〈コンビニエンスストア髙橋〉の魅力をひとことで表現するのは難しい。第一にとびきりおいしいパンがあり、野菜の瑞々しいデリプレートやナチュールワインも味わえる。かと思えば、まな板のような生活雑貨や洋服も置いている。確かに“コンビニ”と表現するしかないが、それは既成概念にとらわれた従来のコンビニではない。菌がパンを発酵させるように、お店自体も人の力で発酵して味わいが深くなる、画一性とは無縁の個性の塊のようなコンビニなのだ。
この〈コンビニエンスストア髙橋〉を妻のネイトさんと共に営んでいるのが、髙橋諒自さん。サーフィンのために訪れたオーストラリアでパン作りに目覚め、沖縄にある天然酵母のベーグルショップ〈カクタス・イートリップ〉や、鎌倉農協連即売所、通称レンバイの中にある〈パラダイスアレイ・ブレッドカンパニー〉で経験を積んだ。自然の酵母や麹などの菌を用いて、できるだけ機械に頼らないで作る髙橋さんのパンは、季節の移ろいや菌の力をダイレクトに感じることができる、生きているパンだ。
無菌じゃないコンビニを
ーコンビニエンスストアというコンセプトはどこからきたんですか?
きっと僕一人だったらパン屋になっていたと思うんですけど、料理をする妻と彼女の実家近くで一緒にやるということだし、別に「なんとかベーカリー」をやりたいわけじゃないよねって。
元々、自分は“これだ”みたいな武器が欲しかったんです。オーストラリアのレストランで働いていたんですけど、パンを焼いてる人ってあまりいなかったんですよ。コーヒーをやってる人はたくさんいた。バリスタはめちゃめちゃいて、料理人もみんな気合い入れてやっていて、そこに自分が入っていくのは必要なことかな?って思った。
料理人でもパンだけは無理みたいな人は結構いるんで、自分がパンを焼いて一緒にコラボレーションしたりできたらいいなと思って。そういういろんな要素が合わさって、僕はパンで行こうと思った。面白いものを作ってる人はたくさんいるし、コラボしたいっていうのが色々重なって、コンビニになっていった。
コンセプトはコンビニなので、いろんな人にはまってくれたらいいなと思っています。食事系で毎日買ってくれるのもいいし、ちょっと甘い感じでおやつに食べてもらったり、子どもにはドーナツの反応が結構いいので、そういうのもいいなと思って。僕一人で本当に何も気にしないでやってたら石窯作って、渋いパンだけ焼いてとなりますけど、せっかく妻がこの辺出身なので。逆らわないようにというか、どこでも楽しめた方がいいなと思ってるので。
あとは、コンビニってみんなの生活を支えてるじゃないですか。支えているけど便利すぎて、内容的に深くないというか。それこそ無菌の状態。それに対してうちみたいなコンビニが広がったら結構面白いことになっていくかなって気持ちも込めて。パンは手作りで酵母菌や麹菌が入ってて。物販も基本的には、身の回りの人が作ってるもの、顔の見える範囲のものを置けたらいいなと思ってます。
ーコンビニを謳うには物販も必要な要素なんですね。
まだ、ただのパン屋っていわれるので、それをいわれると悔しい(笑)。
ー内装も開業して2年に満たないのにすごく馴染んでいますね。
内装は妻のお父さんが施工してくれました。僕もインテリア系の設計をやってたことがあって、じゃ図面描けるじゃんっていって。カウンターもお父さんが型枠作ってコンクリートで作ってくれました。
機械を使わないから感覚が研ぎ澄まされていく
ーパンをやろうと思ったのはオーストラリアにいた頃なんですか?
