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3月5日の東京マラソンは、パリ五輪出場を目指す男子選手にとって、その選考レースであるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権を手にするための事実上、ラストチャンスだった。このレースでは東京オリンピック6位入賞の大迫傑(Nike)をはじめ、5人が新たにMGCの出場権を獲得した。

東京オリンピック後に一度現役を退いた大迫は、昨年11月のニューヨークシティ・マラソンで東京オリンピック以来となるマラソンに臨み5位に入っている。しかし、記録は2時間11分31秒にとどまり、ここではMGCの出場権を獲得できなかった(2時間8分0秒以内のタイムが必要だった。もっともワールドマラソンメジャーズで5位入賞しながらもMGC出場権を得られないことには首を傾げるが…)。

「自分の中で4カ月という、わりとチャレンジングな期間での準備だったので、どこまで仕上がるか分からなかった」

こう振り返る大迫は、レース間を5カ月スパンで臨んだ2019年の東京マラソンでは途中棄権に終わっている。それよりも短い4カ月というスパンで挑む今回、実力者の大迫といえども、もしかしたら不安があったのかもしれない。それでも、完走したレースで初めて入賞を逃したものの、短い準備期間にもかかわらず自己3番目の2時間6分13秒で走り切り、きっちりとMGC出場権を手にした。

また、今回の東京マラソンは日本記録ペースでレースが進み、山下一貴(三菱重工)、其田健也(JR東日本)、大迫の3人が日本人トップ争いを展開。山下が日本歴代3位となる2時間5分51秒(7位)、其田が日本歴代4位の2時間5分59秒(8位)と共に2時間5分台の好記録マークし、MGCに向けて弾みを付けた。すでにMGC出場を決めていた選手たちにとっては、思い切ったチャレンジができた大会でもあった。

大幅に増えたMGC出場選手

マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権を懸けた戦いがスタートしたのは、2021年12月の福岡国際マラソンから。東京オリンピックの4カ月後には早くも始まっていたというわけだ。そして、男子は東京マラソンで、女子は3月12日の名古屋ウィメンズマラソンで、ひとまず“MGCチャレンジ”と称されたMGCに出場するための指定大会は終了した。

MGCのシステムを今一度簡単におさらいすると、指定大会のMGCチャレンジで順位と記録の条件をクリア、もしくは、ワイルドカード(日本代表派遣国際大会や対象国際大会などにそれぞれに進出条件が設定されている)で出場資格を突破した選手が、10月15日に東京で行われるMGCに出場。そこで1位と2位となった選手が、パリオリンピック日本代表に内定する。残りの1枠は、MGCレース後に開催するマラソン日本代表選考レース“MGCファイナルチャレンジ”を終えて決定する。

MGC出場者は、5月31日までにワイルドカードでさらに増えることが予想されるが、現時点では男子62人、女子29人が出場権を獲得している。MGCは今回が2回目で、男子は出場資格が前回よりも厳しくなったのにもかかわらず34人から28人も増加。女子は前回と同条件だったが、15人からほぼ倍増した(※前回は男女それぞれ3人が世界選手権出場のためMGCを辞退している)。

前回のMGC前に比べて厚底レーシングシューズの普及が進んだことも一因に挙げられるが、MGCの存在が全体的なレベルアップに貢献しているのは明らかだろう。

MGCの意義

 MGCが日本の長距離のあり方を大きく変えたと言っても過言ではない。オリンピック選考レースという大義があるレースだが、MGCそのものを目標としている選手も多いのではないだろうか(もちろんMGC出場を決めれば、必然的にオリンピック出場に目標が切り替わるのだろうが)。

例えば、進退をかけてMGCチャレンジの指定大会に出場する選手が多かった。

東京マラソンでは宮脇千博(トヨタ自動車)が事前にSNSでその覚悟をつづりレースに臨んだ。レース後にも、MGC出場を決められず、現役引退を表明する選手が何人もいた。マラソンに限らず、オリンピックイヤーに一線を退くアスリートは多いが、ことマラソンに限っていえば、それが前年に繰り上がったといえるかもしれない。

