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鶴岡駅から程なくして、見渡す限りの田園風景が広がる。初夏の水田は苗が植わり、まだ低い背丈の若々しい緑色が美しい。遠くの端は360度山の峰々が囲っている。月山山頂からの景色は素晴らしかったが、下りてこられたことに少しほっとする。遮るものは何もなく、どこまでも続きそうな田んぼの上に、〈スイデンテラス〉がポツンと現れた。それは不思議と自然に溶け込み、西日を浴びて佇んでいた。

大きな窓が周囲の山並みや水田を映し出している。太陽は東から西へ、日の出から日の入りまでずっと建物と周囲の水面を照らし、その色の変化や放つ光の強さは時に厳しく、時に優しく感じられる。普段は忙しなく働いて、いつの間にか夜を迎えるような人たちに、ゆっくりと時間の移ろいを感じてほしい、そんな思いが館内の至る所に投影されている。

まずは2階に位置するフロントでチェックインを済ます。館内にも関わらず、月山のトレイルで自ずと癖になっていた深い呼吸のペースがここでも変わらず続いていた。澄んだ空気に体は自然に反応する。木のぬくもりや柱を排したこだわりの空間デザインによって外との境界を感じさせないトリックにまんまとはまっているのかもしれない。一方で、受け取ったルームキーの番号に従って向かった宿泊棟は渡り廊下の先にあり、一気にプライベート空間となった。

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客室は119室。1〜2名用のコンパクトなタイプから、メゾネットルーム、コネクティングルームなど、家族や友人と寛げるタイプまでバリエーション豊富で様々なシーンに対応している。また、6泊7日の長期滞在プランがあり、非日常の空間で仕事をしたり、あるいはデジタルデトックスをしたりといったニーズでも利用されている。

心身ともに癒される

多くの観光客が宿をとる海沿いの温泉宿や旅館の類はほとんどなく、ビジネスホテルなどの宿泊施設が中心だった鶴岡市中心部に、源泉掛け流しの天然温泉、サウナ、フィットネスジムがラインナップするスパ施設の充実した〈スイデンテラス〉は大きなインパクトを持ち、県内外から新たな目的地となった。数ある山形の訪れるべきリストの上位に追加されたのだ。

月山帰りの程よく疲労した体は、セルフローリュウできる本格フィンランド式サウナでもう一度汗を流せたら、素早く回復してしまうだろう。露天の適度に冷えた水風呂(16℃に調整されている)が心身を整えてくれる。しかも、豪雪地帯である鶴岡では、冬ともなれば水風呂に雪を入れることでシングル(水温10℃以下)というサウナ上級者のニーズにも応えてくれる。

浴室は天色(あまいろ)の湯、月白(げっぱく)の湯、朱鷺色(ときいろ)の湯の3つがある。そのうちサウナがあるのは天色の湯と月白の湯のふたつ。毎朝6時に天色の湯、月白の湯+朱鷺色の湯が男女で入れ替わる仕組みだ。天色の湯はフランスから取り寄せたというエメラルドグリーンのタイルが敷き詰められ、日に照らされる時間はキラキラと光って美しい。大浴場に浸かると、ちょうど視線の先に庄内の山々と水田が広がり、ここにも計算された設計が巧みだ。

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天色の湯

月白の湯は白を貴重としたクリーンなデザイン。露天風呂に面した広々とした水盤との対照が幾何学的で、まるで現代アートのインスタレーションの中で湯船に浸かっているような感覚を楽しめる。

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月白の湯

建築の秘密

大胆なファーストインプレッションから細やかなディテールまで気を配られた建築は世界的建築家、坂 茂氏の設計よるもの。坂氏がスイデンテラスの設計にあたって最重要に考えたことは、美しい水田の風景をいかに保ちながら、そこに優しく建築を挿入するか、ということだった。四季折々表情を変える水田風景に、いかに建築を調和させるかが重要だったと語っている。 構造的には、基礎部やコア部分以外は木造とし、水田風景に馴染むようにと考えられた。

