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COOK&RUNの企画を立てる中で真っ先に候補に上がったのが渋谷区神山町のレストラン〈pignon(ピニョン)〉のオーナーシェフ吉川倫平さんだ。mark編集部のある宇田川町に近く、歓送迎会でもお世話になったこともある〈pignon〉の料理は、フレンチベースながら北アフリカや南米の香りもして、身体にスパイスが行き渡って元気になる。ある日、そのオーナーシェフの吉川さんが走っている姿を編集部員が見かけた。サーフィンもやっているらしい。厨房でその研ぎ澄まされた存在感を発揮するシェフが日常的に身体を動かしているというなら取材をお願いしない手はない。さっそく声をかけると人生における料理とスポーツの意義について語ってくれた。

旅するために料理を作ってきた

– まず〈Pignon(ピニョン)〉はどんなお店ですか?

僕はフランス料理をずっとやってきたんでベースはフレンチと言ってるんですけど、旅がすごく好きで、色々巡っている間に食事に限らずその土地の文化に影響を受けていきました。いろんなフィルターを通して料理がだんだん変化していって、最終的にすごく大好きだったモロッコや南米、そういうものに影響されてスパイスやハーブを使う料理が増えていった。もはやフランス料理屋ではないのかもしれないなっていう感じはしますね(笑)。旅に行く度にいろんなものに影響され、それが時間と共に練れて落ち着いてきたかなと感じてます。だからシンプルなものからスパイスを使ったものまで、いろんなものがありますよ。

– 旅をする度に料理が変遷してきたんですか?

そうですね、もう旅をするためにやっているみたいなところもある。だから始めた頃は夏は1ヶ月休んで旅に行ったりしてましたけど、ちょっと流石に途中で休みすぎだなって思って(笑)。夏は2週間くらいに減らして、でも冬はいまだに3週間休みます。

– 少し遡りますが、一番最初の料理の記憶はありますか?

今でも生きてる料理の一つでいうと、セビーチェという料理です。ペルーでもメキシコでも南米に行くと大体どこにでもある、いわゆる魚介類のマリネです。ほんとうにシンプルにレモンだけぎゅっと絞って、あとはちょっと野菜とっていうシンプルな料理なんです。

大学の頃にアメリカ留学していて、メキシコ人のサッカーチームに入ったんですよ。その時に一緒だったメキシコ人が、美味しいメキシカンがあるから一緒に行こうよって誘ってくれた。そこで最初に食べたのがセビーチェ。冷製のエビとか魚が入っててスープにダシも効いていてとにかく美味しいな!って。その時は名前もわからなかったんですけど、料理を始めた時に「そういえば」と思い出した。あの料理ってなんだったんだろう、あれを作りたいなと思っていろいろ調べてもわからない。でもある日メキシコを旅した時にレストランで同じものが出てきて、それにセビーチェって書いてあった。これがセビーチェなんだ!って、それで夏になるとセビーチェが〈pignon〉のメニューに載るようになりました。


自家製メルゲーズ(羊のソーセージ)アリッサ添え


エゾ鹿の炭火グリル 菊芋のピュレ

身体を動かして後悔することはない

– 一日のルーティンを教えてください。

サーフィンに行く時は夏場は朝イチ3時には家を出ます。それでサーフィンを3時間くらいして、帰ってきて仕込みをして夜まで働く。サーフィンに行かない時はランニング。犬がいるんで散歩してランニングをして、買い出しがある時は出かけてという感じですね。それでお店に来て仕込むっていう。僕はほとんどお店にいますからね(笑)。

– ランニングとサーフィン、どちらを先に始めたんですか?

ランニングはもうずっとやってたんです。20代の頃もずっとランニングはしていた。長距離は得意で校内の長距離新記録を出すことができて、それで多分自信がついたんですね。得意って意識があったんでやめずに走っていた。結婚したパートナーがすごく走るので、頻度は上がりました。一回で走るのは30〜40分で6〜7キロくらいかな。ライフスタイルの一つで、身体を動かしていることが好きなんで、別にコンペティションに出ようというのはないんですよ。

– 競争と思ってやっていないと。サーフィンはどんなきっかけで始められたんですか?

