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現在、運用されているBIA(B Impact Assessment)は「ガバナンス・従業員・環境・コミュニティ・顧客」の5分野で構成されているが、そのなかでも最近追加された項目が「顧客」だ。まずはどうして「顧客」が追加されたのか、その背景から振り返ってみよう。

ESG、SDGs、ステークホルダー資本主義。これらは、“社会・地球すべての関係者に与える影響を考えながら経営する”という概念に関連する新しい用語だ。〈B Lab〉が拠点を置くアメリカでは、長らく経済学者のミルトン・フリードマンによる「企業の社会的責任は利益を増やすことである」というエッセイ(1970年『ニューヨークタイムズ』で発表)に影響を受けた、利益追求型資本主義を信じる経営者によって支配されてきた。このような株主への利益優先型のビジネスは、敵対的買収などの短期的かつ視野の狭いビジネスを促進し、環境破壊、従業員の搾取、人種の不平等を加速させたと指摘されている。こうした流れに対抗したのが、2019年に開催された「ビジネス・ラウンド・テーブル(BRT)」で採択された「ステークホルダーにコミットする」という宣言であり、2020年の「ダボスマニフェスト2020」で提唱された、ステークホルダーやESGの原則の包括的な取り組みである。

顧客とともにビジネスをつくる

現在、ステークホルダー資本主義が世界の大きな潮流となっているが、〈B Corp〉はこうした動きに先駆けてすべてのステークホルダーへの影響を考慮した企業活動を模索してきた。

「アセスメントに最後に追加された『顧客』の項目には、『従業員、取引先、サプライヤー、コミュニティ、株主や投資家同様、顧客もステークホルダーの一員である』というメッセージが込められているように思います」と、〈B Corp〉取得支援専門のコンサルタント、岡望美さんは言う。

「顧客」に並ぶのは、たとえば

・自社製品・サービスの中に、顧客や受益者の社会的・経済的問題に対処しているものがあるか

・顧客への影響や提供価値を明確化するために取り組んでいること(保証、補償、消費者保護ポリシーの策定/第三者機関による品質保証/品質管理メカニズムの構築/フィードバックや苦情の受け入れ/顧客満足度のモニター/製品・サービスが顧客に対してどんなアウトカムを出しているか分析/エシカルマーケティング等のポリシーがある/顧客情報保護のポリシーがある)

・重要なサプライヤー(通貨ベース)の何%が、定期的な品質保証レビュー・監査を受けている

「『顧客』の項目は他分野にくらべて設問数が少なく、日本で〈B Corp〉認証を取得している企業の平均点数は9点です。30点近くを獲得している企業もあり、点数の開きが大きい項目となっています。高得点の企業は、自社の企業活動が社会や環境へ与える影響を数値化して具体的に示しているところが多いようです。顧客や市場へのインパクトを定量化するプロセスは手間と時間がかかりますが、それを表現できることは自社の企業活動を見直すきっかけになり、顧客満足度の向上にも寄与します」

「顧客」のアセスメントで問われるのは、企業が顧客に向けて提供する製品やサービスに保証や顧客保護ポリシーがあるか、品質管理のための仕組みが整備されているか、顧客のフィードバックを反映させるプロセスがあるか、企業活動のなかで収集したデータに関して、プライバシーポリシーを設けているかなどだ。グリーンウォッシングを防ぐためのエシカルマーケティングガイドラインを設ける、SNS上での顧客の情報保護の観点からプライバシーポリシーを整備するなどは、一定の効果を発揮してきた。しかし、これらは企業活動のなかで当たり前に行われるべきことであり、こうした顧客対応を軽視する企業は消費者から敬遠される可能性が高いだろう。

2024年スタートの新基準では、差し迫った危機に対応

2024年から運用予定のアセスメントの新基準では、「顧客」に含まれていた項目は、8つのコアトピックのうちの一つである「パーパス&ステークホルダーガバナンス」、またはインパクト・マネジメントのカテゴリーの中に統合される。顧客対応、顧客管理については、各企業が経営活動の中で個別に取り組む必要があるということだろう。「顧客」と「コミュニティ」という項目がなくなり、「人権」と「多様性(JEDI=正義Justice・公平性Equity・ダイバーシティDiversity・包括性Inclusion)」を加えた新基準から、〈B Lab〉が抱いている気候変動や人権問題への危機感が読み取れる。

「顧客保護や顧客に対するサービスの向上よりも、いま逼迫している危機に対応するアセスメントに舵を切った印象を受けます。そう考えると、今後、企業にとって重要なのは顧客に対する啓発になっていくのかもしれません。特に日本は欧米諸国に比べて消費者の環境意識が低いと指摘されています。消費者の環境意識や人権意識を高め、よりエシカルな製品やサービスを選択してもらう必要があります。そのためには、顧客との対話が不可欠なのではないでしょうか」(岡さん)

日本ではSDGSという言葉自体の認知度が抜群に高い一方で、多くの人々にとって気候変動が自分ごとになっていない、危機感が薄いという課題がある。このような状況から、企業のサステナビリティや環境への取り組みが評価されにくい状況が生まれている。

「しかし、顧客志向のアプローチだけでは気候変動の問題を解決することはできません。企業が顧客や消費者にアプローチすることで、より持続可能な製品やサービスを選択してもらう必要があるのです」(岡さん)

顧客と対話を続ける意義

〈B Corp〉の一つ、〈オールバーズ〉でヘッド・オブ・サステナビリティを務めるハナ・カジムラさんは、「“製品を選択する”という大きな力を持つ顧客や消費者に対して、企業は自社の製品の魅力やそのプロフィール、ものづくりのストーリーをわかりやすく伝える必要がある」と述べていた。また、「顧客からの『これはどこで生産されたのか』、『どのように製造されたのか』という質問に対して、納得のいく回答を提供することも企業の責任だ」とも。このような企業と顧客や消費者のコミュニケーションが、よりよいビジネスを築く助けになるだろう。

「これは肌環境と地球にやさしい化粧品を開発する〈mayunowa〉のエピソードですが、〈mayunowa〉は自社の商品の一部をガラス瓶で販売してきました。現在、このガラス瓶は回収されリユースされていますが、これは顧客が空き瓶を持参し、『もったいないからリユースしてほしい』とリクエストしたことで実現したといいます。ブランドの哲学が顧客に伝わり、それに共感した顧客がさらなるアクションを起こしたケースといえるでしょう。このような双方向の関係性こそ、〈B Corp〉が目指すものと考えています」(岡さん)

新基準のトピックはガバナンスやマネジメントに偏重している、顧客が軽視されているという批判もあるかもしれない。しかし、BIAの新基準に『顧客』の項目がなかったとしても、〈B Corp〉の目指す社会において顧客とのポジティブな対話は欠かせないものではないだろうか。