客室のモジュールのような作りは、今や常識となった“サステナブル”というワードがまだ世に流行する前から、資源の無駄を懸念した坂氏のスタイルが反映されている。シンプルな空間には、彼が好んで使うサステナブルな素材「紙菅」を使った、椅子やライトがトーンを合わせて配置されている。

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また、坂氏は世界各地の被災地へ急行し、自身の建築技術を難民用シェルターの建設に役立ててきたことで、その名が知られている。2016年の熊本を襲った震災も、例によって紙菅を使った避難時用間切りシステムを提供し、被災者はプライバシーが守られた空間の中で眠りにつけるようになった。〈スイデンテラス〉の中庭には、熊本地震で倒壊した家屋の屋根瓦を利用したオブジェが作品の一部になっている。

「晴耕雨読」の時を過ごすコミュニティホテル

館内には共有棟ライブラリー、宿泊棟ライブラリー合わせて2,000冊の本が並ぶ。各ライブラリーにはテーマ性をもって本がセレクトされている。〈スイデンテラス〉のコンセプトにある通り、「晴耕雨読の時を過ごす」べく、目移りしながらも今日の一冊を手に取ってみる。部屋に持っていってもいいし、ライブラリー内で気になる写真集を捲るのもいい、サンセットテラスなどの共有スペースにお気に入りの場所を見つけて、腰を下ろすのもいいだろう。

宿泊棟ライブラリーは、宿泊者のみが利用できる施設となるが、共有棟ライブラリーは、レストランやテラスのみの利用で訪れる地元の方にも気軽に利用してほしいと、コミュニティホテルの一端を担っている。

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共有棟ライブラリー
《丁寧に本を差し出す》BACH代表 幅允孝氏によるテーマ性のあるセレクト。読み手の声に耳を傾け、丁寧に選んでくれた本の中に、この場所で選ぶ“記憶に残る一冊”があるはずだ。
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共有棟ライブラリー
宿泊者のみが利用できる〈SAKE LOUNGE〉で購入したお酒等を持ち込み、ゆっくりと読書に没頭することも可能。
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この〈スイデンテラス〉を運営するのは〈ヤマガタデザイン〉。子供たちの主体性を引き出すような仕掛けがある児童館・学童保育・フリースクールの機能を持つ〈KIDS DOME SORAI〉、UIJターンを促進するリクルートメディア〈ショウナイズカン〉などを通じて、あらゆる角度から地方が持つ課題に取り組む。スイデンテラス経営企画室広報の小野寺望美さんも〈ショウナイズカン〉を通じて〈スイデンテラス〉での仕事を見つけ、故郷にUターンしてきた。

「〈スイデンテラス〉もまだできたばかりで、コロナの影響もあり、一つ一つのお客様のご感想を聞きながら、本当の在るべき姿を模索しています。一つご意見をいただいたときにはみんなで話し合い、改善に努めています。なかなか訪れる機会がなかった地元の方がコロナ禍を経て少しずつ来ていただけて、実際に来てみると「いいね」と好感を持っていただけたり、ライブラリー利用をはじめ、テラスでくつろいでいらっしゃる方々も徐々に増えています。海沿いに比べて宿泊施設が少なかった鶴岡市中心部に、温泉やサウナを設けたことで、ここを一つの目的地にして来てくれる方々がいらっしゃることを感じています。」

まちづくり事業に真摯に向き合う姿勢から生まれたホテルは、地元の声、旅人の声に柔軟に対応しながら成長し続けている。四季折々の景色を背景に、私たちをいつでも温かく向かい入れてくれる。

スイデンテラス
所在地 山形県鶴岡市北京田字下鳥ノ巣23-1
電話番号 0235-25-7424
HP  suiden-terrasse.yamagata-design.co.jp