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3月上旬、まだ冷たい風が吹く季節に訪れた埼玉県小川町。先進的な農を志す人の多いこの町で二組の農家さんと引き合わせてくれたのは、KIKI WINE CLUBの発起人である新井Lai政廣さんだ。少しぐるっと畑を見学するだけだろうと思っていたのだが、気づけばとても長居をしてしまっていた。野菜や畑への熱量と、それぞれの農への視点が次々と彼らの口から語られる。一ヶ月後、再び〈横田農場〉〈SOU FARM〉の畑を訪れ、「土と菌」をテーマに話を伺った。

都内のアパレル勤務を経て、農家へと転身した柳田大地さん。現在、妻の彩子さん、娘2人の家族4人で小川町で暮らしている。畑を耕さない「不耕起農法」によって栽培された〈SOU FARM〉の野菜は、飲食店への卸しや都内への出張販売、通信販売などで届けられる。土に寄り添い、そこにある植物や生き物と対話しながら今日も柳田さんは畑と向き合っている。

蓄積されていく経験が、畑の財産になる

ー今回は「土」がキーテーマなんですが、柳田さんにとって土ってどんな存在ですか?

「畑の土の中にはたくさんの生き物が暮らしています。微生物、ミミズ、ハタネズミ、もぐら……。彼らの通った道というか穴が土の中にはあります。野菜も、子孫を残して役目を終えると地上部が枯れて、そのうち根も朽ちていく。でも根が張った跡っていうのは、根の組織が分解されても残ります。そういう無数の穴や通り道が畑の水捌けをよくしたり、空気の通り道になっていたりするんです。そうやってできた土の環境は、これからここで生きていく植物へ残した道標、財産だと思っています。畑はそういう営みが積み重ねられていく場所だから、僕はそれをなるべく崩さず、最低限の手助けをしながら野菜を育てています」

ーただ不耕起栽培で野菜を育てているというだけでなく、野菜の周りに生えてくる“雑草”と呼ばれる草花の存在もこの畑では大切なんですね。

「育てている野菜とその周りに自然と生えてくる草花には、もともと優劣なんてなくて、ただそこで自分たちの生命をまっとうしている等しい存在。人間が自分たちの価値観で有益、無益を判断してしまうと、その周りに生えてくる草は『雑草』と呼ばれて、一括りに敵とみなされてしまうんです。でもこの草だって、スイスチャードに意地悪しようと生えてきたわけじゃない。この草なりにここに生えてきた意味があると思うんです。その事実を尊重しながら、それぞれが居心地がいい空間になるように、僕は最低限の手を加えるだけ。僕自身もこの植物たちと対等なんです」

ー管理ではなく、植物と同じ目線に立っている。具体的にはどんな手入れをされているんですか?

「やらなければいけないことは、ここを人間がみて綺麗な状態にすることじゃなくて、ここにいる野菜にとって快適な状態を作ってあげること。だから全部無くしてしまって耕す必要は全くないと思っています。『ここの草はこれからどんどん大きくなってしまうので、スイスチャードが日陰になってしまうから刈っておこう』『この草は地を張っていくように伸びるから、乾燥を防ぐためにこのままにしておこう』とか。土を触ってみて湿りすぎていれば、離してあげたりとか。触れながら瞬時にメッセージを感じ取って、次々って考えてやっている。ただ単純作業の繰り返しじゃなくて。それぞれの最適な状態をイメージしています」

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ーその他の草花の名前や特徴をどんどん覚えていきそうですね。

「記憶として蓄積されていきますね。『あの畑でこの野菜を育てていたときに、この草たくさん生えてきていたな』って。その時その野菜が、どうなったかっていう結果も。横にこの植物が生えてきているのは、何らかの意図があって、野菜とその周囲の植物の関係がメッセージ。その情報が畑を理解するヒントになると思っています」

ー何かノートや記録などを取っているんですか?

