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コロナ禍の2020年に初めて開催され、今年第3回を迎えた〈MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館〉は、奈良県南部・東部に位置する奥大和と呼ばれるエリアを最長5時間かけて歩きながら、配置されたアートと自然に触れるという芸術祭だ。今年は9月17日〜11月13日にかけて開催されている。全体のプロデュースをパノラマティクスを主宰する齋藤精一さんが務め、吉野町、天川村、曽爾村の3つのエリアのキュレーションをそれぞれ井口 皓太さん(CEKAI代表・映像デザイナー、クリエイティブディレクター)、KIKIさん(モデル)、西岡 潔さん(写真家、アーティスト)が担当した。今回は10月29日に開催されるイベントに合わせてmark編集長の松田が天川村を訪ね、キュレーターのKIKIさんにお話を伺った。

MIND TRAILとの関わり

mark編集長松田 以後(M)〈MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館〉は、コロナ禍の中で始まりました。自然の中を歩いてアートに触れるということで、確かに屋外だからリスクは少ない。でもあのタイミングでこうしたイベントを受け入れてくれたこのエリアは寛容でしたね。

KIKI 以後(K)そう、私も疑問だったので村の人にそんなタイミングでよく受け入れましたね、って聞いたら「そういうのを受け入れなきゃ、全てが止まっちゃってダメになるでしょ」みたいな感じで。リスクは避けつつも、共存するべきなんじゃないかっていう考え方が、私がお話を伺った方々には当初からあったみたいです。


天川エリアのキュレーターを務めたKIKIさん

M)KIKIさんとMIND TRAILとの関わりはどういうかたちで始まったんですか?

K)私は初年度に出来上がった芸術祭に来て、参加者として歩いてレポートを残して欲しいというお誘いを受けて。なので参加者として家族で行って、レポートと写真を残したのがきっかけです。2年目は作家として参加して、初年度とその年の初夏に現地で撮った写真を3エリアに展示。今年はキュレーターに興味ないですか?と誘っていただいて、ぜひ!とお受けしました。

前々からプロデューサーの齋藤精一さんや、PRの市川靖子さんと話をしていて、「TRAIL」とつくからには、(山を歩く自分としては)もうちょっと深く関わりたいみたいなことは話していたので、そういうのが結びついた。今回、天川エリアを任されたというのは、今年からルートが延びて〈女人結界〉まで歩くようになったんですね。なかなかデリケートな部分もあるので、その辺は慎重に考えていたらしくて、そこまでルートを延ばすことになった時点で、女性の視点でそこをどう捉えるかというのを考えて欲しいみたいなことは言われていました。

✳︎〈女人結界〉
修験道の信仰の山である大峯奥駈道では女性の立ち入りを禁じているエリアがある。その境界に〈女人結界門〉が設けられている。

土地の印象を汲み取り作品にする

M)距離も9kmと延びて作品数も多いじゃないですか。作家さんはどうやって選んだんですか?

K)キュレーター含めスタッフたちと視察で現地を最初に訪れたときに、地元の人たちや齋藤さんのプロデューサー目線の話を聞きながら一緒に歩いて、それから決めていきました。対話、会話を大事にして欲しい、それは人との会話、地元の人だったり、自然との対話だったりとか色々あるのだけど、そういうこと真剣に取り組んでくれる人という視点で作家たちに声をかけました。

M)継続のアーティストもいます。

K)継続の人に関しては私の意思もあるし、事務局側の意見もあります。例えば〈迷彩の滝行〉という作品は西尾美也さんという奈良を拠点とされているアーティストで、去年は吉野エリアのキュレーターをしていました。彼は作品を作る手法のひとつとして、地元に限らずみんなから着なくなった衣類をエピソード付きで集めて、それを公開制作という形でパッチワークでつないで形造り、それを設置する。制作段階から地元と人と関わって作っていくという手法、あとは大きい作品を期待して参加をお願いしました。


