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100年の時を重ねてきた箱根駅伝に第1回大会から出場し、総合優勝13回を誇る早稲田大学。駅伝での実績はもとより、日本マラソン界のレジェンド瀬古利彦、箱根駅伝のスパースター渡辺康幸、そして、東京オリンピック男子マラソン6位入賞の大迫傑ら、それぞれの時代を彩る名ランナーを数多く輩出してきた。

そんな名門も、今年1月の箱根駅伝ではまさかの事態に見舞われた。学生トップランナーの証である1万m27分台ランナーを3人も擁しながら、序盤から出遅れて13位に終わり、上位10校に与えられる翌年度のシード権を逃したのだ。

今季は箱根予選会からの再出発となる。その早稲田が今、変わろうとしている。

早稲田というショートケーキは土台をしっかりつくれば美味しくなる

今年の夏、早稲田はこれまでとは違う夏を送った。

例年は(コロナ禍の昨年、一昨年を除いて)、8月中に菅平や妙高で走り込み、9月中旬からは岩手で駅伝シーズンに備えるという流れだったが、今夏は、尾瀬、妙高、そして北海道・紋別へ、9月中旬には再び妙高で合宿を行う予定だ。

取材に訪れた紋別では、ロードやクロスカントリーコースを利用して、30km走や1kmインターバルなど、質量ともに高く、実戦的な練習に取り組んでいた。
夏の過ごし方がガラリと変わっただけに、さぞかし選手たち、とりわけ上級生には戸惑いもあったのでは、と思いきや……。

「スケジュールが全く違ってしまいましたが、新鮮な気持ちを交えながら、合宿地を転々としています。はっきり言ってきついですけどね」(鈴木創士・4年)

「結構変化は好きなので、意外と僕は楽しみながらやらせてもらっています」(井川龍人・4年)

選手たちは、変化をポジティブに受け入れて、厳しい夏を送っていた。

“新生・早稲田”の象徴的な出来事が、6月1日付けで駅伝監督が交代し、新体制がスタートしたことだろう。

上武大とGMOインターネットグループで監督を務めた花田勝彦氏が新たに駅伝監督に就任。前任の相楽豊氏は、チーム戦略アドバイザーという肩書きで引き続きチームの指導に当たることになった。

「早稲田というチームはショートケーキに例えるなら、ケーキを彩るイチゴはいっぱいあるんですよ。でも、土台がしっかりしていない。だから、土台をちゃんと作ってあげられれば、すごく美味しいケーキができるんですよ」

花田監督は、今の早稲田というチーム状況をこんなふうに表現する。

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今年6月に駅伝監督に就任した花田勝彦氏。早大では箱根駅伝総合優勝を経験。卒業後はトラックで2度のオリンピックに出場している。

たしかに早稲田の主力は、各学年のスポーツ推薦枠が3〜4人と少数ではあるものの、高校時代に全国トップクラスだった選手ばかりだ。素質があり、いわゆる“スピード型”の選手が多く、従来の練習は個を生かすメニューが多かった。

「もともとポテンシャルの高い選手は、そんなに練習ができていなくても、集中力があるので箱根駅伝を走れちゃうんですよね。でも、練習を積めていない分、その反動が大きく、その後にケガをしてしまう選手も多かった。私が初めて練習を見に来た時にも、故障者が半分以上いるような状況でしたから」

実際にはまったときにはものすごい爆発力を発揮するが、駅伝ではなかなか足並みを揃えることが叶わず、額面通りの走りを見せられないことが多かった。今年の箱根駅伝は、まさにそんなレースだった。

花田監督は就任してまず、トレーニングを見直すことから始めた。それまで取り組んでいた練習を中断し、ベーシックなところから練習を再開した。つまりはケーキの“土台”となる部分を構築することから始めたというわけだ。

「ポイント練習と呼ばれる大事な練習で、1回で走る距離が長くなりました。例えば、以前であれば、夏合宿での距離走は25kmがベースだったのが、今年は30kmになりましたし、そのペース自体も上がっています。インターバルも全体的にちょっとだけペースが速くなり、距離も長くなっています。各自でのジョグも、以前は時間で決められていたのが、今はいいリズム・ペースで何キロ以上と距離で決められています」

駅伝主将の鈴木がこう話すように、練習量は昨年度から明らかに増加した。

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今季駅伝主将を務める鈴木創士。前半戦は胃腸炎や蕁麻疹などのアクシデントがあったが、夏は好調で名実ともにチームを牽引した。

今年は10月に箱根予選会があり、ハーフマラソンの距離を走らなければならないというのも理由の1つだが、花田監督は上武大を率いていた時のメニューを参考に、夏の練習を組み立てた。両校の箱根駅伝での実績を比較すれば、意外に思われるかもしれないが、当時の上武大の練習メニューよりも、練習量や設定タイムを少し落として課したという。

