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どうすればゴールに早く辿り着けるのか、自己記録を更新できるのか。ケガを予防しながら成果を得るためには何が必要なのか。今までに多くのランニングメソッドが生まれ、アップデートされてきた。新たな勝者が生まれれば、同時にメソッドが注目され、市民ランナーの間でトレンドになることもしばしば。自分の軸となるメソッドを定め、より良くなるために試行錯誤を繰り返す。これもランニングの楽しみ方の一つだろう。

自分でトレーニングプランを組んでレースに出たい。そう考える市民ランナーの参考書と言える存在が『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』(ジャック・ダニエルズ著)。初版が発売されたのは1998年だ。著者のジャック・ダニエルズ氏は、レジェンドとも称される中長距離の指導者であり、運動生理学者。ランニングのレベルに合わせて、どのような強度のトレーニングをどの程度行えば良いかが分かりやすくまとめられている。登場からまもなく四半世紀となるが、今年7月に増補改訂された第4版が発売されたことからも根強い人気が窺える。

高地トレーニングが広まったきっかけは?

『ダニエルズのランニング・フォーミュラ』には、高地トレーニングの活用法や注意点も記載されている。一般的に、高地のような低酸素・低圧の条件下でトレーニングをすると、酸素の摂取能力と供給能力が向上するとされている。現在ではトップレベルのランナーが高地で合宿を行うのが当たり前になっているが、日本で本格的な高地トレーニングが導入されたのは1960年代のこと。

1960年のローマ五輪、1964年の東京五輪の男子マラソンをエチオピアのアベベ・ビキラ選手が連覇。アベベ・ビキラ選手が標高約2,355mにあるエチオピアの首都、アディスアベバでトレーニングを積んでいたこと、そして1968年の五輪開催地であるメキシコシティの標高が約2,240mにあることから、高地でスポーツをすることの研究が始まったという。その研究結果をもとに、君原健二選手はメキシコシティ五輪の約1か月前に現地入りし、男子マラソンで銀メダルを獲得。マラソンでの高地トレーニングの有効性を実証する形となった。

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高地トレーニングを行う場所として広く知られているのは、アメリカ・コロラド州のボルダーだろう。1992年のバルセロナ五輪で銀メダル、1996年のアトランタ五輪で銅メダルを女子マラソンで獲得した有森裕子選手、2000年のシドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子選手らが高地トレーニングの合宿地としてボルダーを選んでいたことで、一躍有名になった。近年は、ケニアのイテン(標高約2,400m)で合宿を行うランナーも多い。ケニアといえば、男子マラソンの世界記録保持者であるエリウド・キプチョゲ選手、女子マラソンの世界記録保持者であるブリジット・コスゲイ選手らを輩出しているマラソン大国。レベルの高いランナーが多くいること、走ることに集中できる環境、不整地でアップダウンが多いコースなども魅力なのだろう。大迫傑選手も2021年の東京五輪前にイテンでトレーニングに励んでいた。現在、都市部には低酸素トレーニングが行える施設が増えている。市民ランナーの中にも時間の効率化や競技力向上を目的に活用している人もいるのではないだろうか。

ケニアのランナーが日常的に取り組んでいると言われているのが、ファルトレクというトレーニング。スウェーデン語でスピードプレイを意味する言葉で、1930年代スウェーデンの軍隊トレーニングのメニューをスウェーデンのクロスカントリーチームのために再設計したものが発祥だとされている。いわゆるインターバルトレーニングのように一定の距離や時間内、スピードを維持するのではなく、スピードを自由に変化させながら、アップダウンのある不整地を走る。ケニアのランナーがペース変化への対応力が高い一因がファルトレクにあるのではないかとも言われている。

ファルトレクについては1993年に発売された『リディアードのランニング・バイブル』(アーサー・リディアード著)でも触れられている。アーサー・リディアード氏は1960年のローマ五輪、1964年の東京五輪で多くのアスリートをメダリストに導いたことで世界的に名が知られることになったニュージーランドの名指導者。そのトレーニング方法には瀬古利彦氏も大きな影響を受けたと話している。『リディアードのランニング・バイブル』では、フォームを作るためのヒルトレーニング、スピードを養成するためのトラックトレーニングについて詳しく紹介されている。

