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駒澤大学での4年間を大学三大駅伝(出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝)3冠で締めくくり、トヨタ自動車で競技生活を続けることになった田澤廉選手。10000m27分23秒44という日本人学生記録であり日本歴代2位の記録も駒澤大学在学中に叩き出した。駒澤大学陸上競技部の監督を退任し総監督となった恩師、大八木弘明氏との二人三脚で本格的に世界を目指す準備は整った。そんな田澤選手が大学時代を振り返り、これからの道筋を話してくれた。そして、新しくなった〈ナイキ ペガサス 40〉の印象と、シューズの履き分けについても語ってくれた。

−駒澤大学での4年間を振り返って、いかがですか?

自分は箱根駅伝に出たいというところからスタートしたんです。そこに大八木監督がスカウトに来てくれました。すごく熱量があって、この人について行けば絶対に自分は伸びるっていう確信がありました。駒澤大学に入った当初から監督は、“世界!世界!”って言っていたんですけど、自分には絶対無理だと思っていました。そんな力はないって思っていたんです。けど、監督は世界で戦える選手になると言ってくれていました。

東京オリンピックの前くらいからどんどん自分に力がついてきて。そこで初めて10000mだったらオリンピックで世界と勝負できるんじゃないかなというところまで来ていた。タイム(東京五輪参加標準記録は27分28秒00)に届かず無理だったので、ポイントで全力で行こうと思ったんですけど、ちょっと惜しくて行けなかった。そこから世界っていうのは自分の中ではリアルになって、絶対次のオレゴン(オレゴン2022世界陸上競技選手権大会)に行ってやるって思いで、その1年後に叶えました。  

−監督に世界って言われていなかったらそんなに強く思わなかった?

思ってないと思います。やっぱりそれがきっかけで、どんどん意識してきたって言うのもあると思います。

−監督は見抜いていたんですね

結果的にそうなるんですかね。振り返ると、できすぎた4年間ではありました。やっぱり自分が思い描いてた大学でのタイム(記録)は、とうに越しちゃってて(21年に記録した27分23秒44は10000m日本人学生記録)。だって最初は箱根駅伝で走りたいという気持ちだけで入ってきたので、出来過ぎだなって思いますね。

−トラックの結果も、チームの駅伝3冠も叶えていますからね

そうですね。そこは達成感があって、大学時代には悔いはないです。うまくいきすぎたんで、ありがたいですね。

−監督との今後の取り組みはどんな感じで?

基本的にやり方は変わらないと思いますけど、大学4年間での関係をこれまで以上に良くしていくみたいな考え方です。根本的な何かを変えるというのは特にないです。質とか量はもちろん上がっていきます。

−大八木監督は田澤選手から見て、どんな人ですか?

本当に陸上が好き。陸上のことだけだったらすごいですよね。それ以外はちょっと抜けてるとこもあるんですけど、そういうところがいいんです。そういうところがあるから、自分は監督のことが好きなんですけど、普段からカッチリしてて遊びもない人だったら面白くない。そういうところも監督と自分は合うと思います。でもすごく熱意がある方で、1対1で真剣に向き合ってくれる。昨年までは、自分だけじゃなくてチームも見てたのに、下のメンバーもちゃんと見てるんです。下のメンバーの試合もちゃんと自分が車を運転していったり、そういうところもちゃんとやっているので、監督としても素晴らしいと思います。

−人間性がある。選手としてはちゃんと監督が見てくれているな、みたいな意識がある?

下の選手たちは見てくれてないんじゃないかって思ってるかもしれない。もちろん上の選手たちのポイント練習とかメインで見てるのでメインではないですけど、見てるのは見てるんですよ、絶対。

−やっぱり監督を喜ばせたいと思いますか?

思いますね。それを三冠でまず4年分は返したいっていう思いがありました。世界陸上とかあったので、昨年だったら12月にそれを狙いに行ってましたが、今年は最後というのもあって、自分は(三冠に)全てを捧げます、という感じでした。結局、直前にコロナになって残念賞だったんですが…。

−結果、チームとしては優勝していますから

チームとしては優勝できたんで、良かったかなと思うんですけど。

これから力を解放していく

−(今回一緒に撮影した際に)鈴木亜由子選手が、田澤選手に「余力残してるって本当ですか?」って聞いたって言っていたんですけど(笑)

聞かれました(笑)。本当ですよ、今まで制御してやってきました。これから実業団に行って、解放していこうと思っています。

−溜めている?

溜めていました。

−ブレイクしたらどうなるのか。

解放されるまで、怪我しないようにしたいです。そういうのを考慮して、徐々にですね。やっぱりパリ・オリンピックまでには目指したいです。10000mで26分台を出して一区切りつけようと思っています。そこまでには、やはり自分が目標としている26分台は出しておきたいと思ってます。

−その次はロードですか?