「これまでじっくり走り込むような練習をやってきていませんから。私自身、大学生の時に最初は全然距離を踏めなくて、2年目も合宿の半分もこなせませんでした。ようやくできるようになったのは3年生になってからです。今の学生も、いきなりガラっとメニューを変えても壊れてしまうだけなので、まずはやれることをやって自信を付けていき、土台を固めていこうと思っています」(花田監督)

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また、昨今は大腿骨や仙骨の疲労骨折など股関節周りのケガが増えていることから、ハードな練習の前後に股関節周りの可動域を大きくするストレッチを取り入れ、練習では、カーボンプレート搭載の厚底レーシングシューズをなるべく履かないようにしている。(カーボンプレート搭載の厚底レーシングシューズ:Nike〈ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト%〉〈ナイキ ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%〉asics〈METASPEEDシリーズ〉など)

カーボン搭載の厚底シューズに慣れた選手たちは、最初は思うようにスピードを上げられずに苦戦していたという。だが、夏を迎える頃にはきっちりと練習をこなせるようになった。多くの選手が大きなケガをすることなく、夏を送ることができたのも当初の狙い通りだ。

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自主性を履き違えていた

選手の立場からも、今年の箱根駅伝の結果を受けて“変わらなければいけない”という思いは大きかった。だからこそ、指揮官の交代に始まった細かな改革を、抵抗することなく受け入れることができたのだろう。

「タイムを持った選手がここまで揃っているのに、勝てなかったのは、競技力云々の問題ではない。自主性を重んじるのが早稲田の良さでもあるのですが、それを履き違えている者もいました。生活面など、当たり前のことを徹底することが必要だと思いました」

新チームがスタートしたばかりの頃、駅伝主将の鈴木はこんなことを話していた。1年生の山口智規も「最初入ったときは、これはシード落ちするチームだなと思いました。自主性の捉え方を間違えて、ただ、逃げ道を作っているだけの集団だったと思うんです」ときっぱりと口にする。鈴木は風通しの良いチーム作りを目指しており、そんな下級生からの厳しい意見にも耳を傾けた。

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ルーキーの山口智規は、5000mで高校歴代3位の記録をもつ。自主性を重んじる雰囲気が自分に合うと判断し、早稲田に入学した。

凡事の徹底。例えば、朝食を抜いたり、寮食のない休日の食事を適当に済ませたりする選手がいたが、そういった点も改善していった。

「僕らがこうやってインフラを整えたことで、1年後、2年後、3年後に後輩たちが結果を出してくれればいいと思っています。もちろん、今年の秋にも結果を出したいと思っていますが」(鈴木)

一朝一夕に結果が出るわけではないのは重々承知しているが、選手の側からの改革も進んでいる。

また、鈴木が目指した風通しの良いチームができつつあるのも、山口ら下級生も認める。

「僕は今のチームの雰囲気が一番好き。練習に対しても、みんなすごく意欲的で、下級生も声を出したり応援をしたり、みんなで引っ張り合っている。これから強くなっていくチームとしての材料は揃っていると感じています」

井川がこう話すように、チームの雰囲気も、状態も上向いている。

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素質の高さは誰もが認める井川龍人。これまではなかなか結果が伴わなかったが、4年目にして安定して力を発揮できるように。エースの自覚も芽生えている。

箱根予選会は3位以内、全日本大学駅伝も3位以内、箱根駅伝は7位以内

今季の早稲田が出場権を有しているのは11月の全日本大学駅伝のみ。来年1月の箱根駅伝に出場するには、まずは10月の箱根予選会を突破しなければならない。

シーズン当初は、全日本と箱根で“優勝”することをチーム目標に掲げていた。しかし、8月の妙高合宿の最終日に花田監督を交えて、現実を踏まえて、駅伝シーズンの目標設定を再度行った。そして、箱根予選会は3位以内、全日本大学駅伝も3位以内、箱根駅伝は7位以内と設定した。

「勝負ごとなので、最初から3位狙いとかっていうのはあまり面白くないので、優勝のチャンスがあればもちろん狙っていきますよ。でも、本当の意味で優勝を狙えるチームになるのは、3、4年かかるかな……。
なので、まずは最低限クリアしようという下限のラインを決めました。たぶんこれぐらいの成績を残せれば、周りも“早稲田が変わった”って思ってくれるのでは。選手たちも“上昇気流に乗った”っていう感覚を持てると思うんです」(花田監督)

まだ結果も出ないうちに、早稲田が変わったと断言するのは早計だろう。それは今秋かもしれないし、もう少し先になるかもしれない。まもなく駅伝シーズンが開幕。新生・早稲田の挑戦がいよいよ始まる。

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