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男子の大学生ランナーには箱根駅伝がある。女子には全日本大学女子駅伝対校選手権大会や富士山女子駅伝(全日本大学女子選抜駅伝)があるが、ピンとくる読者はどれほどいるだろうか…。女子の場合、有力選手は高校を卒業してすぐに実業団に進むケースがほとんどで、大学女子駅伝の注目度は、正直、それほど高いとは言えなかった。

だが、近年は風向きが変わりつつある。昨年ブレイクした不破聖衣来(拓大)のように、大学生でも実業団勢と渡り合う選手が出てきた。今夏のオレゴン世界選手権日本代表に選出された小林成美(名城大)もその1人。

大学女子駅伝界で、絶対女王に君臨し続けているチームが名城大学女子駅伝部だ。全日本大学女子駅伝対校選手権大会では5連覇、富士山では4連覇と圧倒的な強さを誇る。この常勝軍団のエースであり、キャプテンとしてチームを牽引している小林に話を聞いた。

―大学女子駅伝界を盛り上げている1人として、公の場でしっかりとした発言をしたり、SNSで発信したりしている印象があります。

競技者としてメディアの対応もやっていかなければならないことですし、自分が発信することで、大学の女子駅伝、女子長距離界の存在を知ってほしいなっていう思いがあります。

―今年5月の日本選手権10000mの際には、多くの選手が前日会見を欠席するなか、小林選手は出席されていました。しかも、調子が良くなかったのに。

会見をしていただいたのが申し訳ないぐらいだったんですけど……。でも、自分が注目していただいたっていうことは、自分がメディアの皆さんを引きつけたっていうことなので、会見に出席することは義務だと思いました。

―その日本選手権は15位に終わりましたが、その後、オレゴン世界選手権の日本代表に選出されます。しかし、日本出国時に新型コロナウィルスの陽性となり、アメリカに渡れませんでした。

成田で検査したら陽性でした。周りに(陽性者が)いなかったので、まさか自分が陽性になるとは思いもしませんでしたし、突然のことでした。最初は無症状で、その後も軽症で済みましたが、ワクチンを打っていただけに残念でした。

―状態としては、どのぐらいまで仕上げていたのでしょうか。

世界陸上の参加標準記録を切った1年前ほどではありませんが、8割ぐらいの力は出せたんじゃないかな…。調整練習で出場した記録会で3000mまで走ったのですが、結構楽に走れて、動きも状態も良い感覚があったので。

―世界陸上の前にも、世界大学クロスカントリー選手権やワールドユニバーシティゲームズ(以下、ユニバー)の日本代表に選出されるも、大会自体が開催されず、たびたび日本代表が幻に終わっています。

最初の世界大学クロカンが中止になった時はかなりショックでした。初めての日本代表で、モチベーションにしていたので…。その後も、ユニバーの選考レースが立て続けに中止になったり、代替レースで日本代表を決めたと思ったら大会自体が延期になり、内定が取り消しになったりしたので、“がっかり慣れ”してしまいました。

でも、このご時世だし、自分ではどうしようもできないので、受け入れるしかなく、しょうがないって思うしかなかったですね。

―そもそも今年度の個人目標はどのように設定していたのでしょうか。

ユニバーのハーフで優勝を狙うということでした。まずは大学生の大会でタイトルを取ることが、一歩ずつ成長していくための糧になると思っていたので。でも、ユニバーは、世界陸上との兼ね合いから1万mだけに出場することになりました。できるなら、ハーフと1万mのどちらも走りたかったですが。ハーフをメインに練習していたので、苦しい決断でしたね。贅沢な悩みでもありましたが…(結局ユニバーは再延期)。

―そうだったんですね。その中で世界陸上は、小林選手の中で、どのように位置付けしていたのでしょうか。
世界陸上の標準記録を破ったことで、いきなり自分の目指すべきところが変わってきてしまって、気持ちのコントロールもしにくくなっていたのかなって思います。日本選手権では良いパフォーマンスができなくて、(代表に選ばれた時は)正直、自分が走っても良いのかなっていう戸惑いもありました。

でも、標準記録を切ったのは事実です。選んでいただいたことに感謝して、自分の力を最大限に発揮したいと思いましたし、今後につながる良いレースになるんじゃないかなと思っていました。

駅伝が好きだから

―学生のうちに、マラソン挑戦を考えているとお話をされていたことがありましたが、その準備は進めているのでしょうか。

マラソンの準備は全くしていないです。まずは学生最後の駅伝でしっかり走れるようにするっていうのが一番なので、あまり先のことは考えずに、大事な駅伝に向けて頑張っていこうと思っています。

―それほど駅伝にかける想いが大きい。

そうですね。昔から駅伝が好きで、名城大学に入ったのも、駅伝がしたいっていう理由だったので。駅伝は、個人のレースにはない力が発揮されると思っています。仲間のことを考えると、“最後頑張ろう”と、粘ることができると思っています。