迷彩の滝行|西尾美也

M)そういうふうに考えられてるんですね。でも、あれすごくよかったですよね。

K)一見、近寄り難い雰囲気があるのだけど。

M)そうそう、「迷彩のパッチワーク?ん?」と最初説明を読んだだけだと思うんだけど、実際に行くと樹木と一体になっていたりとか、下から覗くとトンネルになっていたりとかして。

K)そう、去年も同じパッチワークの手法で、違う形の〈人間の家〉という作品を吉野エリアで展示されていたのだけど。今年、改めてじっくりと天川エリアを視察することで、B29が山に墜落した歴史があるというのを知って、ウクライナ情勢なども含め戦争に対してより意識を向けて欲しいという願いを込めて、迷彩生地を選んだようです。その場に来ることによって、従来の作品の手法でありながらも、しっかりとその土地を汲んで作ってくれた。

M)場と関係がちゃんとできているんですね。大きい作品だからというのも面白いな。言われてみると大きい作品と小さい作品がうまく組み合わさっていました。


徒歩で旅するものに、世界は姿をあらわす|坂本大三郎


水・晶|平勝久 平瑞穂 STUDIO PREPA


はのこと|横山寛多


記憶のハンモック|寒川一

K)そう。打ち合わせしていく中で、私が挙げた候補作家が、小ぶりな作品を作る人が多くて、事務局から大きい作品をつくれる作家がいたらよりいいかもしれないですねとかアドバイスももらっていました。

「祭り」と捉えてイベントを楽しく一緒に作り上げる

M)事務局側からの対話を大事にして欲しいという要望があって、KIKIさんとして今回のキュレーションで自分なりにこういうふうにしたいというのは何かあったんですか?

K)モデルという肩書きでずっと仕事をしてきて、普段はマネージャーや所属事務所を通して全部やりとりをしてます。だからこの半年、自らこんなに人とやり取りをするのは初めてでした。なるべく話しをするのを心がけて、作家やスタッフだけでなく、地元の人とのコミュニケーションも、ちゃんととるように心がけました。あとは作家が迷わないように。やっぱりこれも対話につながるのだけど、作家任せにしないでいろんな情報を小出しにしながら、協働で作っていきたいなという、その思いはありました。

M)対話とコミュニケーションという、もらったテーマだけど、実際に自分の中でも頑張った。

K)「祭」という字がつくじゃないですか、芸術祭って。祭りと捉えたら楽しいかなとも思いました。まず自分が第一に楽しんで、お客さんも楽しめて、アーティストや地元の人たちも楽しめる。祭りは関わることで楽しみ、それをまた文化として伝統として伝えていく大切さもあるのかなと。祭りという目線で楽しみつつ大切に次に繋げて行けたらいいなというのは、今回、このマインドトレイルに関わっているなかでできた思いのひとつです。

M)確かにそうですね。継承する部分も3回目だからあるし、今回訪ねたタイミングで行われていたATSUSHI × 和太鼓龍王『竜と龍の対話』は完全にお祭りだった。みんな太鼓の音を聞いて祭りにみんな集まっちゃってて、村のお店に誰もいないみたいな。


ATSUSHI × 和太鼓龍王『竜と龍の対話』

K)そうそう、天川の洞川温泉では2週間前にも〈八大龍王堂大祭〉という村一番の大きい歴史のある祭りがあって、その時もわりと皆、店を閉めちゃってました(笑)。

M)村がからっぽになってる感じ。遠くに太鼓の音が鳴っているのが、すごく面白かった。 対話といえば、今回のKIKIさんの作品。あれはやっぱり地元の方とのやり取りの中で自然と出てきたんですか?

