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6月19日、ちょうどワールドカップの日本対コロンビア戦があるので、サッカー観戦をしてから取材を行うという彼の提案のもと、〈Kabi〉の二人と一緒に聡さんが手がける〈JahIzakaya〉に集合となった。ご存知の通り、2対1という劇的な勝利。その余韻に浸りながら聡さんのアトリエまで歩いて向かう。約20分ほど歩いた道中では、コペンハーゲンの街としての変遷や、白人しか住まないエリアで育った井上兄弟の出自について話してくれた。「当時コペンハーゲンではアジア人は少なく、差別を受けることもあった。その悲しみや葛藤と戦い続けてきたことで俺たち兄弟はぶれることのない芯を持つことができた」。その言葉が胸に残る。

アトリエに着くと、聡さんの奥さんと子どもたちが出迎えてくれる。そしてコペンハーゲンでは伝説的な料理人と名高いアランがホームパーティの準備をしてくれていた。このアランは〈Kadeau〉のニコライも絶大な信頼を置く人物だという。豚のロースト、殻ごとついた海老のソテー、焼きたてのパン、〈Kabi〉が手土産に持ってきたアンドレアス・ツェッペのソーヴィニヨン・ブランとアランが持参したデザート。至福の時間ののち、聡さんはアトリエの2階に我々を招いて話をしてくれた。

「ファッションの力で世界を変える」という標語を持つ井上兄弟は、ビジネスのやり方やデザインの力で社会に深くコミットしていくという“ソーシャルデザイン”のムーブメントに影響を強く受けた。「もともと俺はグラフィックデザイナーで、弟はヘアスタイリストだったからファッションというものを知らなかったんだけど、2002年頃にデザインを通じて社会貢献するという”ソーシャルデザイン”というものに出合った。デンマーク家具に象徴されるような、デザインとライフスタイルの密接な関係性、”人のためのデザイン”というのは本当に素晴らしいと思った。そして2004年に〈The Inoue Brothers〉を立ち上げたんだ。それから間もなくして、アンデス地方、ペルーのプノと呼ばれる高地でアルパカに出合った。これが俺らの人生を変えたんだ」アンデスに住む人々はアルパカを飼い、ウールを織り出すことで生計を立てる。純度の高い毛、丁寧な飼育、高い技術をもって生産されるニットだが、その生産力に反比例する形でそこで暮らす人々は貧困だった。標高4,000m以上の高地に住むこともあり、政府や企業から見放されたように支援や保護を受けることができないという。そんな環境ですら手を一切抜かない彼らの真摯な仕事のやり方に感銘を受けたのが井上兄弟だ。生産者と直接取引きをすることで無駄を省き、売り上げからより多くを還元できるように、アンデスに住む人々に寄り添う形でニットウェアブランドとしての根幹を築き上げた。

「もちろんブランドを始めてからは失敗の連続。具体例をあげたらキリがないから出版した本『僕たちはファッションの力で世界を変える』を読んでみて(笑)。今日ここにいるアランは、カリブ海に沈む海賊の船からラム酒をサベージしてそれを飲むような奴で、彼からはいつも影響を受けている。若いデンマーク人でアランの顔をタトゥーにして入れた奴も何人もいる。そのくらいインスピレーションを人に与える奴なんだ。その代わり何度も失敗をしてきているし、破産も経験している。よくファッションの学校から若い子に向けたトークイベントに来てほしいと言われるんだけど、言うべきことはたった一つで『失敗を恐れるな』っていうこと。いまの若い人は会社を立ち上げるにしてもブランドを始めるにしても、失敗することを何よりも恐れるけど、それを乗り越えないと見えないビジネススタイルがある。失敗をしてきたからこそ、失敗を恐れないし、新しいチャレンジができる。何より辛い経験や思いをすれば同じ思いを持った人たちと助け合えるし、その人たちのためになにかできることはないかと考える。ソーシャルをデザインするというのはこういうところにも繋がってくる」ぶれない哲学と人に対する根本的な愛を持つこと、これがコペンハーゲンに生きる人たちの”個の強さ”の象徴であることを聡さんから教わった気がした。


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The Inoue Brothers
デンマーク・コペンハーゲン生まれの日本人兄弟、井上聡(さとる)と清史(きよし) によって2004年に設立されたブランド。日本の繊細さ、北欧のシンプルさという2つのアイデンティティを持ってプロダクトに愛のあるデザインを落とし込む。

https://theinouebrothers.net/