―最初に“大学の女子駅伝を知ってほしい”とおっしゃっていましたが、どんなところを見てほしいですか。

大学生は、実業団のように競技に専念できる環境ではなく、学業も頑張っています。名城大学に限ったことではありませんが、どの大学も、文武両道を大切にしながら、競技に打ち込んでいる人たちばかりです。そういった裏側にも目を向けてもらえたらうれしいです。

―小林選手も、留学する予定があったとお聞きしました。

大学2年の春先に3カ月間、カナダに語学留学をする予定でした。自分でいろいろ調べて、大学とも相談しながら準備をしていたんですけどね(コロナ禍で中止に)。外国語学部に所属していますが、語学や海外の文化に触れたいと思ったのも名城大学に進学した理由の1つでした。グローバル化で日本にも海外の選手が来ますし、海外の選手との会話で得られる知識も多いので、語学は必須だと思っていました。合宿先にケニア人やエチオピア人の選手がいると、自分から話しかけることもあります。そんなに英語に自信があるわけじゃないですけど、話しかけることは大事かなって思っていて、それで自分の英語が上達できればいいなって思っています。

最近だと、湯の丸(長野)で阿見アスリートクラブのグエム・アブラハムさん(南スーダン)と話をしました。世界陸上に出られていたので、「いなくて残念だった」って言われました。陸上の話だけじゃなくて、恋愛話とかもしましたよ(笑)。

―話を戻すと、中学、高校も強豪チームでしたが、なかなか全国優勝には届きませんでした。常勝軍団の名城大を選んだのは、どんな理由からでしたか。

自分の個人の競技力を上げていくために、簡単に駅伝のメンバーに入れるチームではなく、選手になれるかなれないかっていうレベルの高いチームでやりたいと思ったからです。名城大学は、中高と全国大会で結果を残している強い選手ばかりです。

私は、インターハイに出場しても、決勝にはかすりもしませんでした。高校まで実績のなかった私を拾っていただいて、米田(勝朗)監督には感謝しています。

負け知らずのエース

―全日本大学女子駅伝が5連覇中、富士山女子駅伝も4連覇中と、大学に入ってから駅伝では負けを知りません。

負けを知らないことが、逆に、不安材料でもあります。負けを知らないからこそ、油断が一番怖いですし、過信、慢心してはいけない。だからこそ、準備期間を大切にしています。

―常勝軍団でエース区間を担うということを、どう感じているのでしょうか。

強豪校の名城大学でエース区間を任せてもらえるっていうのはなかなかないことですし、多くの強い選手がいるなかで、そういう区間に起用していただけることには、誇りや責任を感じます。でも、楽しんで走ろうと思っています。駅伝は1人じゃないので、区間賞を取れなくても、他の人がカバーしてくれます。全員で駅伝をするのが大事かなと思います。

―拓殖大学の不破聖衣来選手との対決も注目を集めそうです。

不破聖衣来さんが大学に進んでくれたことで、学生女子長距離界に注目が集まったので、すごく良いことだと思っています。自分にとっても目指すべきところができました。去年は、日本インカレに始まり、学生記録を打ち立てた記録会でも、駅伝でも、いろんな大会で力の差を見せつけられ過ぎちゃいました。私にとって不破さんは、競り合う相手というよりも、目指すべき選手、憧れの選手だと思っています。

―小林選手は、将来的にはどんなランナーになっていきたいですか。

長い距離が得意なので、徐々に距離を伸ばしていきたいです。でも、マラソンに適性があるのかは自分でも分からないですし、本当に想像もつきません。遠くのことに捕らわれ過ぎると、目先の大会で失敗してしまうと思っているので、まずは目先のことから。1つ1つ目標をクリアしていって、少しずつ自分の理想の形を作っていければなと思います。

―小学1年から走り始めて、走ることの考え方は、その時々でどのように変わってきましたか。

そうですね。小1の秋に地元のランニングクラブに遊び感覚で入ったのが始まりでしたから、小学生の時は本当に走ることを楽しんでいましたね。練習の後に鬼ごっこをしたりと、走った後にまだ走るのか!って感じでしたから。それがだんだん“試合で勝ちたいから”とか“目標を達成したいから”と、走ることの目的が変わっていきました。やっぱり陸上競技となると、真剣にやらなきゃいけませんから。でも、走ること自体は今も好きですよ。

小林成美(こばやし・なるみ)

小林成美(こばやし・なるみ)

2000年4月19日生まれ。長野県出身。小学1年生のときに、川中島ジュニアランニングクラブで走り始める。川中島中、長野東高と駅伝の全国大会で準優勝。名城大女子駅伝部に進み、1年時から駅伝のレギュラーとして活躍し、全日本大学女子駅伝と富士山女子駅伝では負けなし。また、トラックでは2021年に一万mで31分22秒34の学生記録(当時)を打ち立てた。