また、多くの実業団チームは、企業の認知度を上げるためにも、ニューイヤー駅伝で成果を上げることが目標となっている。想像の範疇だが、マラソンを得意とする選手であろうと、駅伝メンバーに絡めなければ、これまでは居心地の悪い思いをすることもあったのではないだろうか。それが、MGCが認知されたことによって、チーム内での存在意義が高まったといえるかもしれない。

さらには、若いうちからマラソンに挑む選手が、以前に比べて増えてきた印象がある。特に男子の場合は、大学生のマラソン挑戦が目立つ。今年2月の別府大分毎日マラソンでは、横田俊吾(青山学院大)が20年ぶりに学生記録を塗り替える2時間7分47秒の好記録をマークし、MGC出場を決めた。また、昨年8月の北海道マラソンでは、箱根駅伝未出場(当時)だった柏優吾(東洋大)が2位に入る健闘を見せMGCを獲得し、今年の大阪マラソンでは日本学生歴代2位の2時間8分11秒まで記録を伸ばしている。こういった若い選手のチャレンジが、競技自体の活性にもつながっている。

MGCの課題

もちろん見えてきた課題もある。全体の底上げが進んだ一方で世界のトップにはなかなか太刀打ちできないのも事実。ワイルドカードの対象レースに世界陸連のエリートラベル(*)以上の大会を含めることで、積極的に海外レース挑戦を促す意図があるのかもしれないが、MGC進出条件が着順ではなく記録のため、先に書いた通り、大迫のようにニューヨークシティマラソンのような大きな大会で入賞してもMGC出場権を得られないというケースが出てくる。MGCはオリンピックで戦える選手を選出するためのシステムのはずなのに、これではよりドメスティック化が進みかねない。

(*)世界陸連(WA)がラベリングするマラソン大会は、格付けが高いほうから、WAエリートプラチナラベル、WAエリートラベル、WAラベルの3種類がある。

また、MGCが開催される秋は、海外ではシカゴやベルリンといった高速レースが行われる時期でもある。今回、新谷仁美(積水化学)がMGC不出場を明言しているが、旬を迎えたアスリートにとっては記録を狙うために海外レース出場を希望するケースも出てくる(MGCの権利を手にしていれば、MGCファイナルチャレンジで残り1枠を狙いにいくこともできる)。大迫も、東京のレース後に「(MGCに)出場するかどうかはまだ確定していない。1回休んでから、どういう目標でやっていくか、しっかりとコーチを含めて判断してやっていきたいと思います」と話しており、MGCを回避する可能性もある。もちろん出場するか否かは個人の判断だが、有力選手の出場辞退が相次げば、大会自体が盛り下がってしまいかねない。ロサンゼルスオリンピックの前にもMGCが行われるのであれば、これらの点は見直しが必要だろう。

とはいえ、今回の顔ぶれも、実にバラエティー豊かだ。男子は、2時間4分56秒の日本記録を持つ鈴木健吾(富士通)をはじめ、今年39歳になる今井正人(トヨタ自動車九州)や岡本直己(中国電力)といった経験豊富な選手もいれば、日本学生新記録を打ち立てた横田や柏といったフレッシュな選手も名を連ねる。

その一方で、東京オリンピック代表の服部勇馬(トヨタ自動車)と中村匠吾(富士通)はMGCを決められず、2大会連続のオリンピック出場を逃している。

 女子は、東京オリンピック代表の一山麻緒(資生堂)、鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)、前田穂南(天満屋)が、順当にMGCに駒を進める。同オリンピックは補欠に甘んじた松田瑞生(ダイハツ)は、真っ先にMGC出場を決めている。

2月にはMGCのコースも発表された。国立競技場をスタート・フィニッシュとし、一部周回コースもあり、折り返しは6回もあるタフなコース設定となった。

男子は2時間4分台から10分台、女子は2時間19分台から26分台までと、出場する選手の力にはだいぶ開きがあるが、今回もエキサイティングなレースが期待できそうだ。