マラソンです。

−では、タイムスケジュールみたいなものは出来てきているんですね

大まかなスケジュールはもう出来てます。段階を踏んでいます。制御してるって言いましたが、(競技を始めた)最初から目一杯やって結果が出て、次に期待された時に走れてるかもしれないですけど、光る選手ではないかなって思ったんです。だから制御していて、それでも結果を見ると結局高校も一番記録を持っていたとか、そういう結果になっていますが、でもそれは抑えてた状態での結果だった。これくらいでこの結果ならありがたいと思いながらやってきたんです。

−今まで結果は出ているけれど、それは自分の中でセーブした上の結果で、実業団になって結果がより必要になった時にもっと開く

そうです。実業団に行ってから全部やれることをやって、さらなる結果を勝ち取りたいとずっと考えていました。うまくいくかどうかは、もちろんその時はわからないですけど、うまくいきました、結果的に。ここからが本番です。

−もちろん練習では余力は残してやっているけれど、試合では100%出している

試合はもちろん100%なんですが、それも一応制御してる練習をこなしてという段階での100%です。これから、もちろん練習量などを上げていけば、自分が最終的に思い描いてるラインに到達できるんじゃないかって思います。段階的にずっとこうやってきていて、その結果が現れているので。

世界に向けて

−パリに向けては、10000mにフォーカスしていくという感じで、ほぼ決めている?

そうです

−その先にきっとロードがあるだろうと。そういう先も踏まえて、どんな選手になりたいとか、どんなランナーになりたいというのはありますか?

最終的には、マラソンでメダルを取る選手ですね。オリンピックとか世界大会でメダルを取る選手に到達したいと思っているので、最終的な目標はそこです。

−ランナー像はありますか?結果以外の。目標としてる選手とか。憧れの選手とか、自分はこういう選手がかっこいいと思うということ

どうだろうな。自分は自分なんで。誰みたいになりたいとかはないかな。特にこの人みたいになりたいっていうランナー像もないです。自分が終わった時に作られたランナー像が自分の在り方であるんで、特に今ここではないかなと思うんです。

−でも、すでにスタイルはできている気がします

そうですね。それを続けていくだけです。

田澤廉選手に聞く〈ナイキ ペガサス 40〉

世界を目指す田澤選手に、発売したばかりの〈ナイキ ペガサス 40〉や、これまでのペガサスの印象とシューズの履き分けについて語ってもらった。

−ペガサスはどんな練習で使っていますか?

朝練習と快調走という、ちょっとジョグより速いペースと、距離走で使っています。

−そこにペガサスを使う理由は何ですか?

快調走はペースが少しジョグより速くなるんですが、ペガサスは軽いので選んでいます。でも、距離走についても、普段から足の強化のためにもっと負荷かけるには、距離走に対応したシューズを履くんじゃなくて、ジョグシューで足を作りたいって思いがありました。なので快調走でも距離走でもペガサスを履くようにしています。ペガサスって軽いじゃないですか。そしてニュートラルで、シューズに頼ってる感じもしないし、そこで足づくりできている。それがペガサスを気に入っているところでした。

−ペガサスは幅広く使っていると思うのですが、その他のシューズの履きわけを言える範囲で教えてもらえますか?

自分には、めちゃくちゃありますよ。まず朝練は、ペガサスじゃないですか。本練習にインヴィンシブル、快調走もペガサス。トラック練習の時はヴェイパーフライ 3 を履いていて、トラックレースが近くなるとドラゴンフライを履く。ロードレースの時はヴェイパーフライを履いています。

−ペガサスはすごいロングセラーでもう40代目です。〈ナイキ ペガサス 40〉になりましたが、40になってから足入れはしましたか?

はい。39よりは柔らかいっていうんですかね。39には硬さがあった気がするんですけど、ちょっと柔らかくクッションが上がった感じがします。アッパーのフィット感がいいと思います。

−ペガサスにまつわるエピソードや思い出はありますか?

ペガサス 32から履いているんですけど、ナイキってカスタムできるじゃないですか。僕は、高校生の時にNIKEiD(現在のNike By You)で32から始めて、その次の33もiDで作ったんです。花柄にしたり、赤に金のラインをつけたり。35も作りました。練習で履くために買って、でも履き潰したくなかったんで、履き潰す前に室内用に変えました。今でも手元に残ってます。

自分は足がワイドで、当時は窮屈なシューズが多くてそれが嫌だったんです。それでナイキのペガサスを履いた時にワイドで自分の足にあったのが、ナイキを履き始めた理由の一つです。

−ではペガサスがきっかけでナイキを履いたんですか?

そうです、そうです。

〈ナイキ ペガサス 40〉

ナイキ ペガサス 40が新しくなって登場。ナイキ ペガサスは「あらゆるランナーのためのシューズ」として1983年に登場して以来、多くのランナーに信頼され、頼れるシューズとしての評価を確立させてきた。今年で40周年を迎えたペガサスは、多くのランナーのフィードバックをもとに進化し続け、培われた信頼と安定した走りを提供することを重視しながら新たにデザインされた。

ナイキ ペガサス 40 ¥15,400(税込) 

田澤廉

田澤廉

2000年11月11日生まれ。青森県八戸市出身。トヨタ自動車陸上長距離部所属。
駒澤大学時代の箱根駅伝では3年連続2区を走り、4年時は出雲駅伝、日本大学駅伝、箱根駅伝の3大駅伝で勝利し3冠を達成。10000mの日本人学生記録保持者(日本人2位)。