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僕は月山の標高700メートルほどにある集落で暮らしています。万年雪を抱く月山に春が訪れてくるのは、他の地域に比べてずっと遅いのですが、雪が溶けはじめるといっせいに植物が芽吹いてきて、山の
人たちは、それを山菜として収穫し、山菜採りが好きな僕も、藪をか
き分け、崖を登り降りして、山に入っていきます。


山の中では時折、ケモノ道があらわれます。その道を辿っていくと、巣穴があったり、ケモノに出会ったりして楽しいのですが、やがて人の道と重なっていきます。というより、山の人たちの道がケモノ道の上に作られているようにも感じられます。

古代から現代にいたるまでの道について書かれたヘルマン・シュライバーの『道の文化史』には「道は人間のもっともすばらしい創造のひとつである」という言葉が記されていますが、もしかしたら原初の道は人間だけではなく、ケモノたちと共同で創造されたものだったのではないかとも思えてくるのでした。

山の道といえば、日本各地にある登山道の多くは山伏が作ったものといわれます。多くの霊山のはじまりは、宗教者が山に立ち入る際に、猟師が山案内をするという内容となっていて、高野山を開いた空海も、奈良から高野山まで険しい山道を猟師に案内されたとされ、同様の話は九州の英彦山や、山形の山寺などにもあり、枚挙にいとまがありません。

猟師は山案内をするなかで宗教者の話に心を動かされたり、神秘的な体験をするなどして、自身も山伏的な山岳宗教者に転じていくという内容も多く、山岳信仰と狩猟採集文化との関わりの深さを思わせます。

レジャーやスポーツとしての登山がおこなわれるのは、明治時代以降のことですが、それ以前の山というのは、信仰の対象として、うかつに足を踏み入れると恐ろしいことが身にふりかかると考えられた神仏が鎮まる異世界でした。それゆえ山に拠点を持つ山伏は、俗権力による支配を受けない聖なる世界に所属する存在として、関所を自由に通ることができ、物流や情報伝達の担い手ともなったのでした。

こうした山の民の暮らしや移動に関心を持った民俗学者の宮本常一によれば、かつて山にはいろいろな人たちが通る道があり、里に下りなくても山づたいにどこまでも行ける道があり、その例として秋田の檜木内で暮らしていた山伏が、山から山を渡り歩いて紀伊半島の熊野まで行ったという話を『山に生きる人々』のなかで紹介しています。

山の道を移動していた「いろいろな人たち」のなかには、里の人とはあまり交渉を持たずに、独自の活動をおこなっていた存在もいて、よくその名があがるのがサンカと呼ばれる人たちでした。
サンカは定住生活しない漂泊民であったとされますが、暮らしについての資料も少なく、その文化についてはあまりよくわかっていません。サンカは箕作りをしていたとされますが、それに似た存在としては木地師とよばれる人たちがいて、彼らはロクロを用いて木を削り、お椀やお盆などを作る職能民でした。

木地師は自らを近江の蛭田に根拠地を持つ惟喬親王の末裔として、日本各地の山の七合目より上にある木であれば自由に伐採しても良いと書かれた文書を持つ山の漂泊民です。その木地師の文書は偽文書といわれますが、蛭谷には全国に分散していた木地師たちを管理支配しようと登録していった氏子狩帳が残されていて、それら資料から木地師が山の中を放浪して里とほとんど交渉を持たない人だったにもかかわらず、その文化の一端を知ることができます。

木地師の文化は東北の温泉場において、コケシ作りの技術に姿を変えてもいます。かつてのコケシ職人は、コケシを作るために山に入り、木を切り出し、ロクロを作り、木を削るための刃を作る鍛冶をおこなう、山の総合職でもありました。千葉県出身の僕が山形に移住したのは、そうした技術を学びたいと思ったからでしたが、木地師の末裔の方々からは、山菜をはじめとする山の食べ物の採り方や、モノづくりの材料となる樹皮などの植物素材の採り方を教えてもらいました。

彼らと一緒に山に入るときに驚くことは、自分の目からは、ただの草籔にしかみえない場所に道を見出して、頭の中にGPSが搭載されているかのように、正確に深い山を移動していくことでした。何百年も人が歩き続けてきた道も、近年では山仕事をする人が少なくなり、人が歩かなくなった道はすぐに消えてしまうとのことでしたが、山の中に血管が張り巡らされているように伸びる道が、かつては東西南北、日本中に広がっていたのでしょう。

山人の道を前にしたときに宮本常一が「私たちの知らぬところに、私たちとは別の世界が存在しているようにさえ思われる」と述べたことを、僕は籔漕ぎをして山の人の背中を追いかけながら思い出しました。そして、先人たちの踏み跡が消えつつある山道を振り返って寂しく思ったのでした。


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坂本大三郎 Daizaburo Sakamoto
Twitter:@daizabu3

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