東京の住宅街とはとても思えない
圧倒的なスケール感で展開されるエキゾティックガーデン
東京の閑静な住宅街の中に、突如現れる植物の楽園。とはいっても、ここは公園でも植物園でもない。個人宅の庭だ。まず、その圧倒的なスケール感に驚き、そして、少し植物に詳しい人なら、日本の気候で、エキゾチックな植物たちがこのクオリティで維持されていることに唖然とするはずだ。
この家の主は、医師でありながら、ブロメリア分類学者の顔も持ち、日本ブロメリア協会の会長も務める植物のエキスパート、滝沢弘之氏。これらはすべて、彼自身でランドスケープのデザインを決め、自らの手で植栽されている。
「アルゼンチンから東京港へやってきたキワタは、この樹が史上初だと検疫担当官から言われました。キワタ自体は、日本の沖縄などでもよく植栽されているのですが、耐寒性が低く、関東での屋外栽培にはまったく耐えられません。おそらく伊豆半島でも難しいでしょう。そこで綿密な調査を行い、アルゼンチン南部の降雪地帯に自生していたキワタを見つけ、輸入することにしたのです。圧倒的なサイズのため、25tのラフタークレーンという超大型車で吊り込みました。警察署に申請して道路の使用許可を取り、それに伴う交通整備員も必要になりましたから、大掛かりな作業になりましたね」
ダイナミックな高低差がつけられ、岩や流木を巧みに使って植栽された景色は、リビングからも存分に楽しめるよう計算されている。場所によっては3m近い高低差があり、雨で土壌が流出しないよう、岩組みの間には植物が丁寧に植え込まれていた。また、鋭い棘のある荒々しいキワタの木肌も間近に。天気の良い日は、リビングの前にラタンの椅子を出し、そこでキワタをしみじみと眺めるのが至福の時だと語る。
彼のランドスケーピングの大きなポイントは、ほぼすべての作業を自ら行うことだ。ラフタークレーンなどの重機の力を借りることはあっても、インカムですべての指示出しを行い、必ず自らの手で植え込んでいる。植え込む場所も計算しつくされており、キワタは自宅の建物に沿う場所に植えることで、北風をカット。後ろにはリビングがあり、そこからの輻射熱までも考慮されていた。また、このキワタだけでなく、通常は枝分かれしないココスヤシが、見事な枝分かれを見せていたり、実生選抜から40年以上かけて栽培された黄斑ソテツがあったりと、見どころを挙げだしたらキリがない庭だ。そして、その庭に面する自邸も、植物のためのこだわりが詰まった家だった。
「世界有数規模のブロメリア農場を経営する友人のデニス・カスカート氏から『ヒロ、その土地の植物のことを知りたいのなら、植物だけでなく、その土地の人や文化もすべて好きになるといい』と言われたことがとても印象に残っていて。私は幾度となく自生地調査のために中南米に足を運んだ経験から、独特の質感であったり、色使いを持つ“メキシコの建築文化”に強く惹かれていました。 そこで、家はメキシコの建築にスペインの様式が融合したスパニッシュ・メキシカンスタイルにしようと決めたのです。それからは中南米で好みの建築物に出合う度に、必ず写真を撮ってスクラップブック式に溜め込んでいきました。それらを参考に建てられたのが、この“石と鉄と木の家”です」
家の2階には、貴重なブロメリアが栽培される温室が組み込まれている。本格的に熱帯植物を栽培する人が自宅に温室を持つこと自体は珍しいことではないが、その多くは庭などに別棟として建てる。ところが滝沢氏の家は、自邸の一部、しかも、最も日当たりの良い場所に温室が組み込まれているのだ。
「住宅がひしめく東京という場所柄、1階に温室を配置すると十分な日照が得られないことが多いですよね。ですから、2階の南側に温室を配置しました。なにより植物が優先です。これによって、通風も日照も十分に確保できます。また、私は育成環境を把握する事が、栽培の秘訣であり基本だと思っているので、温室にはできるだけ多く足を運びたいのです。しかし、私は医師という多忙な職業のため、自宅と温室が離れてしまうと足を運ぶことが難しくなってしまうので、家の中に温室を組み込むのは必然でした。出勤の際に通る寝室からガレージへの動線の途中に温室を配置することで、朝晩と温室へ必ず立ち寄るルーティーンを実現できたのです。こうした特殊な要望が多かったため、部屋の配置図はすべて自分でデザインを手がけました」
この温室は、世界でも栽培下ではここにしかないという希少な株が集まる“ティランジアの聖地”と呼ばれる場所でもある。
希少種の集まる『ティランジアの聖地』。 Tillandsia ‘Solar Glow’ (左)は、2015年に滝沢氏が国際品種登録したもの。 鮮やかな斑が葉の中央部分に広く入り、世界中のティランジア愛好家から普及を熱望されている。
ダークバイオレットに発色するホヘンベルギアの未記載種(左)や、栽培がとても困難なことで知られるギアナ高地のナヴィア(右)など、レアな植物がひしめいている。
「海外の第一線の研究者とのお付き合いは、20年以上前から続いていますから、今ではとても強いコネクションとなっているんです。コメントを求められて、新種記載段階の植物が送られてくることが毎年のようにあるものですから、維持管理は責任重大なんですよね。そのため、温度センサーによる窓の自動開閉装置、遮光カーテンの自動開閉に加えて、 台風などの強風時には、風速計に繋がるセンサーで窓を自動的に締め切る仕組みにするなど、温室の設備には万全を期しています。温室内の温度や湿度も、ワイヤレスモニターでリアルタイムに、どこからでも確認できますし。 機械に任せられるところは、しっかり機械に任せて私にしか出来ないことを自分でする、そんな機械と私の分業体制ですね」
植物が最高の環境で人と共生できる家の、究極の形のひとつがここにあった。