(写真 古谷勝 / 文 櫻井卓 / 協力 Pearl Izumi)
アウトドアフィットネスインストラクターの大西勇輝さんと、そしてトライアスリートの北川麻利奈さんをアンバサダーにむかえ、2017年に結成されたトライアスロンチーム「PI TRI(Pearl Izumi TRIATHLON)」。これまで、猛暑の中で行われた1泊2日の館山合宿を経て、佐渡国際トライアスロンを完走するなど、“向上心”志向のチームとして着実に成長を遂げてきた。そして、トライアスロンを通じて成長してきたチームが、次に目標を掲げたのが「全日本トライアスロン宮古島大会」。「PI TRI」の6人が挑戦した長く過酷な1日を追った。
朝7時。“ドドドドッ”という地鳴りとともに、1500人を超える選手たちが海へとなだれ込む。今年で34回目を迎えた「全日本トライアスロン宮古島大会」は、怖いくらいの迫力とともに幕を開けた。
4月22日に開催された「全日本トライアスロン宮古島大会」は参加人数は1572人。与那覇前浜ビーチをスタートして、スイム3km、バイク157km、ラン42.195km。合計202.195kmを走破するロングディスタンスレースだ。コースは、エメラルドブルーに輝く与那覇前浜ビーチでのスイム。バイクで島をグルッと回り、島の中央部から南東へ延びる県道78号線をランで往復する。
「PI TRI」で、今回参加したのは、Pearl Izumiアンバサダーの大西勇輝さん、シューズブランド「On」の駒田博紀さん、Pearl Izumiでパタンナーを務める巽朱央(たつみ あけお)さん、カスタマーである廣瀬大輔さん、下條泰朗さん、そしてチームの発起人でもあるPearl Izumiの清水秀和さんの6名だ。
Pearl Izumiのもうひとりのアンバサダーである北川麻利奈さんは、チームのスイムコーチである前田康輔さんとともに、今回はサポートに回る。
想定ペースを上回るスイムから、島を一周するバイクセクションへ
チームは3日前に現地に入り、オープンウォータースイムで、フォームの確認をしたり、バイクでの試走などをして当日に備えていた。そして迎えた当日。スタートの号砲とともにチームのメンバーも海に向かって走り出す。1500人を超える選手たちが一斉に海に入ると、まるで海が沸いているような迫力。もはや、チームメンバーがどのあたりにいるかもわからない。今回から宮古島の大会のスイムは、1.5kmを2周する方式を採用している。安全面を考慮してのことだ。こういう安全面の配慮があるからこそ、選手達は限界まで自分たちを追い込める。
チームメンバーで最初に1周目を終えて戻って来たのは、予想通り大西さんだ。ただ、タイム的には予想よりもだいぶ速い。休むことなく、すぐにまた海へと戻っていく。他のメンバーもまだまだ元気。駒田さんは「絶好調!」の声を残し、巽さんは楽しくてしょうがないというような全力の笑顔だ。大西さんのスイムタイムは49:13。想定していたタイムよりも10分近く速い。良いペースだ。そのままトランジションに向かい、バイクへと移る。
次にPI TRIのメンバーを待ち構えたポイントは、伊良部大橋だった。天気予報で心配されていた雨も降らず、風も弱い。薄曇りの空からは時折思い出したように陽光が差す。宮古島はバイクのコースが楽しみだと、レース前にメンバーたちは声を揃えて言っていた。エメラルドブルーの海の上で、美しく湾曲する伊良部大橋を渡って、大西さんが戻って来た。力強いペダリングでかなり良いペースで飛ばしている。
その顔には笑顔。まだまだ余裕がある。ロケーションも大いに楽しんでいる様子だ。他のメンバーも良い顔をしている。廣瀬さんはペースを崩さずクールな印象。巽さんは後日「橋を渡っているとき、気持ち良すぎて思わず大笑いしちゃいました」と、この時のことを振り返った。信号もなく、こんな気持ちの良いロケーションを心ゆくまで堪能できるのは、レースならではの魅力だ。
