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昨年12月30日に行われた富士山女子駅伝で優勝し、10月の全日本女子駅伝と合わせて“5年連続2冠”という偉大な目標を見事達成した名城大学。6人が繋いだ襷リレーは1区からトップを貫き、最後は2位に3分11秒の差をつけ圧勝ともいえる結果だった。何より力の限り全てを出し切って走る彼女たちの姿が、観る者の心を震わせた。このシーズンをエースとして、またキャプテンとして牽引したのが小林成美選手。学生時代最後のレースを終えた彼女に話を聞いた。

この富士山女子駅伝が学生最後のレースとなった小林成美選手は、キャプテンとして特別な思いで挑んでいた。

「連覇がかかっていたので、私の代で止めてはいけないというプレッシャーのなか、絶対に勝たなきゃいけないという思いがあり、終わって嬉しさと同時にほっとしています」

小さな体で大きな重圧を受け止め、史上初の快挙を成し遂げた。まさに肩の力が抜けてリラックスした和やかな表情が、逆にこの一言の重みを感じさせる。以前の取材でも、名城大学への進学を選んだのは駅伝を走りたかったからと、この種目への思い入れの強さを語っていた。

「誰でもあのユニフォームを着れるわけではない特別なものなので、それを4年間身につけてずっと先頭で走らせてもらったことはありがたかったです。贅沢な思いをさせてもらっちゃったなと。いい経験でした」

2大駅伝に4年間フル出場し、集大成となった最後の襷リレーにはこんなシーンがあったという。

「副キャプテンの山本(有真)から襷を受けた瞬間は、本当に嬉しかったですね。ずっと支えてもらいながらチームを一緒に引っ張ってきましたし、走りとしてもチームを引っ張ってきてくれました。戦友である彼女と襷を繋ぐのは本当にこれで最後なんだと思うと感動して、これからもずっとあの瞬間は残るんだろうなと思いますね。

せっかく力を入れていたんですが、襷を渡された時に“今までありがとう”と言ってくれたので、うるっときちゃったんです。でも泣いてなんて走れないから、とりあえず忘れてすぐ切り替えて走り出しました。一旦忘れなきゃと思って」

一方、谷本七星選手に襷を渡す時には、「“ぜったい楽しいから”と。私も2回経験したのですが、7区はずっと山道で一番きついんです。それを知っていて勝手ですよね(笑)。でも、“楽しいから!”と送り出しました」

観戦する私たちが釘付けになったシーンには、感動的な仲間同士のやりとりがあったのだ。

昨年のチームを取材した時から、名城大学の雰囲気のよさが伝わってきた。女子大生らしい明るさと無邪気さがありながらも、互いに補い合うチーム力の高さにはどんな理由があるのだろうか。

適性を生かした役割分担

これまでの陸上女子にあったストイックなイメージは、厳しすぎるルールを敷かずとも自主性や向上心がメンバーひとりひとりに備わっている名城大学によって覆された。ある程度自由な選択ができる環境の中で、小林キャプテンがチーム作りで心がけたことが明確にあった。

「名城は代々上級生が引っ張るチームです。今年は4年生は4人だったで、その中でうまく役割分担をしました。“チームをまとめるには”ということをよく話し合った結果、それぞれのキャラクターに合わせてキャプテン、副キャプテン、マネージャー、寮長の役割を割り振っていきました。

副キャプテンの山本(有真)とはチームの方向性やどのように最上級生として引っ張っていくか、ということを話し合いました。私はキャプテンとしてダメなところは注意しなきゃいけないので、いい緊張感を持てるよう後輩たちと距離を置いてトップのキャラ作りに徹底しましたし、逆に副キャプテンには後輩たちと距離を縮めてもらって日常生活での色々な悩みを聞いたり、後輩たちの意見も取り入れたいという点から、みんなが気になっていることを引き出してもらいました。チームを下から支える副キャプテンの役割も重要で、誰からも愛される山本が向いていましたし、私は嫌われても全然大丈夫なので、それぞれのキャラクターで連携していました」

はっきりとした口調で淡々と語られるのだが、その行き届いた配慮に圧倒される。自分が嫌な役を買うこともチームのためと捉えた、成熟したチームビルディングだ。

「寮生活は、寮母さんや大人がいないので、私が後輩たちと程よい距離をとって、注意をした時に効果があるよう、怖い存在である必要がありました。まだ入ってきたばかりの下級生がルールを破っちゃったときに、先輩がある程度しっかり言わないと色々崩れちゃうので。

