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走り慣れたトレイル、見慣れた景色、家の裏山。旅やレースで出会う特別な場所ではなく、日常に溶け込むような“お決まり”の場所。急峻な登りもゆるやかな樹林帯もトレイルランナーにとっては極上コース。そんな魅力的な里山を知るべく、あの人のお気に入りのトレイルを覗いてみよう。第三回は、長野県上田市在住のパタゴニア・サポート・アスリートの上野朋子さんのホーム・マウンテン太郎山山系を訪ねた。

長野県上田市。歴史好きには名の知れた戦国時代の真田氏が築いた「上田城」の城下町である。大ヒットした大河ドラマ「真田丸」の舞台だ。そんな歴史が色濃く残る上田市だから、長野の各都市に見られる山城(山の地形を利用して築かれ、兵士たちが立て籠った要塞のようなもの)がある。
 
それが、今回の“上野氏(上野朋子さん)”のホームマウンテン、太郎山山系。この山の名前、地方の里山にしてはめずらしくトレイルランナーによく知られている。〈太郎山登山競争〉、現在はスカイランニングシリーズの〈UEDA VERTICAL RACE〉として名を変え、国内のトップ選手達が集結する一大レースだ。

太郎山は、上田市のシンボルと呼ばれ、市民に親しまれている山。標高は1,164m。太郎山の西には城跡と共に尾根が伸びており、小さな山塊ながら太郎山山系と呼ばれる縦走路がある、今回はその縦走路を中心に、東から西へ、西から東へと8の字を描く。

コースの概要
太郎山山系8の字サーキット 約15.3km 累積標高1,635m

スタート/フィニッシュ:大山祇神社

寄り道スポット:太郎神社、太郎山、兎峰、虚空蔵山、金明水

上野朋子さんの職場は学校。埼玉県で教員の仕事をしている。長野から埼玉まではるばる通っているわけだが、それでも「山の近くで暮らしたい」そうだ。こちらへ引越したのは7年前のこと。自宅探しの際には新幹線の停車駅や高速道路のICが近いことはもちろん、その当時から存在を認識していた太郎山に近いことも決め手となった。引越してすぐ、太郎山が日々のトレイルランニングの拠点となった。

自宅から1.5kmほど坂を登ったところに太郎山表参道登山口がある(コースは、車でのアクセスを想定し、大山祇神社を起点としている)。太郎山には十数本の登山道があるが、そのなかで最もメジャーなコースがこの表参道なのだそう。木段から始まり、場所によって足元はがちょっとガレていて、走れるというよりは最初は太郎山まで一気にガツンと登る。
 
「あ、どうも、こんにちは!今日は?はいはい、あ〜そうですか。では!」
 
作業着っぽい服装の初老男性とやけに親しげに話すので、知り合いですか?と聞くと、太郎山でよく会う地元の方だそうだ。
 
「表参道は、太郎山で一番人が多いルートなので、登りはあえてここを使うんです。そうすれば、いろんな人と会えるんですよね。いつも会う人達と挨拶をしたり、下ってきたおかあさんが、上で猪が暴れているから行かないほうがいいよ!と教えてくれて引き返したり。走れるような場所じゃないから、地元の人との交流も楽しみに登っています」
 
山道(参道)の端には道しるべの丁石がある。一丁は約100メートル。三丁丁石、四丁丁石、と山頂手前の太郎山神社まで24の丁石が招いてくれる。


 
ガツンとは言ったものの、傾斜はほどよく、途中で石の鳥居や山神様が祀られた祠も登場して飽きない。
 
真っ赤な巨大鳥居が現れたら太郎山神社はすぐそこ。(トイレがあるのは太郎山神社周辺のみなのでこの辺りで済ませておこう)。いったいどうやってこんな森のてっぺんに運び入れたのか、ドンと構えた巨大な鳥居をくぐる。
 


 
石段のそばにあった木には、樹木の名前だろうか、“一位”と札がかかっていた。なんだか縁起が良さそうだ。神社の社前には小さな鳥居。
 
「初めてくぐりましたよ。何が叶うんですかね?」
 

 
上野さん、無病息災だそうですよ。気さくでお茶目なキャラクターが地元の人にもきっと親しみやすいのだろう。さて、社の脇から山頂方面へ進む。ほんの少し登れば太郎山だ。脇道には展望ベンチがあり、上田の街並みが一望できる。山頂も眺望はいいけれど、上野さんのお気に入りはこちららしい。
 

 
広い山頂にはハイカーさんがひとり。こんにちはと挨拶をする。ちょこんと置かれたお地蔵さま。なんて静かなんだろう。表参道は地元の人が多い、と言っていたが、確かに人には会うがまばらでしかない。週末にはもう少し増えるとしても、ここがどれだけ静かな場所なのか想像するのは容易い。


 
山頂を過ぎたら、こんどはいったん山麓まで駆け下る。少々藪っぽい道だが、登りとは打って変わって走れる気持ちのいい斜度。あぁ、せっかく標高上げたんだけど…と口からこぼれそうになるが上野さんはそんなのおかまいなしに楽しそうに駆けてゆく。
 

 
もともと、太郎山だけを登っていたが、7km、1時間と少しで朝ランにはちょうど良いものの、週末ならもう少ししっかりと走りたい。そう考えた上野さんは、古びた道標や看板を見つけてはありとあらゆるルートをとりあえず全部ひと通り走ってみたのだという。上田市周辺の里山の多くは「登る」「下る」しかなく、ピストンになりがちだ。山の反対側に降りるとロードでつまらない道を延々と走らなければならない。
 