K)村の食堂に「茶粥」というメニューがあって、私は茶粥を食べたことがなかったので気になっていました。最初に山を地元の人と歩いた時に、すごく佇まいの綺麗な栗の木がルート上にあって、それを話題にしたときに、昔は洞川では冬の内職として栗の木からしゃもじを作ってたと教えてくれました。そのしゃもじを作る若い職人が一人山向こうにいたのだけど、伝承されないまま、その人も数年前にしゃもじ作りをやめてしまったそうです。


杓文字|KIKI

あと、大和では古くから茶粥を食べる文化があり、今も一般家庭で、茶粥を食べる習慣がある。茶粥をしゃもじですくうことによって最初白っぽかったしゃもじが、どんどん茶を染み込んで、飴色になっていってすごく綺麗なのだと。その話を教えてくれた地元の方は栗の木のしゃもじコレクションもしていて、見せてもらったらそれぞれ表情があって美しいものなので、私は色々な話の流れで辿り着いたしゃもじを写真として残そうと。興味がある人はそこから、洞川の人の以前の暮らしぶりや食文化などに思いを馳せて欲しい。

M)そこもコミュニケーションの中から生まれてきた感じですね。

K)そうですね。村の資料館にもいくつか、隅っこの方に埃まみれになって置かれていたものを掘り起こして、写真に撮らせてもらいました。ただもうちょっと時間があったら、村のきっと家に眠っているしゃもじがいっぱいあると思うから、それらも撮影したいなという気持ちはある。

M)プロセスも作品になっていく感じ。聞いてると対話とかコミュニケーションが全部のなかに入ってる感じですね。

K)私の場合はちょっと説明を見ないとわかりにくいけど、他のアーティストもそんなふうに会話や対話を経て生まれた作品が多いです。

修験道の山と女人結界

M)僕は大峯奥駈道を全山縦走したんですよ。ファストパッキングでやったから、2泊3日で吉野から熊野まで行ってすごくきつかった。その時に修験道の感じがすごいなと思って、独特の重みがあるじゃないですか。天川は途中だから降りなかったんだけど、今回のコースにもなっている川沿いに役行者が修行した鍾乳洞あったりとか、行者さんの感じがすごい伝わってきて、その辺の接続感というのかな、アートと修験道が繋がってるのがすごく面白かった。

✳︎大峯奥駈道
役行者が開いたとされる修行の道。吉野から熊野まで約170kmに及ぶ。
✳︎役行者(役小角)
7世紀〜8世紀の山岳修行者で修験道の開祖として知られる。

K)私も以前、夫と大峯奥駈道を歩きたいと話していて、でも女人結界が山の中にもあるから、これ閉山時期だったらいいんじゃないの?とか色々考えて。でも妊娠出産でタイミングを逃して計画は実行しなかったのですけど、村の人に閉山期とかこっそり入ったらだめですかね?って聞いたら、「絶対だめです」って。

M)地元の人はそういう感じなんですね。

K)だから歩いたとか、大峰山行ったって聞くと、登山の目線では女人結界があり山に入れないというのはすごく悔しい。ただ、テーマでもあったから、地元の人に話を聞くと、大峰山は役行者が山を開いたとも言われているなかで、修行に入ってる時に母親が心配して訪ねてきた。実際に険しいところが多い山なので、母が山に入って何か怪我でも事故でもあったら忍びないということで、山の下に母公堂というお堂を作って、そこで待っててもらったそうなんです。そこが最初の女人結界。

大峰の人たちにとって〈女人結界〉っていうのは、女性は汚れを持ってるから山に入るなというものではなくて、女性は子を産む大切な存在だから体を大切にして欲しい、里を守っていてほしいという思いがある。汚れとみなしているわけではないというのは嬉しく思った。

地元の女性も不快に思ってるわけではないらしく、旦那や息子が山にお参りに行ってきてくれると、そんな大変なところにわざわざ行って、とにかくありがたいと思うようです。いろんな考え方があるなと。

M)ここから先は険しいから危ないよみたいな意味合いもあるということなのかな。

K)そう、地元の人たちにとっては。宗教上のこともあるけども、そういうシンプルな話でした。
そういうのが根本にある。

M)KIKIさん的には、納得いく部分と、山好きだから登れないというジレンマと両方ある。

K)そうです。誰がどう言おうと差別だという人がいるのもわかります。

M)僕は今回は時間的に女人結界まで行けなかったんだけど、そこまでのコースのキュレーションで意識した部分はありましたか?