サーフィンはずっとやりたくて、でも始めたのは30過ぎてから。そのうちにサーフィンの仲間ができて、〈三宿第一サーフィン部〉っていう部活にしたんです。その頃三宿に住んでる仲間が多くて、一人ちょっとセミプロっぽい人がいて、彼がいろいろ中心になって監督になって僕らもその部員として始めて、それが今でも続いてます。みんな僕より年上のおじさんたちですけど(笑)。

– サーフィンとランニング、身体を動かすことに共通点はありますか?

身体を動かすって意味では一緒です。マインドセットの時間なんです。飲食店をやっていて忙しいと、もうフル稼働で興奮し切った状態なんですよ。なかなかクールダウンできないし、そうすると身体がどっさり疲れるんです。疲れてるのにまだ動かすの?って話なんですけど、そこから身体を動かすとマインドがすごくクリアになって、心も平穏になる。なんで動かしたくなるかって考えるとやっぱマインドセットだし、頭をクリアにするためだし、メディテーションみたいなこと。特にサーフィンの場合はそういう要素が強いですね。

だから夜中1時に終わっても朝3時に起きてサーフィンに行く。ランニングもそうですね、走らないと罪悪感を感じるというか、走れなかったらちょっと後悔したりとか。

– 逆に走って後悔することはないですよね。

走ったら後悔しないですし、サーフィンも行ったら後悔しない。行かなかったら後悔するんですよやっぱり。だから続けていくとそういうマインドになってきます。体調が悪い時でも身体を動かすと治るんですよ。ちょっと風邪っぽいなって時もサーフィンに行って、帰ってくるときには完全に治ってる。本当に不思議です。だから僕はサーフィンに行くことを病院に行くって言ってます(笑)。明日病院に行ってきますみたいな。

サーフィンに教わった料理への姿勢

– 吉川さんの場合は料理は仕事でもあるから、身体を動かすことと料理を作ることって今の話だとちょっと対照的になるんですけど、似てるところや関連性を見つけるのは難しいですか?

ちょっと違うかもしれないですけど、例えばサーフィンは自然に対するスポーツなんで、自然に逆らったらうまく行かない。波に合わせなきゃいけないし、大きい時も小さい時もあるんで、その波に対して自分が合わせて乗っていくテクニックを身に付けなきゃいけない。リスペクトを持ちながらやらないと絶対にうまく行かないんですよ。この波を制してやるっていう精神でやると絶対うまくいかないんで。

それは料理も同じで、素材に対してこっちが征服するっていう気持ちでやったら絶対上手く行かない。こっちのエゴが強くなり過ぎて。素材を生かすというマインドにならないと絶対にいいものはできていかない。だからそこはすごく共通してる部分ですね。これはサーフィンを始めて学んだみたいなところがあります。それまではもうちょっとこうしてやろうああしてやろうみたいな、エゴ乗りまくりでした(笑)。

– 波とサーフィン=素材と料理という部分はすごく面白いなと思いました。
今後ライフスタイルをこうしていきたいみたいなことってありますか?

レストランとサーフィンとを両立させたくて、そういう環境をずっと探しているんです。日本だとなかなか難しい。例えば鎌倉はあり得るかもしれないですけど、実は波があんまりないんですよ。レストランとしては成り立つかもしれないけど。以前、LAでサーフィンをした時に「絶対ここじゃん」って思ったんです。波はいいし、レストランビジネスはいいし、食材はいいし、オーガニック文化は進んでる。実は具体的な出店のチャンスがあったんですが、コロナもあってその話は流れちゃったんです。だけどその夢は捨てきれず。次のターゲットはバスク地方のフランス側にあるビヤリッツがいいと思っていて、リサーチも兼ねて旅に行こうと考えてます。

– じゃあ、よりスポーツと仕事と食が融合していくような。

ランニングができる暖かいところで、食材があって、海もあって、レストランができてサーフィンもできるっていう環境を整えたいなって思ってます。料理とスポーツって本当に人生の2大柱なんで、それがピッタリ合った今回の取材は嬉しかったですよ。

Pignon
東京都渋谷区神山町16-3
03-3468-2331
営業時間 18:30~22:30(L.O)
定休日 日曜・祝日