高地トレーニングもファルトレクも古くから行われているトレーニングではあるが、それらに取り組むアスリートが活躍する度に繰り返し脚光を浴びている。“勝者のメソッド”が注目されるのは世の常なのだ。その意味で、日本においては箱根駅伝も影響力が大きい。

箱根駅伝はメソッドの宝庫

2013年の箱根駅伝で日本体育大学が30年ぶりに総合優勝を果たした際、その原動力になったと注目されたのがBCT(ベース・コントロール・トレーニング)。ランナーのための体幹トレーニングで『速くなる体幹トレーニング BCT』(原健介著)という書籍も発売された。2015年に青山学院大学が初めて箱根路を制すと、その前年からフィジカルトレーナーに中野ジェームズ修一氏が就任していたこともあり、トレーニング方法にもスポットが当たった。ランナー向けに作られたウォーミングアップ、コアトレーニング、練習後のケア方法は“青トレ”と総称され『青トレ 青学駅伝チームのコアトレーニング&ストレッチ』(原晋、中野ジェームズ修一著)としてまとめられた。

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そして2019年。東海大学が抜群のスピードをベースに箱根駅伝で初優勝を飾ると、彼らが積極的にウエイトトレーニングに取り組んでいたことから、スピード強化のためにはウエイトトレーニングが必要であることが再認識された。

さらに今年の箱根駅伝では大会新記録で青山学院大学が王座を奪還。彼らはカーボンプレートを搭載した厚底シューズをより活かし、特有の故障を減らすためのトレーニングに取り組んでいたという。そのメソッドも近いうちに明かされることがあるかもしれない。

心拍数はトレーニング強度のわかりやすい指標

ランニングのトレーニングにはさまざまな数値も取り入れられている。昨今はランニングウォッチの進化もあり、ペースや速度はもちろん、心拍数、ピッチ、VO2max(最大酸素摂取量)、血中酸素レベルなどが手軽に測定できるようになった。心拍数はトレーニング強度のわかりやすい指標となるため、活用している市民ランナーも多いはずだ。

どのような強度のバランスでトレーニングするのが効率的なのか。心拍数や血中乳酸濃度を基準に、低強度、中強度、高強度の3つのゾーンに分け、低強度:中強度:高強度=75:5-10:15-20の頻度で行うポラライズドトレーニングが望ましいという研究報告がある。ただし、適切な強度のバランスについてはランナーのレベルに左右される部分が大きい。ビギナーであれば、低強度のLSD(Long Slow Distance)トレーニングで大きな効果が得られる。また、LT(乳酸作業閾値)という血中の乳酸濃度が上昇し始めるポイント付近の中強度を中心にするトレーニングも初〜中級者には効果的だと言われている。

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一方で、運動強度を上げずにトレーニングをし、脂肪燃焼回路を構築するというフィリップ・マフェトン博士が提唱したマフェトン理論というものもある。エアロビック心拍数(基本は180-年齢。40歳なら140)を超えないトレーニングと、炭水化物:脂質:タンパク質=40:30:30にした食事を組み合わせ、エアロビック筋(遅筋)を上手く使い、脂肪をエネルギー源にできる体を構築するのが目標となる。超長距離を走ることになるトレイルランナーや、アイアンマンレースを走るトライアスリートに実践者が多く、トレイルランナーの宮﨑喜美乃選手もマフェトン理論を実践したことをブログで明かしている。ちなみにマフェトン理論の詳細は1997年に発売された『革命的エアロビックトレーニング「マフェトン理論」で強くなる!』(フィリップ・マフェトン著)にまとめられている。

どんなトレーニングをするべきなのかは、目標とするタイムや出場するレース(ロードなのかトレイルなのか、10キロなのか42.195キロなのか100マイルなのか)、自身の年齢やコンディションによっても異なるだろう。伸び悩みを感じたとき、故障が増えたときには、軸にするメソッドを変えるのも有効な手段なはず。また、ビッグタイトルを獲得した選手がどんなメソッドを実践してきたのかを知ることも、観戦の楽しみの幅を広げてくれるに違いない。