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スティーブ・プリフォンテーン


オレゴン州出身でハイスクール時代に2マイル(約3.2km)を8分41秒5で走り、自身初の国内記録を樹立。さらに1968年と1969年に連続して州のクロスカントリー選手権で優勝。1970年から75年までホームのオレゴン大学ヘイワードフィールドで38戦35勝という成績を残す。写真はNIKE本社にあるプリフォンテーン像。

選んだ人:内坂庸夫(編集者)

本当のスーパースター

「希代の名選手」は世界中に掃いて捨てるほどいるけれど、米国の陸上競技で、といえば中距離走のスティーブ・プリフォンテーンしかいない。ハリウッドが黙っているわけもなく、もちろん映画にしている、それも2本だ、どのくらいのスーパースターかおわかりだろう。

ジャレット・レト主演の「PREFONTAIN」。そしてもう1作はトム・クルーズ(!)制作の「Without Limits」。プリフォンテーンをビリー・クダラップ、コーチをドナルド・サザーランドが演じている。

プリは下層階級の出身、美形(大事だ)で、圧倒的な走力を持ち、走ることそのものが大好きで、どんな距離種目にも挑戦し、中距離なら常套の走力温存だの駆け引きだのせず、最初からラストスパートの全力走勝負、かっこいい。また、アマチュアリズムに固執する当時の全米陸連に対し、アスリートの権利を訴え、権威体制と戦い続けた英雄でもある。いま、世界中のアスリートがスポンサーと契約できるのも、スポンサーのロゴを身につけて競技できるのもプリのおかげといっていい。

ついでいえば、オレゴン大学陸上部コーチ/のちのナイキ創設者、ビル・バウワーマンの愛弟子、プリは世界で最初にナイキを履いて、レースに出た男でもある。

走れば新記録

全米大学選手権で7回優勝、全国民の期待を一身に背負い72年、21歳でミュンヘン五輪に5000mに出場するも4位。メダルに届かず挫折を味わうのだけど、大復活。なんとなんとプリは74年2月から75年5月のほぼ1年間で、アメリカの中距離種目のほとんどの記録を塗り替えてしまう。

1マイル、2000m、3000m(2回更新)、2マイル、3マイル、そして1万mと6マイルは同じ日にそれぞれを新記録で走っている。この1年、プリはどの種目に出てもアメリカでいちばん速い男だった。

わずか24歳、プリは交通事故で最期を迎える。全米が歓喜し、そして涙にくれた不世出のヒーローは、オレゴン州ユージーンのナイキ本社前のウィラメット川に沿った「ジョギングコース」にその名に残している。母校オレゴン大学のそばから始まる5.5kmのウッドチップが敷き詰められた、世界一走りやすい「Pre’s trail」のことだ。

プリのカッコよさ、また大活躍が影響したのだろう、この時期に全米にジョギングブームが沸き起こる。(すべてといっていい)米国国民が日々のフィットネスとして街を走り出すのだ、もちろんナイキを履いて。

ユーリー・ボルザコフスキー

Yuriy Borzakovskiy Turin 2009.JPG
By Erik van Leeuwen, attribution: Erik van Leeuwen (bron: Wikipedia). – , GFDL, Link

ロシアの陸上競技選手。2000年代に中距離で活躍し、2004年のアテネオリンピックの800mで金メダルを獲得した。

選んだ人:Jan Urila Sas(ミュージシャン)
https://www.instagram.com/janurilasas/

ボルザコフスキー選手はラスト200mのスパートが凄い800m選手。パリ世界陸上まではなかなかスパートのタイミングが合わず、優勝することはできなったのですが、アテネオリンピックでついにスパートのタイミングがバッチリ合い、優勝を掴んだのです。鋭利なスパートを磨きに磨いた選手がついに自分の武器を最大限に生かして、栄光を掴んだ瞬間が忘れられません。

レオネル・マンザーノ

2014 DécaNation - 800 m 08.jpg
By Pierre-Yves Beaudouin / Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0, Link

メキシコ系アメリカ人の陸上中距離選手で専門は1500m。2012年のロンドンオリンピックで銀メダルを獲得した。

選んだ人:Ryan Hess(Co-Owner of The Loop Running Supply, Austin, Texas)
https://www.looprunningsupply.co/

陸上競技を観ていて特に印象に残っているのは、2012年のロンドン五輪で我々の地元のヒーローであるレオネル・マンザーノが1500mで銀メダルを獲得したことです。彼はテキサス大学出身で、オースティンに住んでトレーニングをしているので、とても心を打たれましたね。1500m走でアメリカがメダルを獲得するのは、40年以上前のことです。彼が大舞台でメダルを獲得したことは、アメリカ、距離走、そしてオースティンのランニング・コミュニティ全体にとって、とても重要な瞬間でした。レオネル・マンザーノは、とても謙虚で控えめな人物です。メダル獲得は大きな意味のある瞬間であり、究極のアンダードッグストーリーのように感じたのを覚えています。