2022-2023年シーズンの大学駅伝は、3大大会のうち出雲駅伝と全日本大学駅伝が終わり、残すは大一番の箱根駅伝を残すのみとなった。ここまでは、駒澤大学が磐石の走りで2勝をあげて、初の三冠達成まで王手をかけている。そんな中、出雲で9位、全日本で8位と2年ぶりのシード権を獲得したのが東洋大学。チームの一体感は大学駅伝随一といっていいだろう。そんなチームを2009年からまとめあげているのが酒井俊幸監督。全日本を終えたばかりの監督に東洋大学の現在地を聞いた。
全日本を振り返って
今年の全日本は順位が激しく入れ替わる目の離せない展開となった。いきなり1区で青山学院の4年生目方将大が飛び出す。ほぼ逃げ切り確定という中継地点手前で大東文化大学のピーター・ワンジルに追い抜かれるものの2位で襷をつなぐ。しかし、2区の白石光星が思わぬブレーキとなり、レースは混戦模様に。3区で駒澤大学の山野力がトップに躍り出るとその後は駒澤大学が独走し、大会記録を大幅に塗り替える5時間6分47秒という大会新記録で今年2冠目をあげた。
東洋大学は、1区で出遅れるものの、4区の前田義弘主将の中盤以降に健闘し、8位でゴール。全日本大学駅伝シード権を2年ぶりに獲得した。
「全日本大学駅伝では、前半が追い風だったこととハイパフォーマンスによって、駒澤大学が大会記録三連覇を達成しました。全体を通して、前半からパフォーマンスを出せるチームが増えてきている中、東洋はエースが出場できなかったこともあり序盤は苦しい展開でした。
2年ぶりのシード権は獲得できましたが、全日本は箱根の前哨戦ということで、やはり上位で戦っておかないと厳しい。ただ、毎年ここから調子が上がっていくチームなので、ここで満足せずに、残り期間でしっかり箱根に向けてやっていくつもりでいます」
酒井俊幸監督の話からは、持てる選手をうまく2つの駅伝に振り分けながら、大一番となる箱根駅伝で全戦力がピークを迎えるように戦略を練っていることが伝わってきた。
人としての成長を遂げることがチームの目標
箱根駅伝観戦は正月のテレビ放送の目玉でもあり、全国民的な行事といっても過言ではない。だから観戦する側も勝利にこだわり、選手たちがまだ大学生だということを忘れてしまいがちだ。酒井監督の話を聞いていると大学駅伝といえども学生の人間育成の場だということを改めて意識させられる。
「(陸上は個人競技もあるが)駅伝は、もちろん全選手がマストです。ただ全員が出れるわけではないので、駅伝を通して成長して欲しいなという走力の面と、駅伝を通してチームがまとまっていくチームビルディングの面がある。結果も大事ですが、預かった学生の育成の場ですから。
理想の駅伝と理想のチームはちょっと別なんです。駅伝はやはり結果が出たらいいんですけど、良い結果を出す選手もいれば思うような結果がでない場合もある。それをカバーするのが駅伝。内容として、やっていることを出せればいい駅伝なんです。
一方、人としての成長を遂げること、そこがチームとしての目標。教育の場なので大事にしているところです。 東洋大学からオリンピックに出場する選手も出ていますけど、パフォーマンスが上がれば上がるだけ、人として問われる部分も上がらないといけない。“分相応”にならないとパフォーマンスが武器にならず、自分を傷つけることにもなりかねないんです。
私の今の指導方針としては、2年までは基礎基盤を定着させる。特別扱いしないで、個人メニューもあまり組まず、同じことの反復をしながらちゃんと定着させる。生活のことやチーム作りに加わるようなこと、そういう話のミーティングが非常に多いです。
あまり最初から技術系に行っていません。3年生、4年生になって発展させていく。マラソンに出るのも一つですし。3年生になってからは結果を求めるようになるので、マネージャーとしてチームをサポートするという態度が出てくる選手もいる。サポート兼選手という形で、違う形でチームに貢献するとか。個人個人という形にしていっています」
以前取材した相澤晃選手も影響を受けた人物に酒井監督を挙げていた。
「東洋大学時代の監督である酒井俊幸監督にはすごく感謝しています。陸上だけでなく、陸上以外のことも学ばせていただき、自分を変えてくれた恩師でもありますし、本当に感謝しきれないです。卒業するときに監督からは「自分の哲学を持つように」とアドバイスをいただきました。酒井監督は在学時から自分やチームメイトに「凡事徹底」であったり、「その一秒を削りだせ」など、選手を鼓舞するような言葉をかけてくださって、自分もそういう指導者でありたいなと思っています(相澤晃選手)」と言葉を大事にする監督だったことを語っている。
酒井監督も「主将をしていると話す機会が増えるので、相澤もそうですけど、チームづくりを通した中で私の考えを共有していくことが多いのかなと思います。監督としては、同じことをやっていてもやっぱりついてこないので、アップデートを自分自身もしなくてはいけないと思ってる。自分が常に学んでいく姿勢を示していかないと、学生も“そんなのわかってる”となってしまう。そこはお互い新しい気づきを出していく、目線は一緒にしてやっていきたいなと思っています」と選手と緊張感のある関係を意識していることを語ってくれた。