「別段記録はとっていなくて、すべて感覚ですね。生き物であることを大切にしたいなと思っているので。印象的なものは記憶に残るし、そういうインパクトを大事にしたい。直感的にいろんなことを感じて、次に活かしていきたいんです。日々いろんなことを吸収してるから、半年前と言ってることぜんぜん違うじゃんっていうこともあります(笑)今の畑の状態を楽しみながら、このフィールドの中で自分が何ができるかなって考えています」

「『土』もどこからか流れてやってくるものではなくて、生命が造り出したもの。現に微生物が有機物を分解して、土ができています。現代の農業ではどんどん耕運したり、人間都合で管理するようになっています。表土侵食も進んで、ひどいところだと砂漠化する。でもこの土って、当たり前にあるものじゃなくて、僕たち人間にとっても財産だと思うんですね。そう考えるとやっぱり大切に扱いたい」

僕とスイスチャードの対等な関係

ー現在の畑で野菜をつくり始めて二度目の春を迎えたとのことですが、変化はありましたか?

「変化というか、やっぱり気付きがとても多いです。同じ畝でも、一歩分隣にずれるとまったく別の世界。次から次へといろんなことを教えてくれるから、そのすべての経験が、僕の農家としての自信にも繋がっているなと思います。今ちょうど農家を始めて、1年と半年くらいですね」

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「種を採ることについても、当たり前のことだと思って始めていたけれど、最近その意味を改めて考えています。僕が秋から育ててきたスイスチャードが、今もうすぐ種をつけようとしています。そして今年の秋に蒔く予定のその種は、もうそのスイスチャードと別の子とは思えないわけですよ。積み重ねられているものを感じて、僕はまた同じスイスチャードを育てているって感覚になるんです。種が小川町の気候風土に馴染んでいくっていう意味合いもあるけど、何よりも僕自身に馴染んでいくと思っていて。僕をちゃんと記憶してくれている。そこからはもう概念としての“スイスチャード”ではなく、“僕のスイスチャード”になる」

ーすごく愛情を注がれている。

「こういうタフな環境で野菜たちは育ってくれているので、一般的にイメージされるキレイな見た目の野菜ではないかもしれない。だから僕はどんな人にも『美味しいお野菜ですよ』とは言わない、言いたくないんですね。美味しいって人それぞれの価値観だし、僕から言えることではない。でも自信をもって言えるのは『逞しく生きたお野菜ですよ』ということ。土と僕が育んだ生命をどのようにいただくかは、人間側の問題です。でもそれが料理の楽しみの本質でもあると思うんですよね、甘くて美味しい野菜を買って調理することだけが“美味しい”じゃない。どういうふうに生きたかを感じられる野菜を、どういう風にいただくのかを大切にしながら、届けていきたいなと思います」

土のバロメーターになる“その他の草花”

ー畝ごとにいろんな種類の野菜を植えられていますが、どこに何を植えるかどういう基準で決めているんですか?

「土の状態は、周りに生えている草花を見て判断することが多いです。多いというよりは、そこでしか判断できない。人間が触って感じる硬い、柔らかいという感覚と、植物の感覚は同じじゃないと思うんですよね。物質的に感じ取れるものではなくて、ある植物がここに生えてきている事実。ではこの植物はこれまでどんな場所に生えてきたんだろうって考える。そこから土のコンディションを読み取って、じゃあ今年はこの畝にこの野菜を育ててみようっていうふうに決めます」

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ーすごく大切なバロメーターですね。

「そのレタスが植えられている畝も、草の整理はしているんですよ。普通の人から見ると、雑草だらけじゃんって思うかもしれないんですけど(笑)でも僕的にはとてもいい状態。レタスの成長の妨げにならない草はそのままにしている。多分仲良しなんだと思うんですよね。レタスが嬉しいであろう環境に導いてあげることが大事なんじゃないかな。決して放任ではなく、適切な手は加えていきたいと思っています。ただその“適切さ”を判断するのは、僕(人間)の感覚ではなく、野菜の心地よさをイメージしていけたらなっていうこと。 なぜなら、僕たちが野菜として食べている植物は、人間の生活に身近になっていく過程で人の手を借りて育つことを選択した種だからです。もともとその辺に自由に生えていたけど、どこかのタイミングで、畑で育つことを選択した。その意思を尊重して、適切な関係で人が手をかけることも大事。野菜と生きる場所を共有しているんです」

ー野菜と人間と、草と生き物。みんな共生しているんですね。

「例えばアブラナ科とキク科は、お互いの生育を助ける働きがあります。アブラナ科を好む虫を避ける働きがあるので。レタスの畝の真ん中にはラディッシュが植わっている。この畝の環境ができるだけ多様になるように、植えています」

ーこれは麦ですか?