「ロードが好きじゃないから・・・できれば山を通って戻りたいと思い、小さなトレイルを探して回りました。ひと通り走ったなかで、ここは登り、ここは下りが良いなと好みを組み合わせて、このルートが出来上がりました」
 
太郎山から下るシングルトラックは特にお気に入り。走れる傾斜が最高に気持ちいいのだそう。麓の小さな集落の人たちが太郎山に登る時に使う程度でほとんど人が通らない。だからこそ走れるのだが、夏はかなり草木が覆うため、春先〜初夏と秋〜冬がおすすめ。標高を下げるにつれて沢沿いの道となり、ちょろちょろと水が流れる音が木陰で涼しさを演出してくれる。山麓の集落の道端では近所のおばあちゃんたちが井戸端会議中。どこいくの?へー、そうかい、いってらっしゃい、がんばってねなんて応援されて、次のループが始まった。
 

 

山の中に突如現れた養蚕の神様、座摩(ザマスリ)神社。そこから虚空蔵山〜太郎山の尾根を辿るミニ縦走路への取り付きは始まる。信州と言えど、街に近い里山は暑い。関東以南よりはいくぶん乾燥していて風が吹けば涼しいが、里山の取り付きが直登、急登なのは常で一気に汗が吹き出した。まずは兎峰方面を目指す。太郎山に比べて虚空蔵山側は歩く人が少なく、取材時が初夏だったこともあり、やる気満々元気いっぱいの松や草木に時折道を阻まれる。壊さずになんとか潜れないものかと苦戦した芸術的なまでの蜘蛛の巣もあった。所々にある城跡の周りは、かつて開拓されたであろう平坦なトレイルとなり、走れるトラックとなる。

最初の小ピークから兎峰〜虚空蔵山には岩場もあり、藪をかき分けてピークの露岩へ上がると素晴らしい展望台が現れた。八ヶ岳や美ヶ原、北アルプスの名峰群が見渡せる抜群の眺望。標高1,000mに満たない里山でこんな山好き垂涎の景色が見られるなんて!
 


 
虚空蔵山から再び太郎山へ向かうには、主尾根を辿っていく。緩やかなアップダウンやトラバースで、急登を頑張ったご褒美といった様子。山と山を自分の足で繋ぐ尾根道は縦走の醍醐味だ。トレイルが少し崩れている箇所があったものの、あっという間に太郎山エリアに戻ってきた。もう一度ピークに行っても良いが、ルートは山頂は通らずに手前の分岐から裏参道方面へ抜ける。
 


 
裏参道はダブルトラックのダート道。これまでの花咲き乱れ植生豊かなシングルトラックとは一変し、走れる=走らされる、トレランレースにありそうな下りだ。消化試合かと思いきや、上野さんは、この道も好き!だという。
 
「ここは、季節によって森の彩りが全く違うんです。春は桜、色づく秋のカラマツ、冬の樹氷。たぶんここに住んでいる長老っぽいカモシカにも会います。裏参道は、最も季節を感じられるところが好きなんです」
 
最後にダートをスカッとかっ飛ばし、夏には登山口の沢にドボンと入ってクールダウンして、家路に着く。距離は16kmだが、数字以上のタフさがあり、上野さんでも3時間〜4時間ほどかかる刺激的なコース。なるほど、彼女の強さの所以を垣間見た。
 


 

皆で登り、皆で整備し、皆で守る上田のシンボル

縦走路の主脈を走っている時、草が刈られたばかりの青い匂いがした。
 
「たぶん、昨日あたりにでも整備が入ったんだと思います。少しずつだからまだ刈られていないところもあるけど、地元の人達がやってくれています」
 
太郎山山系には太郎山保存会をはじめとする地元の方々による団体があり、皆で協力し合って整備しているのだという。上野さんも4〜5年前からこれに参加するようになった。上田市の太郎山山麓に引越し、毎日のように登っているなかで、「誰かが整備してくれた」ことに気付く機会が何度もあった。

昔からトレイルランニングレースのコース整備に参加する機会は多く、トレイル整備の知識はあった。だからこそ、些細なことにも気付き、気になる場所も多かったという。自分で手でよけられるような枝は道の端によけたりはしていたが、藪で走りにくかったトレイルが次に訪れた時にうんと走りやすくなっていた時にトレイル整備への参加を意識したそうだ。太郎山でよく会う人や、整備中の方に出くわした時に、積極的に声をかけては「自分も参加したい」と告げた。今では、マイ鉈とマイ鎌があるらしい。トレイル整備に参加し始めた頃にホームセンターで調達した。

仕事やレース出走などの都合で毎回参加できるわけではないが、入山時に気になった倒木の話などをしては、整備の日程を聞き、タイミングを見計らって地元の方々と共に整備を続けている。上田に住まいを移して約7年。通算での入山数は圧倒的に多い太郎山。もう地元と言ってもいいくらいだ。第二の地元、上田で大切にされている山を地元の方と共にこれからも守っていきたいと語ってくれた。

上野 朋子

上野 朋子

長野県在住。トレイルランナーであり、普段は教員として仕事をする。登山、トレイルランニング、スキーと自然の中でその時々のスタイルを楽しむことを大切にしている。国内外、走ってみたいフィールドへ積極的に足を運び、北米やニュージーランドなどではレースへの出場とともに、さまざまな形でのチャレンジも続けてきた。身体を動かす楽しさ、奥深さも合わせて自らも実践しながら伝えていくことが、仕事にも通じる部分となっている。