K)女人結界折り返しの手前で川沿いの道から車道に上がるんですね。心地よい道から一転、アスファルトを歩かされて、しかも淡々としたゆるい上り坂で、ちょっと退屈だなと最初歩いた時に思った。ただあえてそこに作品をおかずに、そこで女人結界について考える時間にしてもらおうと。実際にマインドトレイルのPodcastで女人結界について話した対談収録があって、それを聞いてもらおう、そこに向かって一旦心を落ち着ける時間にしてもらおうという形を取りました。

歩くという大変さを共有する

M)9kmって結構長い距離じゃないですか、僕らは割と日常だけど。

K)走るとめっちゃ速いです(笑)。

M)アート好きな人とかが9km歩くって結構ハードル高いのかなって気がするけど、その辺のバランス、登山をやってると割とこれくらいは歩くでしょという感じもあると思うけど、その辺の感覚はどうでした?

K)山をやってるからこそもうちょっと短くて、河原に降りて楽しむとか、プラスアルファの時間を作ってほしいな、というのは全部終わってからのミーティングでボソッと言おうかなと思ってるのですけど(笑)。私的にはちょっと長いかなと思っています。黙々と歩かないと消化しきれない距離と時間だから、丸1日余裕があって来れた人はいいんだけど、そうじゃない人は歩き通せないと思います。ただ齋藤さんの考え方だと、黙々と歩く中で見えてくるものがあるって。

M)マインドフルになってほしいんだ、歩いて。

K)そうそう、まさにそう。

M)でもそこに特異性が出ている気がします。インスタレーションとして、歩くことを強いるのは結構面白いかなと思うけど。

K)それこそアーティストたちが最初の視察で思っていたよりもみんな歩かされるわけですよ、天川もそうだけど、他の地域もアーティストは大変だったみたいで。でも、オープニングを迎えた時に、初めて顔を合わせる人がたくさんいたんだけども、なんか一体感があって。これってなんだろう?と思ったら、やっぱりみんな場所は違えど、歩くという大変さを共有してる。登山を趣味にしていると、同じ山に行ったことある人と話がとても弾むのですけど、その効果がマインドトレイルでもすごくあった。なんかその雰囲気が良かった、一体感があるという感じかな。その共通項が、”歩かされた”からなのかなと。

M)それはあるのかもしれないですね。MIND TRAILという名前で山でやってるよという謳い文句だけど実際、山をやってる人が手応えあるのかなというのが疑問だった。けど、実際に行ってみるとかなり要素として大きかった。歩くことが大きかったことが逆に新鮮だったし、それだと経験として残るっていうのかな。肉体的なところが伴っているから記憶に定着しやすいし、空気の感じとか光の感じとかがその都度残る気がする。

K)作品をレンズとして自然を見てほしいという、想いがある。だから、大袈裟にいうと、どんな作品を見たかを具体的に覚えてなくてもよくて、天川の森で感じた空気感とか村の雰囲気とか人の大らかさとか。そんなことがこころに残ってくれたなら、成功なのかなみたいに思うところはあります。


立つ〈人〉|華雪

KIKI(きき)

KIKI(きき)

武蔵野美術大学建築学科卒業後、モデル・女優・写真家として多方面で活躍。エッセイ寄稿や紀行文の執筆なども手がける。著書に『美しい山を旅して』(平凡社)、『山が大好きになる練習帳』(雷鳥社)、『山・音・色』(山と渓谷社)など多数。

MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館
会期:2022 年9月17 日(土)~11 月13 日(日)
会場:奈良県 吉野町、天川村、曽爾村
入場料:無料
ウェブサイト: https://mindtrail.okuyamato.jp