厚底シューズを履きこなす
ここ数年の学生駅伝では、選手が履くシューズが高い注目を浴びている。その中で東洋大学は、NIKEのサポートを受けて2017年に発売前の〈ヴェイパーフライ〉を日本で一番最初に試したという経緯を持っている。
「“厚さは速さだ”ということで、〈ヴェイパーフライ〉を履かせていただいて、選手たちの驚きと、笑顔で走っているのが印象的でした。楽しそうに。今はやはり、厚底を履きこなすことと、シューズの性能を引き出すことが勝敗にすごく大事なキーワードかなと思います」
シューズが進化する中で、監督自身は陸上競技や選手への影響をどのように感じているのだろうか。
「最終的に厚底を履きこなすためのフィジカルトレーニングと、逆に薄底と呼ばれる反発のないシューズを履くこともより重要になってきます。自分が現役の頃だったら厚底シューズはないので、薄底のペース設定とか、じんわりくる足の疲労感とか、そういう感覚がわかるし、それも経験しておかないと、厚底だけだと筋力が作れないんですよね。
でも利点もあって、薄底に比べて(足底部での赤血球破壊が少ないので)貧血になりにくいとか、マメができにくいとか、練習を継続できる要素と、一方でケアも合わせてやっていかないと履きこなせない部分があると感じています。
自分自身も溶血が結構あって、現役時代ずっと貧血に悩まされていました。でもマラソンは距離を踏まないといけないし、走れば貧血になる。本当に柔らかいところを走るとかしか対処のしようがなかったです。
だから今、この厚くて柔らかいシューズで練習できるのはすごく恵まれてるというのは感じて欲しいなと思います。なので、もうちょっと練習して欲しいな(笑)。 これだけ良いシューズがあるので、走る距離をもっと増やさないといけない。
私たち世代でも月間1,000kmはマストだったし、駒澤大学で現在コーチの藤田敦史くんもそうですけど、マラソン女子で結果を残した野口みずきさんや高橋尚子さんもそうですけど、1,300 kmなんて当たり前なんで。それを薄底で走ったわけですから。そう考えると、もっともっと今の学生たち、実業団選手もそうですけど、トレーニングを自主的に増やして欲しいなと思います」
その厚底シューズの可能性を引き出し、レースで勝利するためにどんな練習に取り組んでいるのかを伺ってみる。
「結局型(フォーム)ですね。レースの時の型(フォーム)を、厚底を履いてどれだけ姿勢を保持できるか。練習でもそれを毎日やればいいんですけど、それでは怪我をしてしまう。だから、毎日やらなくても可能にするだけのスタミナとその型(フォーム)をどう作っていくのかを常に自分で組み立てていく。共通の練習と間は自分でやるしかないので、そこが一つのポイントになります。
教えている立場からすると、履きこなすように導いていかないといけない。でも、シューズに“履かされている状態”はダメだなと思います。これは僕でなく学生が言っていることなんです。箱根の6区で“坂に走らされてる”ようじゃダメですって。シューズも同じですって。それを聞いて、いいこと言うねって。そうだよねって」
箱根へ向けて
間もなく大一番の箱根駅伝が開催される。3大駅伝と呼ばれる3つの駅伝を戦う関東の大学にとって、箱根はどういう位置付けなのだろう。
「(大学駅伝は)出雲、全日本、箱根、そこに箱根の予選会に出るチームもあります。多くのレースがある中で、初めから三冠を目標にできるチームは限られるんです。育成をする場にもなるので、東洋大学としては今回、夏にマラソンに出場した選手もいた。初めから彼らは出雲には出さずに、全日本から出場させる予定でした。逆に出雲だけ起用する選手もいる。しかし箱根駅伝は総力戦という位置付けで考えています。」
では監督は今回の箱根駅伝に向けて、どういった戦い方を思い描いているのだろうか?
「序盤から速い展開になるだろうと予想しているので、それにしっかり対応していかなくてはいけない。去年1区で(中央大学の)吉井大和くんがいってるんで、みんなそれに対応してくると思うし、留学生が1区にくる可能性もある。速い展開になるんじゃないかなと。縦長の集団になってどういうふうに対応しようかなと考えています。
箱根駅伝というのは、学生の夢から目標になって入部してきています。彼らにとって本当に結束して「俺たちの箱根駅伝はこうだった」と卒業後も言えるのは4年生の時の箱根駅伝になる。今年は良いチームを作っているので悔いのない大会にしたい。全日本の結果に終わらずに、箱根ではしっかり目標達成できるようにやっていきたいと思います」
酒井監督が丹精を込めて育て上げた東洋大学陸上競技部。チーム力を結集して挑む箱根駅伝での東洋大学の戦い方に注目だ。