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走り慣れたトレイル、見慣れた景色、家の裏山。旅やレースで出会う特別な場所ではなく、日常に溶け込むような“お決まり”の場所。急峻な登りもゆるやかな樹林帯もトレイルランナーにとっては極上コース。そんな魅力的な里山を知るべく、あの人のお気に入りのトレイルを覗いてみよう。第一回は、丹沢と妙高の二拠点を行き来するパタゴニア・トレイルランニング・アンバサダーの石川弘樹さんのホーム・マウンテン 丹沢を訪ねた。

新宿から電車で約1時間。神奈川の屋根と呼ばれる関東屈指の人気山系「丹沢」エリア。急峻な登りや樹林帯の細かいアップダウンから山間を駆け上がる峠走の聖地など、関東近郊で暮らすトレイルランナーなら一度は足を運んだことがあるはず。一方で、平日も休日も季節問わず1年中たくさんのハイカーが訪れる場所でもある。メジャーなルートは表丹沢最高峰・塔ノ岳に至る大倉尾根(通称 バカ尾根)があるが、とにかく人が多い。けれど丹沢はトレイルが東西南北に無数に広がる山域で、人気ルートを一歩外れれば静かな森に出会うことができる。

コースの概要
大山サーキット 約31.5km 累積標高2,254km
スタート/フィニッシュ:秦野駅
※歩行を推奨する区間:大山山頂からヤビツ峠への分岐(25丁目)まで

 
「このコースは、樹林帯ばかりだと思われがちな丹沢の様々な顔を見ることができます。ひとことに樹林帯といっても針葉樹から広葉樹まで様々で、山頂には眺望あり、気持ち良い下りも険しい登りもあって変化に富んでいます。人が少ないところを下り、やや人が多いところは登りに使います。それなりに距離もあり練習に最適で、駅で始まり駅で終わるためアクセスも便利です」


日本ではまだ「山岳マラソン」と呼ばれていた時代から、アメリカを中心に世界のトレイルランニングレースを転戦し様々なタイトルを獲得してきた石川弘樹さん。その魅力や楽しみ方を日本に伝え、「トレイルランニング」の文化を普及・定着させてきた第一人者。
 
はじめの見どころは権現山、弘法山、高取山の眺望だ。権現山には展望台があり、秦野の市街地の奥には海、江の島、房総半島、箱根、天気が良ければ富士山も見える。

権現山のすぐ隣の弘法山、念仏山、高取山と低山を繋いで標高を上げていく。石祠、石仏、石塔に出会うことも多く、静かな森が続くが飽きることなく独特の雰囲気を楽しめる。木に名札のようなものが付いていて何かと思えば、市が樹木に番号を振って管理しているらしい。枝が折れたり、倒れ掛かっていたり、草木になにかあれば助ける人達がいる。とても歩きやすく整備された丹沢の山々はそうやって多くの人の手によって維持されている。ちなみに蛭はいるが、石川さん曰く、動き続けていれば大丈夫なのだそう。


 
大山まではほぼ登り基調で基本的には樹林帯の中を登って行く。浅間山を越えて大山ケーブルカー方面の道と合流する表参道のあたりまで来ると人が増え始めるので、ここは駆け上がったりせず、譲り合いながら歩いて登りたい。大山山頂の眺望は言うまでもなく絶景で、ミシュラングリーンガイドで星を獲得したこともあるらしい。阿夫利神社本社でお参りをして、山頂の茶屋で飲み物や軽食を買ってひと休みするも良し。でもまだまだ前半。

木漏れ日そそぐイタツミ尾根を下ると、峠走の聖地ヤビツ峠に到着。道路を渡って樹林帯に入り、しばらくすると突然開けたトレイルに出る。鉄線の脇を走り抜ける爽快感はトレイルランナーなら間違いなく気に入るはず。

丹沢の見晴らしの良い場所で空を見上げ、パラグライダーを見つけたことがある人もいるだろう。ここまでの樹林帯とは打って変わって開放的なこの場所はパラグライダーの発着所にもなっている。