名所の一つ、東平安名崎灯台はバイクの100km地点。宮古島のバイクコースは、来間島、伊良部島、池間島と3つの島を巡り、さらにこの灯台を経由していく。ここでも各選手はかなり良いペースで通過していく。大西さんの表情もややキツそうではあるが、まだ笑顔も見える。大西さんがレース前に言っていたトライアスロンの魅力、「苦しくも、楽しい」という言葉を思い出す。レースが進むごとにみんなどんどん良い顔になっていくのだ。
ラストのランニングはフルマラソン。過酷な試練が待っていた
バイクを終えて、想定タイムより15分以上も短縮。タイムでは順調そのものだったが、次に大西さんを見つけた12kmポイントでは、かなりしんどそうな顔で、ペースも大分落ちている。ここからが大西さんの試練の始まりだった。
島の東にある折り返し地点を過ぎたラン30km地点。市街地に入り、地元の人たちの応援も賑やかなエリアだ。周囲にはほんのりアルコールの匂いが漂い、まるでお祭りのような雰囲気。三線の音もどこからか聞こえてくる。
そんな賑やかな雰囲気の中で、北川さんはシリアスな表情だった。大西さんが来ないのだ。想定タイムからすればとっくに通過していても良い時間。北川さんはチームメイトとして、自分がなにもできないもどかしさがあると言う。
「たぶん、歩いちゃってますよね。悔しいだろうな」
トライアスリートである北川さんは、大西さんの現状を自分に置き換えて考えてしまうのだろう。ポツリと呟いた言葉が印象的だった。
目標としていたタイムは絶望的。そんな中、足を引きずりながら完走を目指す大西さん。その心中を考えると、北川さんはいてもたってもいられないらしく、「わたし、ちょっと見てきます」と言い残して、コースを逆に走り出す。
心が折れそうになったとき、支えてくれるのは、きっとこういうチームメイトの声なのだ。後日大西さんはこの時を振り返って「個人で出ていたら、あの時走るのをやめていたかもしれません。でも、次から次へとチームメンバーの顔が出てきて(笑)」と言った。
結局、大西さんの姿を確認できないまま、ゴール地点である競技場へと移動する。その頃には、続々と選手達が戻って来ている。力を出し尽くした選手達が、子供と、家族と、チームメイトと、肩を組みながらゴールする瞬間は、まったくの他人のものであってもとても感動的だ。全力を出し尽くすことの大切さというものを思い出させてくれる。
「PI TRI」全員完走となるか
「PI TRI」で、最初に帰ってきたのは、巽さんだった。エイジ(年代別)で1位という堂々たる成績だ。彼女の顔には、やりきった人特有の清々しさがある。
そして、夕闇が競技場に迫るころ、大西さんが帰ってきた。いつもの良い笑顔の中には、走りきった安心感と、やはり悔しさのようなものがにじんでいる。続いて、廣瀬さん、駒田さん、下條さんの順番でフィニッシュ。すでにあたりは真っ暗。
20時を過ぎた頃、突然チームメンバーが立ち上がって、競技場の外へと駆け出す。清水さんが関門が閉まるギリギリのペースだということで、チームみんなで応援(喝を入れる?)しに行くという。
関門が閉まる10分前に、清水さんがチームメンバーたちと戻って来た。今日のレースを振り返るように、一歩一歩踏みしめながらみんなでゴールテープに向かう。
「PI TRI」。全員無事に完走。
ちょっと悔しそうな大西さん、相変わらず元気いっぱいの巽さん、そして出し切った人ならではの良い顔をしている清水さん。トライアスロンのレースには、タイムだけでは計れない、それぞれのドラマがある。そして、それらの感動を共有できるのがチームだ。あくまでも個人競技だけど、チームになることの意味や良さ、そういうものが垣間見えたゴールシーンだった。
「精一杯トレーニングし、切磋琢磨し、人生を語り、笑い、お互いに激励し合う」
チームのモットーには、こんな言葉が書いてある。今回の宮古島の大会では、まさにそのチームアイデンティティを見ることが出来た。この大会がゴールではない。立ち止まることなく、「PI TRI」は、次のゴールを目指して走り続けるのだ。