「ムラサキモチ麦ですね。育ち方に差があるので、そういう結果からも土の状態が見えてくる。どうしても結果を早く求めがちですけど、自然環境のペースがあるので。そういうところから学んで、焦ってはいけないなって意識するようになりましたね」

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ーこちらは何が植わっているんですか?

「これは2月植えの玉ねぎですね。ここには夏草がおもいっきり生えていたんですよ。一気に成長して背丈も高くなった夏草を、あえてそのまま冬まで維持してました。夏草って穂先に種がついているので、冬の寒さに当たると自然と地面に倒れていくんです。倒れた夏草も抜かずにそのままにして、玉ねぎを植えるところだけ、よけているだけですね。こうすることで、土の湿り気を保ってくれるし何より土を守ってくれているんです。何もないと冬のからっ風で飛ばされていってしまうので。表土が1mmできるのに10年かかるといわれていますが、一瞬の強風であっというまに失われてしまいます」

ーすべてが理にかなっている。

「いわゆる草刈りって、畑の雑草をすごく綺麗に1本も生えてないくらい刈り取るじゃないですか。それが一番よくなくて、草を完全に刈ってしまうと土表面が日向になって、すぐにまた新しい草が生えてきちゃうんですよ。綺麗にしているようにみえて、サイクルを早めてしまっているように僕は感じます。ここにすごくクローバーが生えているんですけど、ここ一ヶ月この状態で変わらないんです。今この状態がクローバーにとってちょうど良く快適だから。でも一回でも手を加えると、またちょうど良い状態にしようと、どんどん別の草が生えてきちゃう。野菜の周りの畝の内側だけでなく、畝の外側からもいろんなことが学べます。だから草を敵とみなすことから、どんどん遠ざかっていきましたね」

ーかなり畑の状態に対して、繊細に意識を傾けてあげてないと気が付かないことですね。

「クローバーはマメ科なので、根に根粒菌が付着しています。これは根粒菌が『根粒』という新たな器官を根に作って共生しています。根粒菌は、クローバーから糖をもらってエネルギーにしていて、その代わりに空気中の窒素をクローバーに送り込んであげている。マメ科の植物は土を豊かにしてくれるので、畝の近くに生えたらなるべく残します。そこの畝にはカラスノエンドウがなぜだかたくさん生えてきていて、今年の夏はそこにナスを植えようと思っています」

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「僕は野菜だけを育てているのではなくて、この野菜が植わっている畝全体を育てている感覚。ひいては、この畑全体を育てている。ただ単純に食料としての野菜を生産するという目的ではなく、豊かな土、環境を残していくこと。10年20年ではなく、100年、200年の長い視点で見たときの持続可能性。残していくことが価値のあることだと思っているから、それが僕がここで野菜を育てている理由のひとつですね」

ー豊かな土づくりですね。

「硬かった土が、年々柔らかくなっていく。昨年とは全く土の質感が違ってきます。冬を迎えて、草花は枯れて、という一年の自然のサイクルを経た畝は、立てた時とは違う様子になっていて、人間が大きな手を加えなくても、ここにいきる生き物たちが土を豊かにしてってくれている。『土は生命のプロダクト』って言葉を言ってる方がいましたが、本当にそうで、土っていうのは石つぶの集まりではなくて、有機物の集積物。草花だとか落ち葉だとか、虫の亡骸だとか、そういったものが微生物に分解されて、その細かくなった生命が作り出した産物であるっていう。僕は野菜を植えたことによって、ここがどんどん豊かになるように畑に関わっていければと思っています」

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