菩薩峠からは、最後の登り。

「当然ながら、トレイルランナーのなかには“登りラブ!”な人もいると思います。麓から大山までの登りに加えて、菩薩峠からの二ノ塔、三ノ塔の登りもなかなかタフで楽しめますよ」
 
時折樹木の間から覗く景色に励まされながら、見晴らしの良い三ノ塔で登りは終了。さらに尾根を辿れば塔ノ岳に至るが、大山サーキットはここから下山。気持ちいい尾根道を駆け下りる。バス路線が網羅されていてアクセスのいい丹沢ゆえに距離が長く景観のない樹林帯は利用者が少ないが、トレイルランナーにとってはそれが“ご褒美”になるんだから面白い。


 
登山者でにぎわう大倉バス停まで下りて来ればあとは水無川の河川敷を信号なしで駅までラストラン。トレイルランニングの醍醐味を詰め込んだようなレイアウトはさすが石川さん。


 
丹沢エリアへ何度も行っている人でも、こんなところにこんな道があったのかと驚くかもしれない。大山山頂の茶屋やヤビツ峠の売店やカフェはあるものの、平日は営業していない時もあり、水場や補給ポイントはほとんどない。これからの季節は多めに水分や補給食を持ってチャレンジしてみてほしい。30kmと言えどなかなかタフで走り甲斐があり、丹沢を丸一日かけて満喫することができる。
      
“いつもの山”、ホーム・マウンテンを走り続けるために朝6時過ぎになると、1人また1人と集まってくる人達。各々が道具を手にして山に登る。今回のルートの一部になっている弘法山で毎日美化・清掃活動を行っている「弘法山をきれいにする会」だ。

「弘法山に通っているうちに掃除をしている人達を見かけるようになり、私達も参加させてくれませんかと声をかけたんです。それから秦野にいる時はほぼ毎朝清掃活動に参加するようになりました。」
 
弘法大師像のある釈迦堂や鐘楼がある立派な山頂を中心に周辺のゴミを拾ったり、修繕が必要なところを見つけたら役所や所有者に報告するなどの活動をしている。
「6時過ぎに集まり、20~30分清掃して、みんなでお茶をして帰ってくる。地元のおじいちゃんおばあちゃんは色んなことを知っていて、昔の山や地域のことを日々教わり学んでいます」
ささやかだけれど、毎日そうやって維持してくれている人がいるからこそ、地元の人達が愛する山や歴史ある神社、祠などが守られている。

「みなさん年間どのくらい山に行くでしょうか。そのうちの1日、2日でもいいから1人1人がなにか活動をできればと思うのですが、日本でそういう作業をする場を提供する機会も増やしていかなければならないですね」
 

自然とトレイルランニングの共存を模索するカーボンオフセットの取り組み

今年、石川さんが長年プロデュースしている平尾台トレイルランニングレースでは新たな取り組みが始まった。もともとこのレースでは、自然の保全と利用の調和を掲げており、植樹活動や参加者数の限定、環境調査なども行ってきた。今年からパタゴニアの環境担当が現地へ出向き、人間活動が環境に与える負荷を数値として表す環境フットプリントの調査を実施。まず着目したのは、私達の活動において排出される二酸化炭素などの温室効果ガスの排出をできるだけ削減することに取り組み、削減しきれないCO2を別の場所や方法にて削減・吸収する「カーボンオフセット」。トレイルランニングレースに置き換えてみれば、まずは全国から集まる参加者の移動や宿泊によるものが大きいと仮説を立て、参加者に対して移動や滞在に関するアンケートを実施し、それを数値化して現状把握をすることから始めている。


Photo by Yoshiyuki Inoue
 
「結果を出すまでにはかなりの時間がかかりますが、まずは現状を知り、意識を変えることが大切だと思います。私達が与える環境負荷、私達ができることなど、トレイルランニングを通じてメッセージを発信していきたいと思っています」

石川弘樹(いしかわひろき)

石川弘樹(いしかわひろき)

パタゴニアのトレイルランニングアンバサダー。日本初のプロトレイルランナーにして、日本にトレイルランニングカルチャーを紹介したパイオニア。2007年Rocky Mountain Slam総合優勝など、フロンティアとして海外でも活躍。