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当たり前にやることが、 食の未来を変えていく

東京・青梅にある〈Ome Farm〉。3.5ヘクタールの広さの農場で、西洋野菜から日本の伝統野菜、はちみつまで、年に40~50品目を育てている。青梅は車を走らせれば都心から1時間余りで着くのに、自然豊かな土地だ。空気は澄み渡り、川にはあめんぼが泳ぐ。「畑の土がふかふかでしょ」と教えてくれたのは、代表の太田太さん。一歩一歩、すぽっすぽっと深く入り込む感触が、気持ちいい。

「もともと、この辺りは水はけが良く葉物やかぶを作るのに向いているんです。さらに、雑草を生やしておくと微生物が増えて、土を柔らかくしてくれるんですよ。一方で、山の麓にある畑の土質は、3kmくらいしか離れてないのに、ポロポロと固まっています。そこではズッキーニ、かぼちゃ類、ケール類などがとても美味しく育ちます。青梅の山から湧く水は、調べたら名水百選レベル。とにかく、豊潤な土地なんです」

農場で働くスタッフは6人。堆肥も種苗も自分たちの手で作る。堆肥には畜糞を極力使わない。混ぜるのは、出荷できないB級品の野菜など植物性メインなので、畑がまったく匂わない。桶やタンクは近所の農家からもらってきてリユースする。そして、農薬や化学肥料は、一切使わない。異なる種類の野菜を共に植え、病害虫の発生を抑えるコンパニオンプランツも採用している。

ファッションの第一線から農業の世界に飛び込んだ

「僕らの考え方は、引き算。余計なものは足しません。でも、農薬を撒かないだとかは、サイドストーリーにすぎない。とびきり美味しい野菜を作るには、当たり前のことだと思っているんですよ」

畑からさまざまな野菜を採っては「これ、最高だから!」と次々に手渡してくれる。その言葉には、育てる野菜への自信と誇りが窺えるのだが、事実、最高なのだ。たとえばルッコラ。口に入れた瞬間は、葉物野菜らしい青々しさが広がり、やがてピリッと衝撃が舌に走る。その辛みは最後にスッと引いていく。肉料理に付け合わせても、主役に負けないくらい味が強く、誰もが知っている三ツ星レストランが欲しがるというのも納得だ。

「15歳の時、アメリカで親父が食べさせてくれたルッコラがすごく濃厚で、その味に衝撃を受けたんです。それで、2014年に農業を始める時、絶対に作ろうと思った野菜。以来、土に馴染ませながらずっと作り続けています」

本物の野菜の美味しさを教えてくれた太田さんの父親は、山本耀司、川久保玲、三宅一生らと東京コレクションを立ち上げた、ファッション界のレジェンド。自身も農業を始めるまでは、アパレル界の第一線を走っていた。

「親父は、ファッションで真のマーチャンダイズを目指し、誰に、何をどれだけ売るのかを明確にする重要性を教えてくれました。それは、農業でも大事だと思っています。うちの野菜を使ってくれるレストランでは、どの野菜をどんな料理に用いて、いくらで提供しているかまで把握しています。そうすることで、求められているものがわかり、適正価格もつけられるんです」

農業においての“SPA”を青梅という地で成熟させる

自分たちが作った堆肥や種苗で農作物を育て、契約しているレストランに届け、ファーマーズマーケットでは対面販売する。すべて一貫して行うそのスタイルを太田さんは“農業のSPA”と呼ぶ。SPAとは製造小売業と訳される、主にアパレルにおけるビジネスモデル。自社でブランドを立ち上げ、商品企画・製造から小売りまで一貫して行う業態を指す。

「うちには堆肥、種苗、養蜂、営業など、それぞれの分野のプロフェッショナルが集まり、自分たちの手ですべて行います。僕は、スタッフをまとめるディレクター的なポジション。今後は、実店舗を構えるのか、どんなスタイルになるのかはわかりませんが、僕らのメッセージを伝える発信拠点を持ちたいですね。農業をやっていると、食の問題がはっきり見えてくるんですよ。例えばフードマイルの問題。わざわざ遠くから運ばなくても、東京で作ったものを東京で食べたらいいじゃないですか。青梅は、都心まで直線距離にしたらたったの20マイルです。しかも、東京という日本最大の商圏内にあるのは、地理的に大きなメリット。東京では農業は無理と思われがちですが、東京でやるからこそ、大きな可能性が広がって面白いし、やりがいがありますね」


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太田 太

1982年生まれ。東京都出身。21歳でNYに渡り、食への意識の高さに衝撃を受ける。2014年、企業の農業事業に参加。同企業が撤退後、事業を引き継ぎ〈OmeFarm〉を立ち上げた。