最初から意図した作戦ではなくて、得意分野を担当したという感じですね。私がキャプテンをやりたいと申し出たわけではなくて、4人の中で適性を考えたときに私が一番向いてるなという感じでした。

高校の強豪校出身と言っても、入学当初は寮生活経験者と自宅通学者の差ができている印象を受けます。先輩たちの背中をみながら生活をしていって徐々に名城のやり方に慣れていくのだと思います。(チーム作りの)やり方は明快に教わるわけではないので、4年生になってからは自分たちのカラーでまとめるという感じです」

5年連続2冠を達成した裏には、こうしたチームビルディングの伝統が息づいていた。

22歳のメンタルケア

話を伺っていて忘れてしまいそうになるが、小林成美選手は若き22歳の学生だ。期待されるエースであることに加え、チームを牽引するキャプテンとしての役割も求められる彼女には身体はもちろん、心のバランスをとることの難しさもあったはずだ。数々の会見での凛とした受け答えからも見てとれるメンタルの強さには、何か秘訣があるのだろうか。

「メンタルケアに読書がいいと聞いたことがあって、気持ちを落ち着かせるためによく本を読みました。自己啓発も小説も、実用的なものまで色々。効果はまだわからないですけど、いつかは役立てばいいなと。

たくさんは読まないですけど、月2冊、多い時で3冊くらいです。湊かなえさんの『告白』は面白くて3回ほど読みました。朝井リョウさんの『正欲』は、映画化されると聞いて、その前に早く読んじゃおうと思って読みました。東野圭吾さんの短編集も面白かったですね」

読書で育まれた集中力や洞察力が、彼女の学生とは思えない落ち着きの秘密のひとつのようだ。また、トレーニングやレースに向けては。

「基本的な生活リズム、睡眠・栄養を自分の納得いくものが継続できていれば自然とパフォーマンスも上がってくるのかなと思っています。あとは自分の好きな趣味、それこそ本を読むこととか、あとは温泉も好きです。身体も解れるし心も癒されるし、デジタルデトックスもできますし」

当たり前のことをきちんとやり、うまく心と身体をリセットする。自身に合ったケアの方法を確立できているから、エースとキャプテンという重責を全うすることができたのだろう。

NIKE ペガサスがお気に入り

「一番良く履くシューズは、〈ナイキ ペガサス〉、〈ナイキ ペガサスターボ ネクスト ネイチャー〉、〈ナイキ インフィニティ リアクト〉です。細かく履きわけますが、最近はペガサスが中心です。スピードを出したい時はペガサス ターボを履きます。

選ぶポイントとしては、シューズは結構ピンクを選んじゃいます。シューズもウェアも、直接的にモチベーションをあげてくれる要素。練習をしなくていいオフの日でも、“これを着たいから走ろう”というように、新しいアイテムを試したくて走ってしまうこともしばしばなんです」

アスリートは、どんな逆境であってもモチベーションを維持しなければならない。シューズやウェアを選ぶポイントは機能性だけではない。ナイキのようなブランドが得意とするデザインも競技生活を続けるための重要な要素のひとつなのだ。ピンクは、小林選手に力を与えてくれるカラーになっている。

まずは5000m、10000mのスピードを磨く

今後は三井住友海上で競技を続けることが決まっている。

「実業団に入るということは会社の広告塔となるので、しっかり結果を残したいです。直近ではクイーンズ駅伝があり、最近は予選会からの参加が続いているチームなので、シード権が取れるように貢献したいと思っています。

種目は5000m、10000mに特に力を入れ、駅伝にもつながるのでしっかり固めていきたいです。マラソンについてもよく聞かれますが、いずれできたらなと思っています。まずは5000m、10000mのスピードを磨くところからですね。

今度はまた一年生になるので、フラットな自分でチームに慣れ、個人の結果を出していきたいです」

彼女が牽引したチームは次の世代に引き継がれ、名城はさらなる目標に挑む。そして、仲間と培ったチーム力からの学びを活かした小林成美が、次なるステージで飛躍する姿を引き続き追っていきたい。

小林 成美(こばやし・なるみ)

小林 成美(こばやし・なるみ)

2000年4月17日生まれ。長野県出身。小学1年生のときに、川中島ジュニアランニングクラブで走り始める。川中島中、長野東高と駅伝の全国大会で準優勝。名城大女子駅伝部に進み、4年間レギュラーとして全日本大学女子駅伝と富士山女子駅伝の2大女子駅伝連覇に貢献した。また、トラックでは2021年に一万mで31分22秒34の学生記録(当時)を打ち立てた。卒業後は、三井住友海上の実業団で競技を続ける。