最初は完全にサーフィンをしたくてオーストラリアに行ったんです。いろんな仕事をしたんですけど、結局レストランの仕事につく人が多くて、それで皿洗いとかから始まるんですよ。皿洗うんだったらベジタリアンレストランがいいなと思って。
ーギトギトしないから?(笑)
そうですね(笑)。ベジタリアンレストランで探してたら、バイロンベイという街にすごく美味しいとこを見つけて2〜3年くらい居ました。まだ向こうにはたくさん友達がいます。サーファーとアーティストと料理人の街っていわれていて、レストランが終わったらすぐ海に行くみたいな。そしたら友達がもう入ってるとか(笑)。
そのレストランにスパイスや小麦粉とかを全部常温で置いている部屋があった。そこのものだけで作れるパンっていいなと思って、自然のものを使って自分で作ったらすごく楽しかったんですよね。自分でレーズン酵母とかを作って発酵させて、「本当にパンって膨らむんだ!」って。その辺で一気にハマって、自分で酵母を起こしながらやっていきました。
でもパン屋って結構機械を使うんですよ。石窯でやってる人もいるから、偉そうなこといえないですけどあんまり機械を使いたくないなと思って。だから温度管理する機械は使わず全部常温で管理し、手で捏ねて作っています。
日本に帰ってきてから働いていた沖縄のベーグル屋さんが、そういうやり方をやっていました。生地を捏ねて、涼しそうなところに置いて帰る。床とかコンクリートの上がやっぱり冷たいのでそういうのを活用したり。その感じもすごいハマって。
ー機械で正確にやれってなったらただのルーティーンになっちゃいますもんね。
そうですね、だからやっぱりその分みんな感覚がすごくいいというか。研ぎ澄まされてて、それでカバーしてる。ここでも冬場オーブンの近くに生地を置いて帰ったり、夏場はクーラーボックスに入れて保冷剤入れて、朝きたらちょっと涼しい部屋になってるところに寝かしたり、結構うまくいくような気がしてます。
ーパン触ってるだけで幸せになりそうですね。
パンは楽しいです。市販のイースト菌などは使ってなくて、全部自分で発酵した菌。これが最高に楽しいですね。やっぱ酵母によって膨らみ方も変わってくるので、何種類か酵母を使って。今日の酵母は元気がよくて空洞が大きいですね。人によって好みはありますけど、僕はこういうパンは好きですね。
ー先日取材した世田谷のシチリアンピザのお店〈HOME COMING VEGAN SICILIAN PIZZA〉のキャサリンさんは、ニューヨークから酵母を乾燥させて持ってきたっていってました。
いいですね、そういうの大好きです(笑)。今度、山にもこの酵母を持って行こうかなって思ってます。浮遊菌ってあるじゃないですか、そのせいでパン屋によって味も変わるし、だから酵母に色んな経験をさせるみたいな、そういうのは常に考えていますね。そんなに味がバシッと変わるわけではないと思うんですけど、でも元気にはなるんじゃないかな。その辺は修行した〈パラダイスアレイ・ブレッドカンパニー〉の勝見淳平さんの考え方の影響を受けています。色んな酵母を混ぜて、経験させるっていう。
酵母を連れて山へ
後日、髙橋さんが酵母を連れて山へ行くというので同行させていただいた。奥多摩の御嶽山を案内してくれたのは都内のイタリアンレストランのシェフの新井直之さん。それにカフェで働く友人の面々も加わった。
このメンバーは以前、〈Ome Farm〉に見学に行った帰りに登山の話で盛り上がって、今回の集まりにつながったそうだ。新井さん自身も埼玉で畑と養鶏を行い、生産の現場を感じながら料理に取り組んでいる。そうしたところが髙橋さんと呼応するのかもしれない。
「今回は個人的には山登りというより、良い菌を集めに行ったという感じでしたね。海よりも山の方がたくさんの菌を感じることができて、すごく満足しています。今後慣れたらもう少しレベルの高い山にも行けたらなという気持ちです。酵母はすごく元気でパンを焼くのが楽しみです」と髙橋さんは今回の感想を伝えてくれた。
2020年11月に開業した〈コンビニエンスストア髙橋〉だが、髙橋さんは飲食業が厳しい中でのオープンでも悲観的にはならなかったという。ウィルスという目に見えないものに世間の関心が集まっている時期だからこそ、日頃から目に見えない菌を相手に試行錯誤を繰り返すパン作りも理解してもらいやすいと考えたのだ。髙橋さんの酵母は愛情を受けながら旅をして強くなり、その目に見えない世界の魅力を発信し続ける。