けている。住宅も同様だ。

「例えばヨーロッパの家って、住み手がどんどん変わって、その度に内装も新しくなっていくでしょう?住み手とともに成長して何百年も住み継がれていく、そういう価値観を日本で先取りした家だったと思っています」




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石津祥介

石津祥介

1935年、岡山県生まれ。大学卒業後、『Men's CLUB』編集部を経て、父・謙介氏が創業した「VAN」に参画し企画・経営に携わる・1965年に手がけた写真集『TAKE IVY』は一斉を風靡した。
www.ishizuoffice.com

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